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放課後、彼と私は「普通」を検証する  作者: 月食ぱんな
第三章:水面で魚が跳ねる
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 逢坂君にかつてないほどどきりとした翌日。


 まだその気持ちが恋なのか、同じ境遇から来る同情の気持ちなのか、わからないまま登校した。


 頭の中が逢坂君のことでいっぱいだったから、何気なく下駄箱を開けてしまった。すると昨日と同じように、紙が一枚入っていた。


 今日はご丁寧にも、上履きをわざとひっくり返してある。


 きっと明日は上履きを隠されるだろうから、今日は持って帰った方がいいかも知れない。


 上履きの上に置かれた紙を広げてみる。


 内容は昨日とだいたい同じ。


 LGBT反対派からのくだらない誹謗中傷の羅列。


「ルーズリーフの無駄遣いじゃん。環境保護団体にチクろうかな」


 無駄になった資源を丸めながら、ふと、思い出す。


「俺も、辛い」と、彼は確かに言っていた。


 もしかして、逢坂君も私と同じことをされてる、とか?


 嫌な予感がした私は、E組の下駄箱を探して、彼の名前を見つけた。


 周りに誰もいないことを確認して、こっそり、開けてみる。


「……っ」


 想像よりずっと酷かった。


 下駄箱の中に、虫の死骸が入っていた。


 カメムシだった。干からびて、足が取れて、独特の青臭い不快な臭気を放ち、靴の横で丸まっている。


 吐き気がした。


 でも、それだけじゃない。


 下駄箱の内側には、赤いペンを擦りつけたような跡が残っている。


 新しくはない。


 何度も消して、また書かれたような痕跡が、はっきりと見て取れた。


「なんなのよ」


 行き場のない怒りで、手が震える。


 カバンからティッシュを取り出して、カメムシの死骸をそっとくるむ。


 触れたくないけど、このままにはできない。


 近くのゴミ箱に捨てて、もう一度下駄箱の中を確認する。


 すると私に入っていたのと同じようなルーズリーフの紙を見つける。


 広げてみるとやっぱり私と同じように、LGBTに対する誹謗中傷が赤いペンで書いてあった。


「暇人め」


 ぐしゃりと丸めて、ジャケットのポケットに突っ込む。


 それから、逢坂君を傷つけるようなものが他に何も入っていないかを再度確認して、レインボーのシールを剥がした跡を見つけた。


 そっと下駄箱のドアを閉めておく。


 むかつく。


 むかつく。


 むかつく。


 教室へ続く廊下を大股で歩きながら、怒りが喉の奥から込み上げてくる。


 私の時とは比べ物にならない、陰湿で執拗な嫌がらせの跡。


 逢坂君が「俺も、辛い」と漏らしたのは、決して私への同情だけではない。彼は、私と同じ、あるいはそれ以上の攻撃を、無感情に見せる仮面の下で一人耐えていたからだ。




 *




「唯、どうしたの? 怒ってる?」


 席につくと、美波がすぐに気づいた。


 美波に体を向けて、小声で伝える。


「逢坂君の下駄箱、見ちゃった」


「え?」


「カメムシの死骸が入ってた。下駄箱の中も、赤いペンで落書きされてて、それを何度も消した跡があったし、レインボーのシールも貼られた形跡ありだった」


 美波の表情が曇る。


「……そっか」


「なんで、あんな酷いことできるの? 嫌なら無視すればいいじゃん。なんで私たちにわざわざちょっかい出してくるの?」


 駄目だと思っているのに、美波に怒りをぶつけてしまう。


「親がLGBTだからって、誰かに迷惑かけた? 性的少数者は息もするなって? そんなのおかしい」


 目尻に溜まった涙の粒がポロリと落ちる。


 美波は何も言わず、ただそっと私の手を握ってくれた。


「おかしくないよ、唯が怒るのは当然だよ」


 いつもは笑顔を絶やさない美波。それが今は、私の怒りを分け合うように、顔に深い影を落とす。


「どんな理由があろうと、他人に危害を加える行動をしたら駄目に決まってる。それって小学生で習うレベルの常識なのにね。きっと頭がチンパンジーだから、理解できないのかも」


 美波のあけすけな言い方が、私の心に溜まったモヤモヤを少しだけ軽くしてくれた。


「逢坂君、いつも冷静なフリしてるけど、一人で全部耐えてた。私なんかより、ずっと前から、ずっと酷いことされてるのに」


 声が震える。


「絶対犯人を見つけて、そいつの下駄箱の中に釘付きの呪の藁人形を詰め込んでやる」


「唯」


 美波が私の肩を掴んだ。


「怒る気持ちはわかる。でも、それを表に出したり、やり返したら相手の思う壺だよ」


「でも」


「我慢するしかないの。変に騒いだら余計に酷くなるし、悪いことしてないんだから、堂々としてればいいんだよ」


 美波に冷静に諭される。


 母親のことで、散々言われてきた彼女も、こういうことに慣れている。


「わかってる。でも……」


「唯は、逢坂君のことが心配なんだよね」


 美波は小さく笑った。


「でも、逢坂君だって、唯が怒って仕返しすることを望んでないと思うよ」


 確かに、そうかもしれない。


 昨日も、逢坂君は私が言い返そうとするのを止めたし、私のことを「子どもっぽい」と言っていた。


「……うん。そうだね」


 理不尽さに煮えくり返る気持ちはあるけれど、美波や逢坂君の意見は正しい。


 でも、胸の奥がモヤモヤして、どうしようもなかった。


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