01
昨日洗濯したベッドのシーツは清潔な柔軟剤の香りがする。
パパたちがやたらとアロマや香りに凝る人たちだから、この部屋にも例外なく、無駄にいい匂いが漂っている。
本棚に立てかけた雑誌は、ちゃんとおしゃれな表紙を選んで飾ってあるし、普段は床に放置されているクッションも、今日はベッドの上に可愛らしく並べておいた。
急遽、今日という日のために整頓した部屋の中は、まるでドラマセットのように、女子力高めに見えるように計算してきちんと配置してある。
ただ一つの例外を除いて。
床には制服のジャケットにネクタイが、乱雑に放り投げられている。
「……で、本当にやるの?」
ベッドに並んで腰掛けた逢坂陽太が、わたしの顔をじっと見つめながら言った。
翳りの貴公子。クラスの女子たちがそう評する彼は、確かにこうして見ると、上品な雰囲気のする整った顔立ちをしている。
少し長めの前髪の隙間から覗く瞳は、どこか冷めたような、でもどこか優しいような、不思議な色をしていた。
わたしは唾を飲み込む。
ゴクリと情けない音が静かな部屋にやたら大きく響いて恥ずかしさが増した。
「その、だから……」
心臓が脈打つ音が、やたら主張する。親友の美波と何度もシミュレーションしたはずなのに、いざ本番になると頭が真っ白になった。
あれほど練習した台詞が、喉の奥で絡まって出てこない。
「真鍋さん、どうする?」
逢坂君の声は色を持たない、平坦な声だった。
「と、とりあえず、寝てみよう」
言いながら、自分のベッドに横になって布団の中に潜り込む。
「どうぞ」と、彼の寝転ぶスペースを作りながら、掛け布団を持ち上げてみた。
逢坂君はちょっと茶色が強めの瞳で、物言いたげにわたしを見つめ返す。
困惑しているなと、彼の瞳の動きから理解できてしまった。
急に、いたたまれない気持ちになったわたしは、彼の手を引っ張ってみる。
それから「きて」と、断固たる覚悟を込めた視線と態度で彼に寝転ぶように促す。
すると彼は、観念したように「はぁ……」とため息をつきながら、静かにわたしの隣に滑り込んだ。
その瞬間、我が家の柔軟剤の香りと違う香りがふわりと漂い、どきりとした。
何となく癖で、掛け布団を肩まで引き上げ、二人でその中に包まれる。
お互い直立不動状態で寝そべった布団の中で、妙に温かい体温を感じた。
これが男子の体温なんだな、とか、こんな切羽詰まった状況で、なぜか妙に冷静になる。
「で、次は?」と短く問われた。
誘われたら断らないと噂の彼は、あくまで受け身な態度を崩さない。
そりゃ、わたしから「やろう」としつこく誘ったのだから乗り気じゃない気持ちはわかる。でも、もう少し、リードしてくれてもいいと思う。
なんせわたしにとっては、初めての体験なわけだし。
「やっぱ、こういうことは好きな人とや――」
最後まで言わせない勢いで、彼の肩の両脇に手をついて、馬乗りになってみた。
想像してたよりずっと、固くて薄い体にドギマギしながらも、「もうしゃべらないで」と、わからせのキスをしようと顔を近づけて、でも最後の一センチで止まってしまった。
逢坂君の息遣いが近くて、彼の体温が触れてないのに唇から伝わってきて、それだけで頭がぐちゃぐちゃになってきたからだ。
わたしは、なにしようとしてるんだろう。
つい冷静になろうとする自分がむくりと出現したタイミングで、「真鍋さん、本当に後悔しない?」とすぐ近くで彼の唇が動いた。
言葉と共に吐かれた息が、わたしの耳を掠ってぞわりとした。
「ち、ちょっと」
慌てて彼の顔から距離を取る。
プランクから腕立てみたいな体制になって、ちょっと……いやわりとツラい。
「本当にいいの?」
逢坂君の声は落ち着いていた。むしろ落ち着きすぎていて、それがかえってわたしを焦らせる。
「いいも悪いも」
わたしは意を決して言った。
「自分がどっちが好きなのか、わかんないんだから、やってみるしかないじゃん」
「どっちって。誰と比べてるの」
「男の人か、女の人か」
逢坂君は少し目を細めた。
驚いているのか、呆れているのか、その表情からは読み取れない。
「それで、俺?」
「だって逢坂君、経験豊富だって聞いたし」
「誰から聞いたの」
「クラスの子たち」
逢坂君は小さくため息をついた。
「噂なんて、話半分に聞いといた方がいいよ」
「じゃあ違うの?」
「……まあ、そういうことにしといて」
曖昧な返事。でも、否定はしない。
つまり、逢坂君は噂通り、来るもの拒まずなヤリチン野郎で間違いない。
わたしは深呼吸をした。
親友の美波は「とにかく勢いが大事」と言っていた。考えすぎたら何もできなくなるって。
「だから」
逢坂君に、言った。
「わたしと、やろ」
沈黙。
長い、長い沈黙。
逢坂君は動かない。
まるで時間が止まったみたいに、彼はただわたしを見つめている。
もはやこれは、睨めっこをしている?と思った瞬間。
逢坂君の眉間に決意したみたいなシワが小さく寄った。
「わっ」
背中が柔らかいマットレスに沈む感触。
一瞬何が起きたのか分からなかった。でも、逢坂君の顔がすぐそこにある。
鼻先が触れそうな距離で、彼の吐息がわたしの唇にかかる。
「真鍋さん、君って人は……」
低く呟く声は、今まで聞いたことのない熱っぽさを帯びていた。
彼の手がわたしの腰骨を優しく掴む。制服のブラウス越しにも伝わってくる手のひらの熱さに、たまらず目を瞑った。




