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ブレイブマン・イレギュラーズ  作者: 尾沖泣栗
14/25

狩人の覚悟

ごだぺ、やばうち

「……すこし、ヤな感じ。」


その言葉に疑問をぶつけられるほど、僕たちは愚鈍ではなかった。


「枝についた細かい傷に、フンと落ちた実。間違いなく動物がいる森だね。それでも、ウチらを察知して隠れてるって言われたら納得できるけど……。」


日を遮る葉の天井。幾重にも立ち上がる樹木の壁。ひんやりとして澄んだ風が肌をなぞる度に、心臓がどくりと収縮する。


「虫の一匹もいないのは、流石にオカシイじゃんね。」


余りにも静かすぎる森。精力にまみれていながら、それを享受する者たちが軒並み姿を現さない。そんな現状がもたらすのは警戒や怯えを抑え込む大きな不和。


「どうする?」


引き返すか、進むか。


「引き返そう。ウチが警戒するから、なるべく慌てずに荷台を引いていって。」


「わかりました。」


即断即決。素人が口にするソレとは一線を画する熟練者の言葉。質素で簡潔な指示をいち早く飲み込んで実行に移す。


「ルーっちって、飛べたりする?」


「飛行は無理だな。滑空ならできるぜ。」


緊張が緩み、思考が平常に近づいた所を狙い澄ましてチヨコは声をかける。


「けっこー移動できる?」


「どうだろうなぁ。真上に思いっきり飛べれりゃイケると思うぜ。」


「じゃあ、もしもの事があったら先ずルーっちを連れてウチが飛ぶ。高い所で落とすから、そのまま滑空して森の外を目指して。ローディっちは、怖いかもしれないけど、ウチが降りてくるまで隠れて待ってて。」


「分かりました。」


「ラジャー。」


最善の判断だと、素人目に見ても分かった。それどころか、声音や顔、歩き方などコチラに不安を一切感じさせることなく、冷静に必須事項を伝えてくれる。


「ッ……血の匂いだ。」


緊張感のある空気を揺るがせたのは、チヨコの言葉。


「マジかよ……怪我人か?」


「もしそうならほっとけないけど……大分濃いし、臭い。多分見つかっても助かってる可能性は低いかも。」


その言葉の通りだった。


「……腹を食い破られてる。」


「ゴアはNGなんだけどなぁ。」


木にもたれ掛かるように、男は息絶えていた。腹部を赤く染め、名前も知らない臓器が血液とともにまろび出ている。それは、まるで雪崩でも起こしたかのように重さのままに辺りに散らばっていた。


「おかしいね。運ばれたにしても巣じゃない、遊んだにしては傷が少なすぎる。食い散らかされたわけでもない……もしかして、」


その言葉を放ち切るよりも先に、狩人は猟銃を背負うために肩から回した側のベルトを勢いよく断ち切る。


「伏せて!」


地面に落ちた猟銃を器用に片方の三叉でつかみ上げれば、翼をはためかせて空に浮く。まるで、足で弓を引くように右足を伸ばし、左足をトリガーに回す狩人は、何一つの迷いなく男の死体がもたれかかる木の頭へと弾丸を放った。


「荷台は捨てる!真っすぐ後ろに走れ!話した通りに行く!」


命がかかった声。その気迫に押されて、脅迫的に踵を返す。


「おいおいおい!なんなんだ!?」


「わかんないけど、ルーシフェル!羽出しといたら?!」


ドタバタと走りながら、背中から羽を生やしたルーシフェルはソレが余計な抵抗を産まないために折り畳む。


「最悪ッ!罠だ!」


「罠ァ!?」


猟銃を担ぎ直したチヨコが苛立ちを顕にしながら、前傾姿勢で地をかけてくる。


「捕食も狩りも違うなら後は罠しかない!」


「そんなっ頭の良い動物いるんですか!?」


「きまってるでしょ!《《人だ》》!」


その言葉を理解しきるよりも早く、顔の横で風切り音がなる。


「ひっ!?」


真横を過ぎたソレの正体を探ろうとするより前に、答えの方からもう一度現れた。


ストーン!?原始的すぎんだろ!」


先程の一投が小手調べだったのだろう。次第に調子を上げていく投擲は、一度に2個、3個と徐々に密度を上げていく。


「ココじゃ枝が多すぎて飛べない!ひらけた場所まで走る!」


「背中向けてんのコエェェーー!!!」


「なんで人がこんなところで罠張ってるんですか!?」


思わず叫んだ言葉だが、これ以上の悪手はないだろう。なんせ、自ら居場所を晒しているのだから。



首筋とも背筋とも違う、薄ぼんやりとした所に無機質な雰囲気が近づく。慌てるでもなく、恐れるでもなく、ただ単純にその後に訪れる衝撃を察知した。


「止まるなッ!」


ぴしりと固まった足が、怒声で瓦解して転ぶように前傾姿勢なる。が、既の所で留まり下手な加速をしてしまう。


「ッ!後ろからの石はコッチで弾く!とにかく走って!」


広げられた羽が、投げられた石を受け止めた。美しい白羽が赤く滲み、悲痛さだけが前面に押し出される。


「チッ!クソったれが!」


それから、石の雨が止んだのはチヨコの羽が斑模様に染まってからだった。


「……不味いな、これは。」


それはぎこちなく羽を動かした後に綴られた言葉。


「退路を絶ってきた、慣れてるな。」


「どうするよ?こっから。」


動かせない羽では逃亡ができない。それを踏まえてのソレ。


「……迎え撃とう。」


そうなれば、もはや自衛しか手段がない。


「戦うの?こんな状態で。」


しかし、ソレと同等の覚悟を持って手負いの狩人は瞳を研ぐ。


「相手の目的どころか人数も正体もわからない。おとなしく逃げるべきだ。」


冷え切った正論。


「けど、このまま走ったって逃げられる確証はねぇぜ?」


「あるよ。私が足止めをする。」


「え?」


そして凍えきった暴論。


「狩りじゃよくある話だ。一人の死亡よりも多数の生存を取る。狩人の覚悟ハンターズ・サバイバルってやつだよ。大丈夫、こっから精一杯暴れれば相手は私を止めざるを得なくなる。その隙に逃げて。」


過酷な環境が生み出した人格。それは有無を言わさない寒気を孕んで、どこまでも冷たく突き放す。


「……いやだ、死ぬのはだめだ。」


「ッ!わがまま言ってる場合か!?」


「言ってる場合だよ!」


冷たく、死から突き放す。そんな事を許すものか。


「僕たちをかばって傷を負ったチヨコがこのまま死ぬのは許さない。どうしても死にたいなら借りを受け取ってから死んで。」


「言うなぁ、ローディアス。けどま、そういうこった。今死んだら地獄行きだぜ?天使サマのお墨付きでな。」


「ッ、子どもじゃないんだ!一人死ぬのと三人死ぬの、どっちが良いかなんてわかってるだろ!」


そんなに冷たいんだ。手をつかんでやればくっついて取れなくなるだろ。


「どっちも悪いから、否定してるんだよ!」


念のため持ってきていたポーチから取り出した包帯をチヨコの羽へ巻き始める。


「無駄に死にたいのか!?」


「毛頭死ぬつもりもないし、見殺しにするつもりもない。」


「やめろ!いますぐ逃げろ!戦っていい場面じゃない!」


尻目で見たルーシフェルは、すべてを見透かしているようにコクリと頷く。


「戦わないよ。言ったでしょ、迎え撃つって。」


「はぁ!?」


「狩りのプロなんでしょ?わざわざ戦わないで得意分野でやれば良い。」


木々の方向へ十数枚もの羽が飛んでいき、思い思いにちっていく。


「得意分野って……そういう問題じゃ!」


「もう!キメラになりたいの!?」


「へ?」


ぐいっと顔を近づければ、久しぶりに強張った顔が緩んだ。


「僕たちが死んだら、ヘカーテにキメラにされてタダ働きだよ。僕はそんなの御免だね。」


「ははっ!文字通り馬車馬のごとくだな。トーゼン、俺だって御免だぜ?」


「……なに、それ。」


わからず屋を前に呆れたを含んでチヨコが呟く。


「賭博場じゃ僕もイイトコなかったんだ。名誉挽回同盟だよ。」


「……ッあ〜〜〜もう!ホントに危険になったら逃げんだかんね!」


「《《皆で》》な?」


「あはは!ルーシフェルを前に舌戦なんて、やめたほうがいいよ。」


差し伸べた手は既に硬く凍ってしまった。


「……ありがと。」


「こっちこそ、守ってくれてありがとう。」


「かっこよかったなぁ、狩りじゃあんな調子なのか?」


少しだけ茶化すように笑ったルーシフェルに小首をかしげるチヨコであったが、次第に顔を真っ赤にそめて、恥ずかしそうに口を開いた。


「ちょっと待って!もしかして怖くなってた!?」


「いやいや、格好良かったって。」


「最悪最悪最悪ッ〜〜!!マジで忘れて!黒歴史なんだって!」


ようやっといつもの調子に戻ったチヨコに笑みを浮かべずにはいられなかった。


「笑っ、笑った!!酷いよ、ローディっち!」


「ごめんごめん、あんまりの慌てようで少し面白くなっちゃって。」


それもどうなのかと思う弁明の後に、少し経って笑いが収まった。


「……それじゃ、反撃開始だ。」


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