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放課後、彼と私は「普通」を検証する  作者: 月食ぱんな
第四章:これは恋ですか?
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 逢坂君の家に行った次の日、私は正直ドキドキしながら登校した。


 逢坂君の家を出た時は、やり切った達成感でハイになっていたものの、よくよく考えてみたら彼は私を許すと言ってなかったからだ。


 むしろクロッキー帳を見たことに、あからさまに不機嫌だった。


「逢坂君……学校、来てくれるかな」


 来てくれたら嬉しい。でも、もし来てくれなかったら、私がちゃんと謝る機会がまた遠のいてしまう。


 できれば、早く仲直りしたい。


「あと、連絡先の交換」


 今までは不便に思わなかった。けれど今回みたいなことが起きた時、連絡できたらすぐに謝罪ができるので、やっぱり必要だと思った。


 昇降口で靴を履き替えながら、そんなことをグルグル考えていた。


 そして今日もまた、心の準備をして下駄箱をエイッと開ける。


「あ」


 今日は入っていなかった。


「なるほど、粘り勝ちか」


 美波や逢坂君の言う通り、過剰に反応しなければ相手はやり甲斐を感じず、次の標的にあっさり鞍替えするのかも知れない。


「やっぱ、無反応は最大の武器なんだな」


 逢坂君の無表情を思い出しながら呟いたその時。


「真鍋さん」


 びくっと肩が跳ねる。


 横を向くと、逢坂君がいつものそっけない顔で立っていた。


「お、おはよう」


「……おはよう」


 相変わらず感情がわかりづらい声と顔なのに、彼が来てくれたというだけで心がふわっと軽くなる。


「あ、そうだ」


 ハッとして彼の足元を見ると、すでに上履きに履き替えられていた。


「下駄箱の中、平気だった?」


「うん。じゃ、また放課後」


 それだけ言うと、彼はスタスタと歩いて行ってしまった。


「あ、また謝れなかった」


 反省しつつ、彼が登校してくれたことの方が今は嬉しくて、思わず頬が緩んでしまった。



 *



「師走はスーパーのかき入れ時なんだよね。ってことで、お先!」


 放課後の充実が人生のすべてと言い切る美波は、今日もまた颯爽とスーパーのバイトに向かうため、教室を出て行った。


 まるで戦闘機のようだと思いながら、そわそわし始める。


 もしかしたら、逢坂君は、帰っちゃうかもしれない。

 でも今朝、「また放課後」と言っていた。


 あれは空耳じゃなかったはずだ。


 でも怖くて教室の出入り口を見れないでいる。


「くっ、連絡先さえ知っていれば!」


 確認できたのにと、悔し紛れに呟く。


「真鍋、サンキューな。形の残らないお返しはベストだったぜ?」


 ノイキャン男こと、山田君さまが帰る準備をしながら話しかけてきた。


 たぶん、逢坂君の住所を教えてもらったお礼に今日のお昼に渡した、達也パパが焼いたマドレーヌのことだろう。


 なんだかんだ、律儀でいい奴じゃんかと、私は素直に嬉しくなる。


「どういたしまして。こちらこそ地図のお陰で迷わなかったし、ありがとね」


「でも、貸しイチはなくならないからな」


 彼はヘッドフォンを耳に装着しながらしっかり付け加えた。


「わかってるって」と、苦笑いで返す。


「じゃ、お先」


「うん、バイバイ」


 彼が教室を出て行くのを見届け、意を決し、帰り支度を始める。といっても机の中のものを鞄に詰め込むだけなので、あっという間に終了した。


 鞄を肩にかけ、ゆっくりと立ち上がる。


 廊下に出ると、すぐそこに逢坂君が立っていた。


 クラスの引き戸になったドアの横の壁に、彼は静かに寄りかかっている。


 予想通り、いつものそっけない顔で、周囲の女子が色めきだっているのに無関心。


 もちろん、私を見てもいない。けれど、確かに私を待っている。


「来てくれたんだ」


 小声で呟き、張り詰めていた緊張が一気に緩み、ほっとして嬉しさが込み上げてきた。


 私は彼の隣まで歩み寄り、立ち止まる。


 いつも通り「帰ろ」とぽつりと話しかけられた。


 心にパァーッと光が差した気分で私は頷く。


「うん、帰る」


 その後は、いつもみたいに駅まで歩いて、一緒に電車に乗って、私の家の最寄りまで移動した。


 会話はほとんどなかったけど、それでも隣にいてくれるだけで心がぽかぽかした。



 *



 逢坂君は「お邪魔します」と言い、いつものように靴をそろえて家にあがった。


 それから洗面所で手洗いうがいをして、二階にある私の部屋へ向かう。


 私は彼を待たせて、急いで急須で緑茶を淹れた。


 今日選んだ湯呑は、白磁に藍色の蔦が絡まり広がる唐草模様。お客様用のものだ。


 揃いの蓋を乗せ、漆塗りの茶托にそっと置く。お茶請けは、パパ達が酒のつまみにとストックしている少し高めのお煎餅と、達也パパが焼いたマドレーヌ。


 それらを乗せるのは、骨董好きなパパ達のコレクションのひとつ、江戸後期の伊万里焼。


 渋いお皿に、お煎餅の茶色とマドレーヌの黄金色がよく映えている。


「ふぅ、うちだってわりとお洒落じゃん」


 ちょっと張り切ったけど、その甲斐はあった。満足しながら二階へ運ぶ。


「お待たせ」


 座卓の上に、テキパキとお客様セットを並べる。


「粗茶ですが」と湯呑を差し出すと、逢坂君の眉がピクリと上がった。


「え、お気に召さない感じ?」


「そうじゃなくて」


「じゃあ?」


「こんなにちゃんとしたお茶を出すなんて……何か企んでる?」


 思わぬ直球に、思わず噴き出しそうになる。


「企んでないよ。昨日、逢坂君のお母さんに素敵なカップで出してもらったから、私もちゃんとした食器でおもてなしをしなくちゃと思っただけ」


 私が返すと、彼は「ふうん」と呟いて納得したようだった。


「いただきます」


 逢坂君は湯呑の蓋を丁寧に外し、茶托の横に置く。


 その仕草は、湯呑をさらに品よく見せるなぁと思った。


 彼は湯呑をじっと見つめている。長い睫毛に縁取られた瞳は、いつも遠くを見ているようで、湯呑に映る自分の姿にさえ無関心に見える。


 それから二人で黙々とお茶を啜り、マドレーヌとお煎餅を食べた。


「ご馳走さま」


 静かな礼のあと、彼は湯呑を茶托に戻す。


「お茶、新しくしてこようか?」


 尋ねると、彼は首を横に振った。


「大丈夫」


 そして──。


「……クロッキー帳のこと」


 逢坂君が、ついに核心を切り出した。


「見ないでって、言ったよね」


「……ごめんなさい」


 正直に謝ると、彼は少し眉を動かした。


 怒っているというより、悲しそうで、胸が痛む。


「ほんとにごめんなさい。でも、他の人には見せてないし、内容についても誰にも言ってないから」


 美波にもさすがに言えなかった。


 逢坂君は黙って湯呑の模様を見つめている。


「あのね」と、私は続けた。


「勝手に見て、本当にごめん。でも……」


「でも?」


「見て、良かったって思ってる」


 彼の顔が上がった。


「良かったって……?」


「だって、逢坂君の気持ちがわかったから」


 私は彼の目をしっかり見る。


「私、ずっと恋愛的な好きっていう気持ちがよくわからなくて。男の人が好きなのか、女の人が好きなのか、それすら曖昧で」


 喉がぎゅっと詰まる。


「でも、クロッキー帳を見て気づいたの。私、逢坂陽太君っていう人が……恋愛的に好きなんだなって」


 言った瞬間、恥ずかしさで消えそうになった。


 でも、今が一番頑張らないといけない瞬間だと思い直す。


「男とか女とか関係なく、逢坂君といると楽しくて、安心して、でも心がギュッとなってドキドキする」


 私はスカートをぎゅっと握る。


「ここまで時間がかかったのは、私達が似た境遇で育って、同情し合ってるだけかもしれないって……思ってた部分もあって」


 苦笑した瞬間、逢坂君はゆっくり立ち上がった。


 え、どこ行くの?トイレ?と思ったら、彼は座卓を回り込んで、私の隣に座った。


 ち、近い。


 肩が触れそうな距離で、心臓が跳ねる。


「俺、真鍋さんには……」


 逢坂君は言い淀んだ。


 悪い言葉が来るかもしれない。そんな不安ばかりが頭をよぎる。


「クロッキー帳を見られるの、絶対に嫌だった」


「えっ」


 思わず隣を見ると、ばっちり目が合った。


「ほんとに、勝手に開けてごめん。気になって……でも、訊けばよかったよね」


 私がそう言うと、彼はぽつりと呟いた。


「……すごく恥ずかしいんだ、ああいうの」


「うん……ごめん」


 怒っていないのはわかる。でも、私が勇気を出して告白したのに、彼の最優先がクロッキー帳なのが、正直少し切ない。


 もしかして、もう許してもらえないのかな。


 そんな重い気持ちが胸にのしかかる。


「真鍋さん」


 静かに、名前を呼ばれる。


「俺は、謝罪を聞きに来たんじゃない」


 肩がびくっと震える。


「気持ち悪いと思われるのが、嫌だったから」


 その声は儚くて、逢坂君の弱さが全部滲んでいた。


「……そっか」


 逢坂君は、ただ嫌われるのが怖かったんだ。


「気持ち悪いなんて思わないよ」


 私は向き直る。


「むしろ嬉しかった。私のこと、描いてくれてたの」


 沈黙が部屋を満たす。そして彼はゆっくり顔を上げた。


「俺、こんな感情は初めてで……よくわからないけど」


 彼は目をそらさず、言葉を選びながら続けた。


「真鍋さんがいると、心臓がうるさい。でもずっと見ていたい。だから、気持ち悪いって思われるのは嫌、だ」


 逢坂君は一度、深く息を吸った。


「真鍋さんといるの、好きだから」


 小さくても、はっきりした声。


「離れろって言われたとき、本気で無理だった。守ろうとしてくれたのはわかるけど、それでも嫌だった」


 胸の奥がじんわり熱くなる。


「……ごめんね」


 素直に謝ると、彼も「俺も、ごめん」と小さく返した。


 そっと手が触れた。


 それだけで泣きそうなほど安心する。


「もう、来ないでなんて言わない。だから……逢坂君も、私から逃げないでほしい」


 震えた声に、自分で驚いた。


 逢坂君は少し笑って言う。


「うん、また来るよ」


 それから、私の頬に手を添えて、「いい?」と目で尋ねてくる。


 私はYESの代わりに、ゆっくり目を閉じた。


 次の瞬間、いつもより少し長い、優しいキスが触れた。


 胸のつかえが、全部溶けていく。


 ああ……帰ってきたんだ。


 逢坂君が、私のところに。


 唇が離れると、彼は私の額に手を置き、照れたように笑った。


「……ただいま」


「……おかえり」


 それだけで、もう十分だった。


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