レディース&ジェントルメン+イレギュラーズ
誤字脱字、投稿ペース
「すいません、チップください。」
列を作るカウンターにようやく辿り着き、黒い服を着た女に声をかける。
「はいよ。」
愛想の良い笑みを浮かべる女はカウンターの下から紙とペンを取り出し、カウンター上を滑らせる。
「名前と金額をここにね。」
それぞれ違う箇所を指で指され、促されるようにインクを滲ませていく。
「十、百、千、万。……よし、お願いします。」
「はいよ。」
軽い調子で紙を持ち上げた女は次第に人当たりの良い顔をゆがませていく。
「じゅっ、十五万ギルグ?一万五千ギルグじゃなくて?」
「はい、十五万ギルグです。」
そう頷けば、女はギロギロと左右へ顔を振った後、内緒話でもするように小さな声をかけてくる。
「辞めときなよ、一月多少贅沢したって五千ギルグありゃお釣りがかえってくるんだ。おっきな声じゃ言えないがそんな大金賭けたらオーナーから目ぇつけられちまうよ。」
「いやぁ、でも賭けるって決めたので。」
確かに心配する気持ちはよく分かる。そして、これからズルを働こうとしている組織に良心があると思うと少しやりづらくなる。
「識字率が高い王都にもこんな綺麗な字を書くやつは少ないよ、教養はあんだろ?数字の書きも丁寧だし、商人なんじゃないのかい?アンタ。」
「まぁ、昔は馬車の仲介してました。」
「だったら今からでも復職しなね。人生を棒に振るもんじゃないよ!何があったかは知らないけど、やけっぱちに走るにゃまだ若いだろ?」
紙を突き返すように受け付けの女は目で訴えかけてくる。不味いな、このままじゃ作戦が。
「あ!いた!ローディアスさん!!」
「え?」
聞き馴染みのある声に振り返れば、ローブを被ったヘカーテが小走りでこちらに向かってきていた。
「ちょっとお嬢さん!カウンターは一人までだよ!」
そんなヘカーテを留めるように、受け付けの女は声を張り上げる。
「すっすいません!でも、その……。」
何かあったのか!?そう早る精神を冷徹に殺す。何が起こったのか分からないが、ココでの最悪は賭けることができずにヘカーテからの連絡が遅れること。そして、ソレは今容易に起こり得る。
考えろ、考えろ!
火をつなげ、やがて燃える蝋のために。
「ごっ、ご主人様!お助けください!」
「へ!?」
「え?」
ヘカーテの元へ駆け寄り、強引に手を引いてカウンターへ戻る。
「ごめん、上手く合わせて。」
返事は待たずにヘカーテをカウンターへ突き出す。
「ご主人様?」
疑り深い目を向ける女からヘカーテを庇うように半歩前に出る。
「僕はこの御方の下男なんです。今回はご主人様に変わってお金を賭けさせて頂いているんです。そうですよね?ご主人様。」
振り返って目で促す。すると、先ほどまで困惑の表情を浮かべていたヘカーテはローブの下で顔を変えた。
「えぇ。ローディアスは私の下男ですが、それが?」
コクコクと頭を振るヘカーテに心根で感謝と謝罪を同時に述べる。
「下男にしちゃ、ちょいと上等過ぎやしないかい?」
「……そのほうが舐められないじゃないですか。」
声音が少し低くなり、ソレに引きずられるようにローブが自然と垂れる。
「……なるほどね。亜人種かい。」
「えぇ、優秀な人間は従えるに限りますね。外部との交渉に亀裂が生じませんから。」
今回は例外でしたけど。そう付け加えて小さく笑うヘカーテはまるで別人のようだった。
「……いいよ、賭けな。手間を取らせてわるかったね。」
頭を下げた女はカウンターから黒色のチップを1枚取り出し、そこにペンで15と彫る。
「一つだけいいかい?」
「……なにか?」
チップを受け取るためにヘカーテが伸ばした手を、受け付けの女は留めるようにチップを乗せて手をつなぐ。
「どうか、そいつを叱らないでやってくれないか?アタシの勝手なお節介が原因なんだ。」
「なぜそのような心配がうまれるのか疑問ですね。主が従僕をどう扱おうが主の勝手ではありませんか?」
その手を握り返すヘカーテは、不敵に微笑む。
「それでも、だ。」
威圧感に塗られる眼光に女は真正面から立ち向かう。
「……叱るわけないじゃありませんか。今日は賭博場に来たのです。日頃の疲れも、抱いた不服も膨れ上がった金をみれば大抵沈むものですから。」
「ありがとう。」
なんだか凄い疎外感を残してカウンターを置き去りにした。
「ほんとに助かったよ!ありがとうヘカーテさん!」
「いっいえいえ!お役に立てて何よりです。」
先ほどまでの雰囲気から一転し、ヘカーテは何時もの調子で控えめに笑う。
「いやいや!咄嗟でなんにも説明出来なかったのに、凄いよ!」
心の底から思ったことを直接吐き出したものの、ヘカーテは少し不思議そうに首を傾げた。
「それが不思議なんですけど、何となくローディアスさんの考えてる事がわかって……平常だったら絶対に出来なかったと思います。」
「何となく?」
そう問いかければヘカーテは思い出したようにローブの内側から羽を取り出す。
「変わったことと言えば、さっき話した通りルーシフェルさんから通信係を任されてて羽を預かったくらいで……」
「聞こえるでありますか?」
「おわっ!?」
取り出した羽はお誂向きと言わんばかりにブルリと震えて通信をよこした。
「連絡がなかったので急かさせていただいであります。ベットは十分に行えたでありますか?」
「はっはい。連絡が遅れてすいません。一先ずは十五万ギルグ、賭けられました。」
ヘカーテが羽に声を飛ばす。
「助かるであります。後はオッズに期待でありますね。」
『あっ、あーテステス。』
「え?」
通信に割り込んできたのは、会場に響き渡る何らかの手段で拡張された男の声。
『よしよ〜し、聞こえてんな?そんじゃ用意はいいかァ!レディース・アァンド・ジェントルメーェェン!プラァス、亜人種達ゥゥ!』
軽薄でヘラヘラとした、しかしながら確かに人々を煽り立てるその声の主には物凄く馴染みがある。
『トイレはしたかァ?金は賭けたかァ?損も得も清も濁も合わせ飲む覚悟は出来てるかァ!?』
神々しく羽を生やした、煌々しく光輪を宿した、優しさをひた隠しにする天の使い。
『出来てなくても時間は時間だ!無情に非情に始めるぜ!実況はこの俺!ルーッっとー……《《シフェル》》がお届けだ!』
「合わせたらフルネームじゃないですか……。」
煽られて、火は上がり熱が狂う。絶叫と喝采が地面を揺らし、鼓膜に響けば平衡感覚が魘されて、心臓が絶え間なく伸縮を繰り返す。そんな不可思議な感覚を体は興奮と誤認する。
『向って右側、白コーナー!!剛力、怪力、摩訶不思議ィ!!魔術か!?いいえ、筋肉です!圧倒的なその肉体で真っすぐいってぶん殴る!その豪快なパワースタイルの秘密は鍛え抜かれてはや十年、継ぎ足し継ぎ足しの伝家のホウキョウ!!Mr.コブシ、クゥゥゥランクルゥゥ!!!』
成人男性より格段に背の高い、筋骨隆々の男が丸太のような腕を振るいながらスタジアム中央へ歩を進める。アナウンスにもあった通り、一際目を引くのはその豪快な胸筋。しかし、なんというか心地の良さそうな笑みを浮かべている。
『相対するは、黒コーナー!現れたのは可憐で華奢なオンナノコ!ってオイオイここはレストランじゃねぇぜ!……なぁんてな!!飛び入り参加で堂々参戦!!目的不明、動機も不明!何を思い足を運び、何を思い拳を振るうのか!!けど、ご安心!秘密のベールに包まれど、リングに立つには必要だろうが!ベリーホットなスピリットが!!今夜はそんな君をつつみ隠さず魅せてくれ!!Miss.シークレット、シディィィィ!!』
荒れ狂うアナウンスに表情一つ変えることなく、シディはドレスの端をつまんで丁重な一礼を行う。
『さっそく行くぜ!両者構えろ!…………レディィィィィ……』
一拍の息継ぎの後、けたたましく鐘が打ち付けられる。
『ファイッッッ!!!』
カァン!と乾いた音が闘志をくすぐった。




