12
いつも通り、無言で電車に乗って逢坂君と私の家に帰る。
パパたちはまだ店にいる時間だから、誰もいない。
二階の私の部屋。
綺麗にジャケットを畳んで、その上にネクタイと靴下を置いた逢坂君は、私のベッドに直行した。
どうやら今日はお昼寝のターンらしい。
私は湯呑みを両手で包み込んで持ち、手のひらから伝わる熱さを堪能する。
「あー、緑茶ほっこりする」
「真鍋さん、寒いから早くして」
布団に包まった彼が突如、私を急かしてきた。
「え」と、私は固まる。
だって最近一緒に寝たりなんてなかったから。
「俺とヤリたいんだよね?」
「それは……」
言葉に詰まる。
確かに最初に誘ったのは私だ。
でも、それは自分の性的指向を確かめるためで、別に今この瞬間ヤりたいわけじゃない。
「ほら、早く」
逢坂君が布団をパタパタと叩く。
「じゅう、きゅう、はち、なな……」
彼が謎のカウントダウンを始めた。
「ス、ストップ!!」
「なに?」と、不機嫌そうな彼。
そんな態度に怯む気持ちになるけれど、「そのカウントの意味は?」と尋ねる。
すると逢坂君は天井を見上げ、冷めた声で答えた。
「無駄な思考を排除して、効率的に行動を促すため。君は頭の中で色々考えすぎるから、時間制限を設けた」
かつてないほど長い言葉を発した彼にびっくりした。
そして私は全てを理解する。
ああ、これがヤリチンの本領発揮ってやつなのか、と。
普段は大人しいくせに、自分がその気になったこういう時だけグイグイ来る。それはもう、翳りの貴公子と来るもの拒まずという二つ名を持つ王者たるゆえん……。
「じゅう、きゅう、はち……」
再びカウントダウンが始まったので、「わ、わかった」と、慌てて緑茶を一口飲んでからその場に立つ。
熱いお茶が喉を通って、むせそうになるのをなんとか堪える。
「その、ちょっと待ってて」
ブレザーを脱いで、椅子にかける。
ネクタイを緩めて、ブレザーの上に置く。
スカートに手をかけて、いや、逢坂君もズボン履いたままだしと、公平を期すために、履いたままにしておくことにした。
靴下を脱ぎ、履き口をくるっとまとめて床に落とす。
「真鍋さん、まだ?」
「行きます!」
慌ててベッドに近づく。
逢坂君は布団に包まれながら、じっと私を見上げる。
「えっと……し、失礼します」
「どうぞ」と、彼が布団をめくる。
私のベッドなんだけどなと思いつつ、「お邪魔します」と、なるべく自然に見えるように、逢坂君の隣に横になった。
布団に入った途端、彼の体温が伝わってくる。
温かい。そして、近い。すごく近い。
そのことを意識した途端、かまぼこ板みたいに体が緊張でピンとなる。
お互い仰向けになったまま天井を無言で見つめる。
逢坂君がいる左側がぽかぽかして、ちょっと眠くなってきた。
「ねえ、逢坂君」
「ん?」
「どうして、みんな私たちのことをほっといてくれないのかな」
逢坂君は少し考えてから答えた。
「異質だから?」
「異質?」
「そ。普通じゃないから、目立つ」
「でも」
私は体を横向きにして、逢坂君を見た。
「嫌悪感を抱くなら、放っておいてくれればいいのに」
「それができないのが人間なんじゃない?」
逢坂君も私の方を向いた。
「異質な存在が二人いるから、余計に目立つのかもな」
「じゃあ、私たちが一緒にいるのが間違いなの?」
「どうだろうね」
逢坂君は、私の髪に手を伸ばした。
優しく、前髪を撫でる。
「真鍋さん、辛い?」
「……うん」
認めると、涙が出そうになった。
今日一日、ずっと我慢してきたものが、一気に溢れそうになる。
「俺も、辛い」
逢坂君の声は、いつもより小さかった。
「でも、真鍋さんといると、少しだけ楽になる」
「え?」
「同じだから」
彼は私の頬に手を添えた。
「キス、していい?」
私は頷いた。
逢坂君の唇が、私の唇に重なる。
いつもより、ゆっくりとしたキス。
でも、どこか悲しい気がした。
お互いの傷を舐め合うような、そんな感じ。
私は逢坂君のワイシャツを掴んだ。
彼の存在が透けてなくならないように、強く、強く。
このまま、誰にも邪魔されない場所に行けたらいいのに。
そう思った。
キスが終わって、私たちはまた天井を見上げた。
部屋の中は静かで、二人の息遣いだけが聞こえる。
「真鍋さん」
「なに?」
「なんでもない」と言って、彼は布団の中で私の左手を握った。
私は彼の手を握り返す。
「ねえ、逢坂君」
「ん?」
「逢坂君が私にキスをするのは、ヤリチンだから?」
逢坂君は少し沈黙してから、ぼそりと言った。
「……俺ヤリチンじゃない」
「でも、すごく慣れてる感じするよ」
「それは……」と、言葉を濁した後、逢坂君は、囁くような声で言った。
「真鍋さんが相手だから、かな」
私の心臓がかつてないほど跳ねた。
まるで、水面でジャンプする魚みたいに大きく跳ねた。
これって、もしかして。
もしかして、私。
逢坂君のこと。
「……なんでもない」
考えるのをやめた。
色々ありすぎた今日は頭がもうパンクしそうだったから。
今は、ただこの温かさを感じていたい。
それだけで充分幸せな気持ちだから。
窓にかかったカーテンの隙間から、オレンジ色の光が差し込んで、部屋の中を染めていた。




