死中に活を
いつもの
「分かりました、それしかないですものね。」
御嬢様が妥協したように首を縦に振ってから、そう時間がかからない頃であった。
「羽が反応したぜ。場所は……カージェスとローディーの間だな。多分接敵はローディーの方が早い。迎えるか?」
「すこし嫌な形ですわね。では、私はローディーさんのところへ向かいますわ。カージェスはゆっくりと合流、戦闘開始が確定した段階ですぐに向ってきてくださいまし。」
「承知いたしましたぁ。」
出来ればカージェスさんの方に寄って欲しかったが、来てしまった以上は仕方がない。それぞれが森の中のひらけた場所で待機している以上、持ち場を動くわけにも行かないからだ。
「じゃ、チヨメは先に俺と合流だ。なるべく早くローディーの所にむかうぞ。」
「おっけ〜!ローディーっち、無理しちゃダメだかんね!」
「うん、しないよ。というか絶対出来ない……かも。」
そう紡いで、心臓が一人でに跳ね出す。勿論、石を投げつけられた恐怖があるのは確かだが普通、姿をみていないのにこんなことになるのだろうか?いや、姿をみていないからという事が作用しているのかもしれないが、それにしたってビビりすぎじゃなかろうか。まるで、オオカミを前にした小兎のように
「なっ、なんか、変だ!」
「変?どういうことですの?ローディーさん。」
心臓を誰かに握られ、心拍の感覚を操られているような不快感と脳みそを弄くり回され、見たくもないような幻覚を見せられているような不気味さ。
「変なんだ!おっ、おかしい!!」
「ちょっ、落ち着けって!ローディー!!んな声だしたら見つかっちまうぞ!」
あぁ、そういうことか。キャパシティを越えた知性が弾き出したのは、先ずそんなつまらない感想だった。次いで、叫ばずにはいられない。
「《《ちっ、違うッ》》!《《もう見つかってる》》!!」
投げた石が飛んでいくのを眺めていたはずなのに、足元に同じ石が落ちていた。そんな得体のしれなさを脳みそは恐怖と結びつける。
「ッ!カージェスッ、全速力で向かいなさい!」
「仰せのままに!」
見られているのに居ない。要はそんな得体のしれなさを脳みそが勝手に紐付けていたのだ。だから、なにかがおかしく、なにかを恐れた。
『 』
「ひっ!!」
風切り音だけが、鮮明に死を意識させた。暗闇の中で何となく足を上げてみるように跳躍してみせれば、途端足元が消える。まるで、スプーンで抉ったかのように。
「みっ、見えないっ!!何をされたのかわからないっ!!」
半ばそれは思考を丸ごと吐き出す行為であった。まるで幼子のような行いでさえであったが、気を抜けば脊椎から嗚咽を漏らすだけになってしまう。故にそれは、ローディアスにとって必死の抵抗の一つであった。
「お待たせいたしましたぁ〜。ローディー様。」
《《前方》》から現れたカージェスさんはゆったりとした表情で、眼前に着地する。
「カージェスさんッ、そこは《《ダメ》》だ!」
「おや?……ッ!?」
声に出したと同時に不老者の背中が折り曲がる。腹だけを前に出すようにして、真横を勢いよく進む不老者は瞬きの間に木に激突し、四肢を思い思いの方向へ走らせた。
「っぁ、うぁぁ!」
不老者が吹き飛ばされた方向へ不格好に飛び上がる。少なくとも吹き飛ばされた方面には居ないだろうという判断が繋げた行動は合理的であったが、情には欠ける選択だった。
「ぁ、カージェスさん……。」
「いいえ!いい判断ですわ!くだらない価値基準に惑わされてないでくださいまし!」
木々の頭から勢いよく飛び出した捕食者は叱責に似た激励を口ずさみ現れた。
「っあ、ジェネリアさん!そこもッ!」
「チッ!連鎖の輪は絶えず回る!」
気迫の迫る絶叫とともに華奢な両腕が紙に垂らした墨汁に、じわじわと白を犯されるように、指先から肘にかけ真黒に姿を変える。
『 』
乱雑に突き出された黒腕が、不気味な箇所を掠める。途端、気配が消える。
「ローディーさん、見えてますの!?」
それを裏付けるように、捕食者が吹き飛ばされることも抉りとられることもなかった。
「いっいや!見えない!」
「ではカンでわかりますの!?」
「カンなのかわからないけど、変な感じがするんだ!」
矢継ぎ早の問答は息継ぎの間を作るように、再び不気味な空気が流れる。
「ジェネリアさん!」
「くぅ!」
防御をするように両腕をクロスさせ、胴体の前に構える捕食者。しかし、今度は不気味な気配が消えない。
「ダメだ、ソコじゃない!」
「生え変わった頭部。」
『 』
だが、不老者が一手早かった。防御態勢を取った捕食者を丁重に抱き上げて、不気味な箇所からもろとも逃れた。直後、またもスプーンでえぐり取ったような跡が先ほどまでの捕食者の足元に現れた。
「助かりましたわ、カージェス。」
「いえいえ〜。この世のどこに主を見殺しにする執事がいるんですかぁ。当たり前の事をしたまでですよぉ〜。」
「全く、調子の良いことを。」
ようやっと三人で横並びになった矢先、ブルリと羽が震える。
「皆、無事!?」
「えぇ、なんとか。」
言葉以上の意味はなかった。事実、悠長に会話を待ってくれることもなく、また気配が走る。
「来るっ!横に!」
「トカゲの頭切り。」
捕食者と存在者を突き放すように、不老者は両手を外にはる。捕食者はその行動を予測していたのか、軽やかに後ろへ弾かれるが存在者は地面に転がる醜態と引き返そに命を拾う。
「ごふぅ!」
土手っ腹を撃ち抜かれ、腹部に穴を開ける不老者は恐らく生物的な反射で血を吐き、膝から崩れ落ちる。
「聞こえる!?ソイツ、わけわかんないくらい気持ち悪いよ!」
「気持ち悪いとは?」
腹部がふさがれた不老者は立ち上がり、何事もなかったかのように問いかける。
「なんていうか、命がない感じ!ここを狙ったら殺せるとか、死ぬとかそういう急所がない!」
「急所がない?……いえ、ちょっと待ってくださいまし。見えてますの?チヨメさん。」
「見えない!けど、何となくは分かるよ!ソコだけ揺らぎがなんかヘンなの!」
緊迫した問答にまたも追撃が割り込まれる。
「うわぁ!」
体を勢いよく捻れば、先ほどまでいた場所がえぐり取られ、幹がへし折れて倒れる。
「揺らぎ、気配……お二人の共通点は一体なんなんですの?」
「待たせた!まだ誰も死んじゃいねぇな?」
へし折れた木の奥から天使が姿を現せた。これで戦力はすべてだが、規格外が過ぎてアドバンテージを全く感じない。
「ここからどうしましょうかぁ。」
「透明で当たれば死、急所らしき箇所はなく感知するにはなにか特殊な感覚が必要……捕食者が霞みますわね。」
「引くか?石がとんでくると思うけどよ。」
本当にそんなことが可能なのだろうか。それは、脳みそが作り出した思考の逃げ道に過ぎない。生き過ぎた天才を神の子として、同じカテゴライズから無理やり外すような、超常的なものへの嫌悪。しかし、存外それは間違えていなかった。
「透明……カージェスさんの血は?」
「おや?ローディー様?」
「来るよッ!逃げて!」
その声に反射的にしゃがみ込めば、習うように天使もかがみ、不老者は捕食者を抱えて枝の上に飛び退いた。
「ジェネリアさん!半透明だったときでいい、体型はどんなだった!?」
「カージェスより頭二つほど大きく、異様に長い腕に、極端に短い脚!二足歩行で、卵のようなフォルムだったと思いますわ!」
「きもっ!マジかよ!」
その言葉に反応したのか、ルーシフェルの方へ不気味な気配がうつる。
「ローディーっち!逃げて!」
「うぇっ!?言葉までわかんのか!?」
長い腕、ならばこれまでの攻撃はすべてその振り払いなのだろうか。だとすれば、すべてがおかしい。
「音が少なすぎる。いや、何より《《動けるのか?そんな体型で》》……。」
まず第一に、聞こえるのは風切り音だけで何かが動く気配を感じることはない。そして何より、いくら手が長いとはいえこんなにも様々な箇所をえぐり取るなら、もっと動き回らなければいけないのではないか?そして、仮に腕でカージェスを貫いたのなら、その血液は付随していなければ辻褄が合わない。
「なんでだ?肌が透明だからって服まで透明になるわけじゃないのに。」
それに、なぜ今になって透明になったのかも気になる。透明なら鳥として観測されることもなかっただろうし、半透明である必要もない。強みを生かす云々ではなく、まるで波がある様な性質だ。自発的にではなく、何かに揺さぶられて初めて動くかの様な。
「自分じゃ透明化できない?」
ふらりと首を曲げれば、耳元を何かが過ぎていく。
「半透明と透明の条件があるはずだ。場所は森のなかで均一、時間の変化もない。変化があるとすれば……」
通り過ぎた何かは一方通行だった。《《仮に腕なのだとしたら、引き戻しがあるはずなのに》》。
「僕たちのほう、か?」
一つ、ピンと張り上げた何かがあった。




