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放課後、彼と私は「普通」を検証する  作者: 月食ぱんな
第三章:水面で魚が跳ねる
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 翌日、逢坂君にクロッキー帳を返すついでに謝ろうと決意して、E組の教室を覗いたら彼の席は空いていた。


 E組の子に聞くと「欠席」と、短く返された。


 意気消沈して教室に戻る。


「逢坂君休みだった」


 席につきながら美波に報告した。


「風邪かな」


「……かもね」と答えたけれど、違う気がした。


 彼は、私を避けたんだ。


 私が「来ないで」と言ったから。


 次の日も、逢坂君は来なかった。

 その次の日も、逢坂君の席は、ずっと空いたままだった。


 毎朝、逢坂君と自分の下駄箱をチェックするのが日課になった。


 相変わらずどちらの下駄箱にも紙が入っていた。


 でも、以前ほど気にならない。


 それよりも、いまは逢坂君がいないことの方が、ずっと辛かったから。




 *




 お昼休み、美波とお弁当を食べていると、「唯、連絡とってみたら?」と言われた。


「……無理だよ」


「なんで?」


「だって、私が来ないでって言ったんだもん」


 美波は困ったように笑った。


「唯って、ほんと物事を複雑にする天才だよね」


「わかってる」


 わかってるけど、どうしようもなかった。


「そういう気質なんだもん」


 性格的な問題は、すぐに変えられないし。


「あーあ、逢坂君大丈夫かな……」


 卵焼きを口に放り込む。


 いつもはお弁当の中で一軍扱いの、甘くて美味しい達也パパの卵焼きが、今日は味がぼやけている気がした。


「そんなに気になるなら、やっぱり連絡しなって」


「無理」


「意地はってると、後悔するよ?」


「だって逢坂君の連絡先、知らないし」


「え」


 美波がわかりやすく固まった。


「まじ?」


「まじ」


「あんなに毎日一緒に帰ってたのに?」


「うん」


「毎日、キスしてたくせに?」


「……うん」


「裸も見られたのに?」


「それはずいぶん前の話」


「信じられない。唯、あんた馬鹿?」


「でしょうね。異論はなし」


 否定しない。失ってから愛に気づくなんて、私は世界一の愚か者だから。


「俺、逢坂んち知ってるよ。同中だから」


 突如斜め前の席から声が飛んできた。


 顔を向けると、そこにいたのは山本君だった。クラスの隅っこで、いつも高そうなヘッドフォンをつけている、地味で目立たない男子。彼もまた、私と同じように、教室というヒエラルキー社会において、光の当たらない場所にいる人間だった。


「え、山本君って」


 美波はギョッとした顔で山本君を見た。


「私たちの話、聞いてたの?」


 山本君は、ヘッドフォンを外して首にかける。


「聞こえてきたから。お前らの会話、校内放送かってくらいデカいし」


 彼は、抑揚のない声で答えた。


「失礼な!」と、美波が口を尖らせる。


「つまり、あんなことやこんなことまで逢坂君としたことを、山本君に知られてたってこと?」


 まさかという気持ちで、山本君に確認する。


「……まぁ」


 スッと目を逸らされた。


「そのヘッドフォンの意味!」


 彼の首にかけられた立派なヘッドフォンを指差す。


「ノイキャン切ってるから」


「ノイキャンの意味!」


「そんなものはない」と、ドヤ顔の山本君。


 意外にノリが良くて、私の中の好感度がグググと上がる。


「あのさ、逢坂君と同中ってことは、連絡先も知ってるってこと?」


 私は山本君に、一筋の光を見出す。


「知らないね」


「使えない奴」


 美波が容赦なく切り捨てる。


 山本くんの機嫌を損ねてはならぬと、慌てて彼の肩を持つ。


「ちょっと、美波。こちらにおわすお方は、先程逢坂君の家を知ってるとおっしゃってたじゃん。だよね、山本君」


「知ってるよ。家、駅の反対側の知る人ぞ知る、難攻不落の物件」


 彼はそう言って、サバの味噌煮らしきものを口に放り込む。


「行くの?」


 美波が核心を突いてきた。


「行きたいけど、『もう来ないで』って言っちゃったし。いまさら合わす顔がないって言うか……」


「あー、言っちゃった系ね」


 山本君は、まるで恋愛マニュアルを読破した哲学者のような顔で頷いた。


「そういうの、最も非効率な感情論だから気にしても意味ないと思う。むしろ早めに当たって砕けとかないと、いつまでも引きずるよ? 時間を無駄に消費しちゃうよ?」


 美波と私は顔を見合わせた。


「な、なんで山本君、恋愛マスターみたいな雰囲気だしちゃってるわけ?」


 美波が問い詰める。


「僕は恋愛なんて、効率が悪いからやらない。だからこそ、傍観者として最も正確に分析できるってわけ」


 山本君は淡々と、持論を展開した。


「で、行きたいんでしょ?」


 彼は再び私に向き直った。その目は地味な見た目とは裏腹に、鋭い光を放っている。


「うん……でも、突然行っても迷惑じゃないかな?」


「あいつのクロッキー帳、お前が持ってるんだろ? あれ、あいつにとって生命線みたいなもんだから。それを返しに行くって理由なら、効率的っしょ」


 私は再度驚いて、美波と顔を見合わせる。


「そこまで把握済みなの!?」


「人は見た目で判断しがちだから、コレをしてると油断して秘密をペラペラ勝手に話しだす。まさか俺がノイキャンを切ってるとも気づかずにね……ヒヒヒ」


 山田君はヘッドフォンを触りながら、不気味に笑う。


「住所、地図にしてやる」


 彼は引き出しからノートを引っ張り出し、迷いのない線で、最寄り駅から逢坂君の家までの完璧な地図を書き始めた。


「これ。最寄り駅の出口からの最短距離。途中に鳩の集会所と、やたらうるさい犬の家があるから、そこは避けた静かなルートにしてある」


「山本君さま、ありがとう!」


 私は、山本君の優しい行動に、胸が熱くなる。


「礼はいらない。ただし、貸しイチな?」


「うん。山本君さまが困った時は何なりと、真鍋唯までお申し付け下さい!!」


「そん時は頼むわ」


 彼はヘッドフォンをつけ直し、再び教室の隅の孤独な傍観者に戻っていった。


 美波は、口をあんぐり開けたまま、私と手渡された地図を交互に見ていた。


「山本君って、地味なのに、めっちゃ情報強者じゃん。てか、電波でも受信してんの?」


「わかんないけど、背中を押してくれたのは確かだし。というか、絶対今の会話も聞かれてるよ?」


 私が言うと、山本君がこちらを振り返った。


「松井美波、言っとくが俺は電波は受信していない。ノイキャンを切ってるだけだ」


「お、おう」


 美波の顔が引きつる。


 そんな彼女を見て、私は声を出して笑ってしまう。


 それから、卵焼きを食べると、ちゃんといつもの美味しい卵焼きの味が戻っていた。


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