一方その頃
いつもの
「よろしかったのですかぁ、御嬢様?」
「えぇ。そもそも私達だけでは手に負えない事案でしたもの。正当な働きには正当な対価を、恩には恩で報いなければならないものでしてよ。」
寧ろ片腕をささげた戦士には少なすぎる気さえしたが。
「それはそうなのですがぁ……下名としては口惜しい気もしますけどねぇ。魔物の討伐報告を聞いていましたがぁ、あのような結晶は初めて見ましたから〜。いい研究材料になりそうでした〜。」
「研究会……あの胡散臭い連中とは関わりたくありませんわ。まぁ、《《前回と同様》》、私が飲み込んだことにすれば問題はないでしょう。」
三人を見送った森の中は静かではあったものの、生命が戻りつつあるのを感じた。
「けれど、これではっきり致しましたわね。」
「そうですねぇ。」
間延びした声は相変わらずだが、その顔は深刻に歪んでいた。
「崩都ギルザリアの魔王を始めに、皇国ザレン、群諸島リーリアス、聖村ベイカニック、孤城レアルタリアそして、王都フレスタット……各国に存在者を自称するものが現れた。」
「とはいえ現状では15……16人目ですよぉ。偽物という可能性は?」
歪み始めた現実から目を背けるように、カージェスは問いを投げる。
「食べたから判断がついた。それだけでは不充分でして?」
「おっ、やっぱり《《本物》》は味違いますかぁ〜?」
「はぁ……そこは察して口を慎むものでしてよ。」
一つ息を地面に沈めた後、パンと軽く手を叩いて森に背を向ける。
「それじゃあ〜フレスタットに顔を出していきますかぁ?」
「……いえ、一度レアルタリアに帰りますわよ。」
「その心は?」
思えば気が進むものではないが、鳥籠の内側にいるようなもので暴れなければ扉が開く可能性はない。
「結局奥の手を使ってしまいましたから、レアルタリアで捕獲している自称存在者を三人、一先ず頂くことで腹ごなしと致しましょうか。」
「これは……研究会よりよっぽど面倒くさい連中に目をつけられそうですねぇ。」
「そんな人たちがいるのなら、是非お会いしてみたいものですわね。」
もっとも、猫を呼ばれたらそこでおしまいだが。
「よかったのか?ローディアス。」
左隣のルーシフェルは肩で息をしながらそう問いを投げてきた。
「うん。本名も伝えたかったし、捕食者だって言ってくれたんだもん。僕も明かさなきゃフェアじゃないかなって。」
「ま、良い人達だったしね〜。」
右隣のチヨコはさして疲れた様子もなく楽しげに口ずさむ。
「にしても、荷台が無事でよかったよ〜。」
「俺はすこし壊れてくれと思い始めてるけどな。」
見捨てた荷台は大した損傷なくその場にのこっていた。
「見境なく暴れるタイプでも無さそだったから、逆に狙われなかったって感じかな?……魔物って、結局よく分からなかったね。」
「わからないでいや、アレだよなぁ。」
ルーシフェルと共に視線を向けるのはチヨコが腰元につけたポーチ。
「弾丸に結晶が纏わりついてたんだっけ?」
「そうそう!泥の鳥より少し小さいくらいの変な結晶に弾丸が包まれてたんだよね〜。」
ホラとポーチを差し向けられたので、そこに手を伸ばせば程なくしてゴツゴツとした物が手に触れた。
「凄いね、これ。……あの、なんていうんだっけ?固まった蜂蜜に虫が入ってるやつ。」
「琥珀な。あれ蜂蜜じゃなくて樹液だぞ。」
それはルーシフェルの言う琥珀に酷似した物体であった。もっとも楕円に研磨されることはなかったので、色と内側に閉じ込められた弾丸がそれっぽいだけであったが。
「これ、売れたりするのかな?」
「どうだろうなぁ。ま、気味のわりぃモンなのは確かだから、手放せるなら手放してぇがな。」
「ちょ、ダメだよ!これは名誉挽回同盟、快挙の証なんだから!」
急いでポーチに仕舞うよう促すチヨコに従って、琥珀に似たソレを再びポーチの中へ戻す。
「チヨコが言うなら取っておこうか。今回の立役者だしね。」
「いよっ!流石チヨコ様〜!」
「いやいや!ローディっちのほうがヤバいからね!?」
確かに、と自分でも頷いてしまう。
「腕は生えたし生き返ったし、僕の体ってどうなってんだろ?」
「実際怖ぇ〜よなぁ。存在者に対する謎が益々深まっていくぜ。」
「ウチが言うのもなんだけど、結果生きてるんだしオッケーじゃね?そのうち理由も見つかるっしょ。」
そうだと良いなと、ただ他人事のように思った。
「……あっ!」
「うぉ!?どうした、ローディアス?」
様々な問題に囲まれて思わず忘れてしまっていたことを一つ思い出した。
「死体……どうする?」
「あっ!……あ〜。」
正直今から踵を返すには満身創痍が過ぎる。
「……許してくれるかな?」
「……。」
答えを断言できるものは誰一人いなく、抱えた疲労感を惰性で引き伸ばし、結局の所は帰路についた。
「……。」
夜行性という性質がある。それは一般的に明るい時間に活動するソレらとは違い、暗い闇が訪れてから腰を上げる。
「ん?なんだい、アンタ?」
夕暮れにも差し掛からないその時間は夜行性にとっては本領ではない。
「貴公はジャスミンだな。妾はヒバナと申すものだ。先日ここで世話になったのだがな、覚えているか?」
「あぁ、覚えてるも何も忘れる方が難しいよ!」
客の呼び込みさえ始めていない、闘技場の前で四腕の鬼は一人の女と会合した。
「オーナーと話がしたい。今回はなにも謀はない。」
「へぇ……。ま、良いんじゃないかい?真正面から来るってことはビジネスの用意くらいはしてきたんだろ?」
はいんなよ。そんな言葉の背を追って、猫をかぶる宵闇の賭博場へ足を踏み入れた。
「オーナー、客人だよ。」
「……お待ちしておりました、ヒバナ様。」
不敵な笑みを隠すことなく浮かべ、相変わらず気味の悪い目をした男が足を組んで迎え入れの言葉を吐いた。
「先日の賭博で莫大な損失に加え、フレデリックはココを後に旅に出てしまいました。一体次はどんな厄災を差し向けてくれるのでしょうか?」
敵対、それ以上の意味が込められていないご挨拶。
「子は金棒を持ち初めて反省するという言葉を知っているか?」
「はい?なんですか、それ?」
「鬼の子供は罪を犯したとき親に金棒で叩かれる。そんな子が成長し、自分の子供を叩かなくてはならぬ時、その金棒の重さを知り親の気持ちに気がつくということわざだ。」
「なんですかそれ?虐待の正当化では?」
御尤もだと頷くが、本題が逸れてしまっては仕方がない。
「諸々あり、妾も反省をしたということだ。償いでもしようと今日は此処へ足を運んだ。」
「償いですか。腕っぷしだけが取り柄のあなたに何ができるというのですか?」
嫌味をたらふく含んだ質問をジャスミンが止めることはない。
「7日だ。」
「7日?」
薄気味悪い瞳を覆う瞼がうっすらと開かれた。
「7日間、妾が試合に出場しよう。勝敗は貴公が決めてよい。」
「……何が狙いなのですか?」
まぶたの隙間から覗き込むような瞳が猜疑心も混ぜ込み、混沌とした色合いを放つ。
「言ったであろう?妾は反省したのだ。己がした事と向き合い、その罪を滅ぼしに来た。……だが、明白な利がなければ貴公とて手を組みづらいだろう。」
やはり、欲望に忠実な人間は釣るのが容易い。
「長いこと旅をしていたのでな、妾は政治や権威に詳しくない。教えてくれるか?」
「……良いでしょう。正し、教えるのは全て私。加えてその日の試合が全て終了してからです。」
交渉には二つのやり方が存在する。一つは自らの利を示すこと、もう一つは他の不利を捕らえること。
「ですがまぁ、頭金として一つだけ答えましょうか。なにを聞きたいのですか?貴方は。」
利害の一致のやり方は一つ。交渉での二つを同時に行うこと。交渉と違い断られることがない出来レース。
「王都フレスタットでの亜人差別についてだ。」




