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放課後、彼と私は「普通」を検証する  作者: 月食ぱんな
第四章:これは恋ですか?
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「知る人ぞ知る、か……」


 現在私は、「難攻不落の物件」らしい逢坂君の家を目指して歩いている。


 実のところ、私の家より三つほど都会に近いその駅に、生まれて初めて降り立った。地図的には私の住んでいる区と隣合わせの地域なのに、駅前に大きな商業施設があって、行き交う人も多い。


 下町風情漂う私の町より明らかに、文明社会度が高くて圧倒されかける。


 山本君のくれた地図の「最短距離」を信じて、商業施設の裏手の静かな通りへと進む。


 しばらく歩くと、風景は一変した。古い戸建てが並び、その先に、ひときわ異彩を放つ建物が見えてきた。


「うわぁ、もしかしてアレか」


 山本君曰く難攻不落の物件とのことだったけれど、それはガラス張りの壁面を持つ、スタイリッシュなタワーマンションだった。


 タワーマンションといえば、オートロック、エントランスには高級ホテルのようなコンシェルジュデスクがあるイメージだ。確かに、何の用事もない人間が簡単に入れそうにないので、難攻不落という表現も納得がいく。


 緊張しながら、来る者拒みまくりな洗練された入口に近づく。


「あ、このお花。クロッキー帳に描いてあったやつ」


 入口まで伸びる道の脇に、等間隔で植えられた綺麗な花を見つけて立ち止まる。


「逢坂君は、毎日この花を見て登校してるんだ」


 クロッキー帳に描かれた花を前に、まるで有名人に会った時のような、ちょっとした感動を覚えた。


 花を眺めていると、オートロックのガラスドアが内側から開く音がした。


 何気なく顔を向けて固まる。


 切れ長の目に背筋がピンと伸びた佇まいが印象的な背の高い男性は……。


「え……幸博パパ?」


 咄嗟に背の高い植え込みの影に隠れて、無意識で息を止める。


 足元の枯葉を踏みしめる音が響いた気がしてドキリとする。心臓が喉まで飛び出そうだ。顔を覗かせたい衝動とバレる恐怖がせめぎ合う。


「……うん、今でるところ」


 電話越しの声色は優しく柔らかい。


「渋滞してなければ、一時間以内に戻れると思う」


 低く落ち着いた声が通り過ぎていく。チラリと木の陰から確認すると、目を細めた横顔が紛れもなく幸博パパだった。


 なんでこのマンションから出てきたの? 浮気……のわけはないし、逢坂君の家に文句を言いに言った……そんなことはしないだろうし。


 こんなに遠くに宅配することも考えられない。


 そもそも、エプロンを付けていないし、ピーコートにチノパンという、キレイめな私服姿だった。


 植え込みの影から顔を出して周囲を確認すると、幸博パパの姿はどこにもなかった。


「……行っちゃった」


 ようやく肩の力が抜ける。


 震える指で乱れた髪を撫でつけながら深呼吸。


 ああ良かった、とりあえず生き延びた。


 ただ、幸博パパのプライベートな秘密に遭遇してしまったような気がして、モヤモヤする。


 でもすぐに頭を切り替えた。


 今は逢坂君に会って、クロッキー帳を返してごめんなさいと謝るのが先だ。


 私はマンションのエントランスに続く道に足を踏み出した。



 ✳︎



「これが難攻不落たるゆえん……」


 目の前のオートロックパネルを呆然と見つめる。


 暗証番号なしには入れない鉄壁の防御。


 私は意を決して、エントランスのインターホンで教えてもらった逢坂君の部屋番号を押した。


 数コール後、インターホンから声が聞こえてきた。


「はい。どちら様ですか?」


 それは優しそうで、上品な女の人の声だった。


 私は一瞬戸惑った。

 てっきり逢坂君が出ると思っていたから。


「あ、あの、私、西葉月高校にしはずきこうこうの真鍋唯です。逢坂君の忘れ物を届けにきたのですが……」


 名前を告げると数秒ほど無音の時間が流れた。


「……真鍋さん。 いつも息子がお世話になっています。どうぞ、入って」


 逢坂君のお母さんのおかげで、オートロックが解除される。


「お邪魔します」


 無駄に背筋を伸ばし、彼のテリトリーに侵入する。


「こんにちわ」


 私はコンシェルジュのお姉さんに会釈をして中に入り、エレベーターで部屋へ向かった。


 彼の部屋番号は3001。つまり三十階に家があるらしい。


 三十階と言ったら、東京タワーくらいだろうか? なんて考えていたらあっという間に三十階についた。


 エレベーターを降りて内廊下を通り、難なく彼の自宅前に到着する。


 表札を確認すると『3001逢坂&夏川』と表示されている。


「そっか、パートナーシップだから」


 我が家のようにみんなの苗字が同じではないのだろう。


 鞄の中からクロッキー帳を取り出して、深呼吸を一つ。


 えいっと、勢いのままインターフォンを押す。


 ピンポーンと鳴って、ピンと張り詰めた空気が私を包む。


「今あけます」と中から声がして、ガチャリとドアが開く。


 立っていたのは、長い髪を一つに縛って眼鏡をかけた女性。


 ジャージとかの部屋着ではなく、ちゃんとした黒いワンピース姿で、ドラマなどで見る、完璧な母親像がそのまま具現化されたような人だった。


 ふーん、逢坂君のお母さんってこんな感じの人なんだ。


「わざわざありがとう。陽太の忘れ物よね?」


 お母さんは、柔らかな笑顔を浮かべた。


「あ、はい。こんにちは。同じ学校の真鍋唯です。逢坂君の忘れ物は、これです!」


 勢いにまかせて、卒業証書を受け取る時のように、クロッキー帳を差し出す。


「ありがとう。でも本人に返してあげて欲しいかな」


「え」


「陽太は、今ちょっと出掛けてて。もうすぐ帰ってくると思う」


 持ち主不在のお知らせを、優雅に告げられてしまった。


 彼に会えないのは想定外だったけれど、不在なら致し方ない。


 それに、よく考えたら彼の秘密が詰まったクロッキー帳をお母さんに見せるのは得策ではない。とくに、最後の方にあった、ひたすら私ばっかり描いたページとか。


 うん、だめだ。あれは親には見せていいものではない。


 差し出していたクロッキー帳をスッと引っ込め、笑顔を顔に貼り付ける。


「そうだったんですね。じゃ、私はまた出直します」


「あらやだ。折角だからどうぞ、上がって」


 まさかのお誘いにピクリと固まる。


「陽太が帰ってくるまで、お話ししましょ」


 もしかして今から、逢坂君のお友達として相応しい人物なのか厳しく審査される的な?と、思いついて震え上がる。


「あの、えっと……その」


 咄嗟に断る理由を思いつかないでいると、「どうぞ」とドアを大きくあけて中に入るように促されてしまった。


「お、じゃま……します」


 おずおずと、足を踏み出す。


 やばい、このパターンは想定外なんだけど。

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