貴方を殺す形
誤字脱字、投稿ペース
目の前に現れた男はとにかくデカく、分厚い筋肉を纏っていた。
「久しぶりにオーナーから全力で戦っていいって指示貰ってんだ。嬢ちゃんにゃ悪いが、ぶっ飛ばさせて貰うぜ。」
上裸でありながら、そこに卑しさを感じさせない佇まい。身にまとうソレこそが最上級のドレスマナーとでもいう様子で、折り曲げられ固まった手のひらが拳へと昇華させられる。
「申し訳ないでありますが、そのオーダーは受け入れられないであります。」
「そりゃあそうだよなぁ!!」
高く掲げられた右手の拳は肘を起点に背中側へ引かれ。次第にソレは腰をねじり胴体を開く姿勢を形成し、右足が膨張し地面を削る。
「お手並み拝見であります。」
「オラァァ!!!」
そんなタメから繰り出されるのは、まさしく全力の殴り。岩とも見まがう拳に全身の重みが乗って、空が高くから振り下ろされる。それは、豪快に空気を裂きながら蝋人形へ迫り、やがてドゴンと強大な余韻を残して繰り出された。
『先制一発!!いや、必殺か!?クランクルの代名詞、振り下ろされた拳が炸裂!新人への歓迎にしちゃ、ちっと熱すぎやしねぇか!?』
地面を抉った拳が引き上げられた頃に、舞い上がった砂埃のなかから先に姿を現したのは、クランクル。
『だが、流石我らのダークホース!熱い歓迎も飄飄と澄ました顔で躱す!』
ついで、蝋人形。
「よっ、良かった。あんなの当たったら全身バキバキになっちゃいますよ。」
「すごい威力ですね。筋力だけで地面を抉るなんて。」
抉れた地面のすぐ横で、砂埃に汚される深紅のドレスを気にすることなく蝋人形は冷徹にクランクルを眺める。
『オイオイ!クールすぎるぜ、シディ!反撃なしに挑発か!?』
そのアナウンス通りに、シディは一切動くことがない。
「はっ!何を考えるか知らねぇが、譲ってくれんなら有り難く頂くぜ!」
勢いの良い先制の後、再び拳が空に上がる。それも、二つ。組み合わされた拳は繋ぎ止められ、両腕であいだで固められる。その様はまさしく槌。
「フンッ!!」
目一杯反った体から、またもソレは振り下ろされる。
『続く二撃もコレまた強烈!!筋肉の大槌は出る杭を地面に埋め込むか!?』
「答えはノン。当たってないであります。」
再び姿を現した蝋人形は、やはり一切顔色を変えることなく、またも際々で拳を躱していた。
「そんじゃあこれはどうだァ!?」
間髪を容れずに、地面に沈んだ大槌が下から上へ振り戻される。
『上手いっ!上から上から、そんで下から!筋肉しか詰まってねぇなんて誰が言った!?Mr.コブシともありゃ脳みその筋肉も鍛えるよなぁ!』
インパクトのある大ぶりの技が二撃。そうなれば嫌でも上からの攻撃を想像してしまう。そんな虚を突く下からの猛襲。
「む。」
そして、ソレは的確に蝋人形を捉える。振り戻しに巻き込まれた蝋人形は容易く空を飛び、自然にならって地面へ沈む。
『クリぃぃぃンヒットォォォ!!ダークホース、無抵抗のまま散っていった!』
「いえ。まだ散ってないであります。」
「は?」
腕から顎下にかけて、強烈なスイングは確かに蝋人形をとらえていた。通常の人間であれば立ち上がることはおろか、打ちどころが悪ければ死んでいてもおかしくない。実際、放った本人は確かな感覚を抱いていた。
『ぅ、嘘だろ!?アレを喰らってピンピンしてやがる!!一体何が起こったんだ!?』
しかし、そんな事実はなかったと言わんばかりに蝋人形は立ち上がる。
「おまえっ、喰らったんじゃ……?」
「はい。なかなかの威力でありました。」
コクんと頷く蝋人形は嘘をついていないのだろう。事実、左腕が本来曲がらない方向へ曲がってしまっている。
「驚いたであります。まさか、本当に筋力だけでこのような威力をだしているとは。」
蝋人形は左腕を掴むと、強引にソレを引き、元の可動域へ戻す。
「しかし、これで大体分かったであります。」
その呟きに意を示す前に、蝋人形が動き出す。
「行く末を知る。」
静かにつぶやかれた言葉を皮切りに、蝋人形の体を縦軸として、周囲に手のひら程の大きさをもつカードが何枚も横並びに現れる。それは、太陽の周りを移動する惑星のごとく一定の速度でバラバラの高度で蝋人形を覆うように回る。
「パワー、スタミナ、アジリティ、どれをとっても上級。しかし、特筆すべきはやはりその合算値であります。下手な小細工では真っ向から打ち破られてデッド。ならば……コレが一番でしょう。」
蝋人形は一枚のカードを指でつまむ。途端、掴まれなかったカードは露となって消え、最後には蝋人形のもつカードだけが残った。
「形態変化→戦車」
掴んだカードを真白の五指が勢いよく握り潰す。ガラスが割られたような音ともに蝋人形の体が炎に包まれる。
『発火!?一体何をしてんだ!?ダークホース過ぎるぜ流石に!!』
「……。」
炎の内で蝋は溶ける。時にそれは関節を溶かしボトリと落とす。時にそれは頬を溶かし、涙のように蝋を垂らす。そうして、全身が絶え間なく流動し、融合し、変貌する。
「真正面からのぶつかり合い。貴方の得意分野で戦うことにしたであります。」
やがて、消えゆく炎のなかから姿を現したのは深紅のドレスを脱ぎ捨てた蝋人形。しかし、その足はというより《《下半身》》が馬のように四足歩行を種とした体躯にきり替わっていた。
「随分と変わったじゃねぇかテメェ。」
そして、残る上半身も同様に。頭部をすべて覆う、面の尖った甲冑に、蔦や葉が纏わりつくような模様がなされた胸当て。両手は無くなり、そのかわりと言わんばかりに背中から腹を貫通して伸びる巨大なランスが付け加えられている。
「そうですね。是は調べた相手に合わせて身体の形を作り変えることで戦うので形態が変わるのは必然であります。」
「じゃあそれが、俺を打ち破る形態ってわけか?」
その問いかけに蝋人形は首を振る。
「答えはノン。これは貴方を打ち破る形ではありません。」
前足を高らかに上げ、嘶く蝋人形はただ冷徹に突きつけた。
「これは、貴方を殺す形であります。」
「ッ!おもしれェ!!」
異質な熱を破らんと、クランクルは怒声を上げる。
『真正面からの一騎打ち!!正直何が起こったかさっぱりだが、結末は分かりやすそうで助かるぜ!!』
クランクルは拳を引く。初動で見せた代名詞にして、生き様の振り下ろされた拳の構え。
「……。」
対して、蝋人形は四足を大きく折り曲げる。三歩ほどの間合いで最高速度まで加速するために。
『ッ、シディ走った!!』
やがて、蝋人形は飛び出す。四足の余りに強すぎるバネにより、胸から伸びるランスが放たれた矢のように襲いかかる。
「ッォォオオおおおっ!振り下ろされたッ、」
「例外なく」
拳が放たれてランスへ触れる。
「拳ぉぉぉぉおおおおお!」
「轢殺せよ!」
轟音が根を張り、砂煙が発芽し、沈黙が咲く。
『……っ!』
その沈黙が引き裂ければ、冷めやらぬ興奮が我先にと皮からあふれ出す。
『勝者ッ!Miss.シークレット、シディィィィィイイ!!!!!』
歓声と絶叫が渦を巻く中で、地に伏したクランクルへ目も向けず蝋人形は立っていた。
「ミッションクリア。掛け金は幾らになったでありますか?」
羽を伝って響いた声とともにチップへ目をやれば、掘られていた数が15から形を変えていた。
「105……なっナナナッ、七倍!?」
「凄いです!シディさん!ありがとうございます!!」
「想定より安いでありますね。セカンドステージでは、より人気の高い出場者が現れることを祈りましょう。では、ベットのほどよろしくお願いするであります。」
通信を聞き終えて、ほっと一人で息をつく。
「以外と喋るもんだなぁ、俺。意外な才能ってやつ?」




