どうせもう使えない
英語の文法、いつもの
「おや?トカゲのあたごぶぅ!!」
何かを察知したように不老者は口を開いたが、あいにくと一歩間に合わず右半身がひしゃげて消える。
「おっ、ヒットだな。飛んできた方向はわかるか?」
「……。」
すでに事切れたソレに、まるで天からの使いが舞い降りたように1枚の神聖な白羽が落ちて声を放つ。
「あれ?聞こえてるか?」
「……はぁい。やはり自壊が間に合わないと再生が遅れますね〜。」
念のためえぐり取られた地面に手を伸ばせば、皆様方の推察通り肌寒い硬さに接した。
「何となく目処は立ちましたが、念のため5、6発ほど受けてみますねぇ。チヨメ様、案内のほどよろしくお願いいたします〜。」
「まかせて!」
目隠しもろとも復活した不老者は再び鳥人の声を聞き、まるで見えているかのように森中を駆け回る。
「……なぁ、瓜割りってしってるか?」
そんな様子を眺めながら、枝に腰をかける天使は呟いた。
「ウリワリ?う〜ん……分かんないかも。なんのことなの?」
「なんつーか、祭りみてぇなもんか?目隠しした奴に木材を持たせてな、瓜を割らせんだよ。」
「えー、なにそれ!でも目隠してたら割れなくね?」
驚いたように鳥人は目を見開くが、直後不思議そうに眉をひそめる。
「あぁ。だから、ほかの見えてるやつがどっちの方に瓜があるか指示すんだよ。右だ〜とか左だ〜とかな。」
「……まんまウチらじゃん。」
決してふざけている訳ではないのだが、なんというか面白い感じになってしまったなと、天使は一人呟いた。
「位置が確定致しましたぁ〜。現在御嬢様達がいらっしゃる所から向かって……どちらをお向きになってます?」
「木の方でしてよ。」
「ちょ、ちょっとまってね〜。え〜っと……あっ、いたいた。今向いてる方向がこっちだから、左側にゆっくり回ってみて。」
言われた通り左回りを始めれば、動き出して半周もせずにピタリと静止の指示を出された。
「そこを真っすぐ、かな。あってるよね、シフェルっち?」
「え〜と……あぁ、そのまま真っすぐ進めば居るはずだぜ。」
その言葉を受けて捕食者は瞳を光らせる。
「先ほどお話した通り、私が力を振るえるのは5回が限界ですわ。一応、カージェスを食べてはきましたが……それ以上だと副作用に負けてしまうかも知れませんわ。」
「うん。道中で使えるのはマックス4回……慎重にいこう。」
「……ちなみに、カージェスさんを食べるってのは?」
遠慮がちに口を挟んだ天使に何でもない様子で捕食者は答える。
「文字通りでしよ。他がどうなのかは知りませんが、私は空腹に負けると見境なく人を襲ってしまうので、定期的に人を食べてお腹を満たしておりますの。」
「すっげー矛盾じゃねぇか。大変だなぁどいつも。」
そんな雑談を終えた捕食者は静かに笑って口を開く。
「では、よろしくて?」
「うん、よろしく。」
それを最後に、2人は勢いよく走り出した。
「……ッ、来ます!回避!」
不気味な気配から逃れるために大きく左に進路をずらせば、ソレに習うように後ろを走る捕食者も跳躍をする。その華奢な足が地に着くのと並んで、地面が抉れる。
「素晴らしいですわ、ローディーさん!この調子で頼みますわよ!」
「はい!」
息をつく間もなく走り出す捕食者を追い抜かして再び先頭を走る。再び気配を感じ取ったのはそれから程ない頃。
「躱せない!ジェネリアさん!」
「連鎖の輪は絶えず回る!」
後ろへ飛び退いたと同時に入れ替わりで捕食者が前方へ飛び出す。墨に汚された手が前方へ突き出されれば、迫りくる気配がパタリと消えた。
「あと3回、急ぎますわよ!」
「はい!」
荒れた息を無理くり吐き出して、半ば溺れるように走り出す。
「聞こえてっか?今丁度半分くらいだ、このまま真っすぐ進め!」
その天啓に応えることは叶わなかった。
「ッ!ジェネリアさん!」
「連鎖の輪は絶えず回るッ!」
立て続けに2回目。躱すことが叶わない投石に返答を拒まれたから。
「あと2回目!」
本当に?
「っ……。」
脳裏をよぎるのは、作戦を考案している最中の会話。一度会敵したらしいが、捕食者はそのときは腕を一本食したらしい。……もし、一撃で倒すことが出来なければどうなるか。生死のかかった道中でそんなことに思いを馳せた。
「ローディーさん?」
「ぁ、あぁ!来ます!左へ!!」
一瞬の油断が命取り。なんて安っぽい言葉が身体に当たる。本来であればもう少し早めに気がつけた危険、それがタラレバを排して突き進んでくる。
「ぁ。」
左へ避けるには、すこし木が多すぎた。森なのだから当たり前だが、右も左も木が生えている。要は、回避の方面が右にしか残っていなかったのだ。
「がっ、あぁ!!」
「ッ!ローディーさん!?」
無理やり体を捻って右に飛ぶ。それは最低限命を保つ為の行いに指先を掠めるような動き。急な進路変更に追いつけなかった左腕が見えない石に巻き込まれる。
「ぐぅっ……はっ、走って!」
千切れこそしなかったがそれだけ。何かの手違いで枝にでも引っかかれば今すぐにでもこの腕はポロリと落ちるだろう。それほどまでに痛めつけられたせいか呼吸の度に指先へ鈍い痛みが走って、鼓動の度に肩がズキズキと悲鳴を上げる。
「どうしてッ!?」
その問いかけには一体どれ程の意味が込められていたのだろう。いや、どの問いに答えれば良かったのだろう。そこで立ち往生をしてしまったから、肺からこぼれ出た音だけで応える。
「近いぞ!すぐだ!」
天使の声が指し示した通り、一層深い木々を通り抜けた先にソレはいた。
「ぅぐ……行って!《《2回のこってる》》!」
咄嗟に目を逸らしたので、魔物とやらがどんなものか見ることは叶わなかったが、暗闇のなかで痛みが産声を上げたのでその恐ろしさくらいは分かった。
「私の為に腕を?……クソッ!不甲斐ない!!」
金切り声に近い声の後に怒声が響く。
「|余すことなく食い散らかす《ベア・ミニマム・テーブルマナー》ッ!!」
全身が軋むような不快感に襲われ、眼下に収まる世界がぼやける。それでも黒ずんだ両腕と牙を向けた獲物だけが鮮明に脳みそへ刻まれる。
『づがぁぎゃああああ!!!』
「やっと目が合いましたわねぇ!!」
異様に長い手、極端に短い足。全身を覆うような茶色の毛に見えるそれは泥と土。もはや生物ですらないソレは、出来の悪い泥人形にさえ見えた。ファーストコンタクトより幾分も貧弱になったソレに腕を二本振り下ろす。
『 』
「……は?」
振り下ろした腕は、泥人形に触れる。正確には、泥人形の切離された両腕に。
『ぐぎゃぎゃ』
ネタついた泥の隙間からいくつもの砂利が詰め合わされた口元が顕になる。まるで、罠にかかった獣を嘲笑うように。
「……。」
どうする。
「……ッ、」
悩んでいる場合か?お前のせいで人がケガを負うんだぞ。
「此の」
「ジェネリアさん!」
不格好に草葉を掻き分けて声を張る。空から落ちるような姿勢の捕食者へ、下手くそな投擲でソレを投げつける。
「食べて!《《どうせもう使えない》》!!」
ボタボタと遠心力に釣られて体液を撒き散らすソレは確かに放物線を描いて、捕食者へ飛んでいく。
「ッ!!……貴方に感謝と敬意を。約束致します、この戦いを必ず勝ち抜きジェネリア≠ミスティクは全霊を尽くし、生涯その栄誉を称えると!」
空に舞い上がった腕をつかんで食らう。途端、心臓が一度大きく跳ね、胃袋が歓喜に打ち震える。感じたことない満足感とそれ以上の未知が指先まで伝達し、泥人形を捕らえる眼光が砥がれる。
「此の魂は幾許もの罪の果てに。絶えぬ螺旋から目を背けぬために。誠なるを眩い幻想で塗り潰さぬために。我はこの白牙を立てる。」
ペンキを上から被ったように、少女は黒に落ちる。溺れるほどの穢れのなかで、唯一真白の牙が光る。
「|その罪名を忘れるなかれ《トゥ・ライブ・イズ・トゥ・イート》。」
やはり味気ない泥濘で腹が埋め尽くされた。




