潜むもの
ごのうち、だつやば
「……まさか、バレるとは〜。」
腸を引きずり出された男は驚いたようにそうつぶやいた。
「だぁいじょ〜ぶですかぁ?おじょーさまー。」
「……。」
自身が背中を預ける木の上を向いて、やけに間延びした声で男は吠える。
「……死んだか。短い旅でしたなぁ。」
「勝手に殺さないでくださいまし!」
降りる時に勢いを付けたのか、重さを増した少女が真っすぐ男の頭上から落ち、そのままグシャリと男を潰し殺した。
「まったく、この世の何処に主が撃たれる様を眺めている執事がいるんですの?」
「あれは無理でございましょ〜?まさか、ためらいなく撃ってくるとは思わないじゃないですかぁ。」
四方八方に血肉を散らしたはずの男は、いつの間にか五体満足で立ち上がり、木から降りてきた少女を抱きかかえる。
「驚いたから間に合いませんでしたとでも言うつもりですの?」
「勿論〜。驚いてなかったら間に合ってましたよぉ。ほら、下名は早い、安い、美味いの三拍子が揃っておりますからぁ。」
抱きかかえられた少女は気品が高い姿出会った。幾重にも巻かれた金色の縦ロールに、サファイアを思わせるランランとした眼光。白を基調としたドレスは青色で縁取られ、その気高さを真正面から着こなすその姿は、若い身空でありながら多くのものを思わせる。
「早い、美味いは置いておいて、安いとはどういう意味でしてよ?」
「そりゃあ勿論、給料がですよ〜。」
片腕で抱える少女を落とすことなく、器用に懐に手を入れて、パタパタとポケットを引っ張り出して、指先で挟む。
「毎月百万ギルグ、きっかり貰っているでしょう?贅沢な生活さえしなければ、貯蓄にだってなると思いましてよ?」
「そりゃぁ、世間一般からみたら大金ですけどねぇ〜。危険度と釣り合ってないって話ですよぉ。」
「危険度?なんのことでして?」
小首をかしげる御嬢様に、執事の男はニンマリと笑いかける。
「だって御嬢様、捕食者じゃないですかぁ。毎度毎度腕やら足やら食われてたら、おかしくなっちゃいますよ。」
【捕食者】
食物連鎖の枠組みから外れたもの。弱きを食らい、強きを食らう。
「そういう貴方は不老者ではなくって?誰のお陰で時間の牢獄から脱獄できたとお思いなのかしら?」
【不老者】
不老不死を求める学術派閥の一つ、メイデン派に属する魔術学者達の総称。不老を再現することで、擬似的に不死も補おうとしたため、一定間隔で体の状態を既定の時間へ戻す魔術の開発に着手する。しかし、人知に扱える範疇を超えているため未だ成功例はない。
「……そんなことより、不味いですよぉ御嬢様。このままじゃ三人とも死んじゃいますよ〜。」
「誤魔化しは通用しないですわよ。まぁ、悠長にしている時間がないのは確かですので、一先ずはのってさしあげますわ。」
許しを得た途端、目下第一の不味いが動き出す。
「止めにいきますわよ、カージェス。あの三人を森から追いやって、本題はそれからでしてよ。」
「承りましたぁ〜。」
大きくしゃがみ、前方へ地を弾く。次に足をつけたのは地面ではなく生い茂る木々。自然を色濃く象徴する幹を蹴飛ばして、先の三人が逃げた方向へ走り出す。
「おっ、居ましたよ〜。」
程なくして見えてくるのは件のソレ。ソレは体を不気味に発光させながら、何かを一心不乱に投げつけていた。
「気を引ければ十分ですわ。お投げくださいまし。」
「はぁい。いってらっしゃい〜。」
跳躍の方向を変えて、真上へ。踏み出した勢いで土台の枝がへし折れるが、それから目を背けて、抱えた御嬢様を遠心力つきでソレへ投げつける。
「|余すことなく食い散らかす《ベア・ミニマム・テーブルマナー》!」
手のひらが赤黒く染まっていき、不浄の手がソレに触れる。何かを投げ続ける腕らしき器官が瞬きの間に消え去るが、聞こえてきたのは絶叫ではなくお上品な舌打ち。
「チッ、逃げますわよ!カージェス!」
「勿論ですとも〜。」
枝がないため、着地は地面へ。当然高所から落ちたため、両足はあらぬの方向へひしゃげ腰元にまで衝撃がいたる。
「トカゲの頭切り」
それらが何一つの抵抗もなく、地面に大きく散らばる。コップ一杯に注いだ水があふれ出したかのように、鮮血が地面に侵し、半身が溶けて消える。
「おじゃましますわ。」
上半身が地面から生えているような状態であるが、それを何一つ気にする様子なく御嬢様が肩へ飛び乗ってくる。
「生え変わった頭部。」
その期待に応えるべく、急速に下半身を生成し直す。瞬きの間に腕を食いちぎられ、あまつさえ敵の顔さえ見ることを許されないソレに同情の余地が生まれるが、それごと地面を蹴り飛ばして森に姿を消す。
「どうでしたぁ、食いごたえのほどは?」
「最悪でしてよ。食べてるのにお腹には溜まらない。パンもケーキも無かったとして、アレを食べるのは無益ですわね。」
「一体全体なんなんでしょうねぇ。捕食者に食べられて存在を保ってられるなんて正気じゃないですよ〜。」
「……カージェス。」
木々を跳ねている最中で、キュッと御嬢様が小さく呟く。
「イザとなったら、アレを。」
「……仰せのままに。」
あんまり嬉しくない決断をナプキンで包んで捨てた。
「勇ましさを見せたところで、作戦はあんのか?」
「……。チヨコ先輩、どうでしょうか?」
「うぇっ!?ウチぃ?」
正直なところ策はなかった。
「作戦かぁ。……まず撤退は絶対だね。ウチらがここに留まる目的は敵の素性を把握することだから、どんな人でどんな感じかが分かったらソレをもとに逃走のプランを練るって感じかな。」
「どんな敵……か。」
あごに手を添えるルーシフェルにならって頭を悩ませれば、一つ疑問が浮き上がってきた。
「気になってる事があるんだけど、いいかな?」
「じゃんじゃん出してこ〜。手がかりになるかもしれないし。」
いい感じの枝を片手にルーシフェルも加わる。
「チヨコが言うには、最初に見た死体は僕たちを釣るための罠なんだよね?」
「そうだね。木の上から殺気もしたし、間違いないと思うよ〜。」
「とんだ野蛮人だよなぁ。ンな森ン中で山賊ごっこか?」
地面を枝先が削って、やけにイラストチックな木とソレにもたれる男、葉の中には何かが目を輝かせる絵が描かれていく。
「罠を張るくらいの人がわざわざ石を投げてくるかな?なんか、こう……もっと頭が良い気がするんだ。」
「確かに!ってかそもそもここ森じゃんね。投げれるほどの石もなくね?」
「魔術じゃねぇのか?石だして、飛ばすみたいな。」
石を投擲する人の絵と、杖を持った人の絵が新たに付け加えられる。
「魔術じゃないとおもう。攻撃的な魔術ならもっと追跡してくるとか、爆発するとか芸があるはずだから。」
「でも、石を出してるのは魔術じゃね?それかどっかから石詰めて持ってきたとか?」
「石を出せるものの射出はできないって魔術的にどうなんだよ。俺ぁ詳しくねぇけどそんな魔術を使うやついるのか?」
その逆であるならまだ理解が及ぶ。なぜなら、こうして石を攻撃に使用してきた以上、その魔術は攻撃用に作られたに違いないから。しかし現状はその逆の逆……詰まるところ、メリットが一つもない魔術を使用していることになる。
「……。」
罠を張るクセに詰めが甘く、魔術を使っているクセに攻撃は物理的。まるで理性のない獣が最大限に小さい脳味噌を摩耗して暴れているようだ。
「……あ。」
声帯を震わせたのは、脳みそに差し込まれた一筋の稲妻。
「ん?どったの?」
「最初に遭遇した人って、なんで内臓が飛び散ってたんだ?」
「え?……そりゃあアレだろ、獣にやられたんじゃ……あぁ!?」
そうだ。はじめからチヨコが気がついていた違和感の一つ。
「獣にやられたんじゃおかしいんだ。だってアレは人が張った罠のはずなんだから、わざわざ獣に殺されたと見せかける理由がない。」
「それは、負傷者と勘違いさせるためみたいな?」
「内臓が飛び散ってたんだ。素人目で見ても一発で死んでるって分かる。それに、罠にしたっておかしいんだ。普通あんなのみたら真っ先に逃げ出すよ。」
そばに落ちていた小枝を拾って、木にもたれる男の絵に先を伸ばす。
「逃げた所を背中からズドンだったんじゃねぇのか?」
「それなら尚更おかしい。だって、投擲が魔術じゃないなら確実に仕留められない可能性のほうが大きい。罠で釣るのは確実に獲物を仕留めるためなのに矛盾してる。」
バツを入れるのは、木の頭で瞳をギラつかせる絵。
「警告だったんだじゃないかな。これ以上は不味いっていう。仮に罠で釣るならもっと綺麗な死体を使って、生きてるか死んでるかを確認させるはずなんだ。」
「それじゃぁ、もしかして……。」
息を呑むチヨコにコクリと頷く。
「人の他に、何かいる。死体の出処はわからないけど、この森に潜む何かを先達が知らせてくれてたんじゃないかな?」
そんな発想を確信へと導いたのは、目を剥くチヨコでも、感心した様子のルーシフェルでもなく何処からともなく聞こえてきた手のひらを打ち合わせる音であった。




