死霊術師の流儀
ごだつ、そのうち。とうぺ、やば
「……そうですよね、すいません。」
申し訳なさそうな顔をする中年に、燕尾服は悟った顔つきで軽く頭を下げる。
「一応、仲間内に当たってみましょうか?多分、他もないと思いますが。」
「いえ、大丈夫です。失礼しました。」
苦し紛れの提案に苦笑のみを浮かべあとにする。
「……ぉお、どうよ?ローディアス。」
どうよ?ということは、そっちは駄目だったんだなと思う。
「そうか……。ま、そうだよなぁ。」
フルフルと首を振れば、慰めるような声が振りかかる。
「戻りました……。」
「ウチもぉ……。」
「戻ったぞ。」
低い声音からはいって祝福を述べるなどニクイ演出は当然なく、疲弊した顔が三つ並ぶ。
「全滅でありますね。」
無表情でそれらを眺めるシディはどこか他人事に聞こえる言葉を吐いた。そんな気はないのだろうが。
「やはり、ギルザリアとの戦争の影響でしょう。馬は物資の運搬に必須でありますし、遊撃隊はかなりの頭数であると伺っております。恐らく、馬主の言葉に嘘はなく、馬は軒並み買い取られてしまったのであります。」
「戦時下の弊害ってやつか……田舎育ちにゃ想像つかねぇぜ。」
うんざりした様子で毒づくのも無理はない。かれこれ三日間、我々一行は足踏みをしているのだから。
「やはり、是が馬となって引っ張るのが最速の手筈であると思いますが。」
「シディっち、流石に倫理があるって。」
落ち着かせるようにチヨコが寄りかかるが、正直な話どん詰まりだ。
「あの、馬以外じゃダメなんでしょうか?」
「う〜ん。」
オズオズと上がった手は確かに盲点ではあった。が、馬以外をどう用意しようというのか。
「捕獲禁止とか、よっぽど危険だとかじゃなければ……まぁ良くはないけど悪くはないって所だと思います。」
なにか心当たりが?そうヘカーテへ口を開けば、いつものどこか引いた様子はなく、寧ろ胸をはるかのように清々しい顔つきで瞳が光る。
「死体さえあれば、私のネクロマンスで馬を作れると思うんです!」
「あぁ、盲点でありました。素晴らしい提案だと是は考えます。」
「……ヘカっち、」
流石に倫理があるって。それが、総意であった。
「じゃっ、じゃあ、こういうのはどうですか?合成獣です!死体を組み合わせて、オリジナルの獣を作るんです!」
「お前良く天使の前でそこまで粘れるなぁ。」
感心したように頷くルーシフェルに並び、もはや皆呆れを超えて感心したを抱いていた。なにせ、説得は三日三晩続いたのだから。
「いやだなぁ。ルーシフェルさん、天使じゃないじゃないですか。」
「天使の方が嫌だろ。」
始めこそ、何人かで止まるように試みた。少し強気に出てみたりもした。しかし、どういうわけかネクロマンスが絡むとヘカーテは別人格をぶち込まれたのかのように舌戦に秀でて、メンタルがオリハルコンの如く硬くなる。
「キメラ……キメラなぁ。」
「もう良いのではないか?この調子でいられては妾達にとっても苦痛であろう。」
弱音に酷似した逃亡宣言。ヒバナからこのような言葉が出ることは意外にも思えたが、そもそも仲間と争うという心持ちではないのだろう。皆々がセオリーからはずれていると思っていたが、安心できる外れ方だ。
「……まぁ、そうだよな。ローディアスは?」
「このままじゃ僕たちがキメラにされそうだし、良いんじゃないかな。」
「ハハハッ!チヨコの羽にヒバナの腕、シディの体なんて贅沢だなぁ!」
「……メチャぶっそーな話聞こえたんだけど、どうなってる感じ?今。」
バッチリメイクを決めたチヨコが、朝一番をある意味で感じさせる重々しい顔つきで現れた。
「おっ、もう交代の時間か?」
交代。コウタイ。そう、生き物である以上、三日三晩寝ないなんて不可能だ。仮にできたとしても、深い睡眠を招くことになる。だから、代わる代わる睡眠をとって、ローテーションで相手をしていた。……けして、ヘカーテが生物外と言うわけではないが、彼女は三日三晩、寝ずに抗議を行っている。
「うん。シディっちは?」
「あっちもあっちで、馬がないか聞いて回ってるよ。昨日気分転換に街を歩いてたら、馬に蹴り殺された少女の幽霊が夜な夜な彷徨ってるって噂になってた。」
奇人変人集団となってしまったことを強く実感させられた瞬間であった。
「今は、キメラという獣の死体を混ぜ合わせた怪物を作らないか、という話になっている。」
「……チョーハードじゃね?」
途端、顔を曇らせるチヨコ。まぁ当然の反応だろう。しかし、そんなある種他人事の考えをよそにチヨコはヘカーテて近づく。
「おはよ〜ヘカっち!今日も元気だね。」
「あっ、おはよございます!チヨコさん。どうですか!?キメラ!」
なにか、違うと思った。目つきか声音か佇まいか。良くはわからないが、ソレらがいつもより低い気がして冷たい気がした。
「そのキメラ?ってのは、どうやって作る感じ?」
人伝に聞いたことがある。とある地方には年中気温が低い場所があるのだと。そこにはユキと呼ばれる白い粉が雨のように振り、落ち葉のように募る。そして、絶え間のない寒さは生物をいともたやすく殺し、造作もなく奪う。
「いろんな動物や獣の死体を継ぎ接ぎ合わせるんです!いいとこ取りなんですよ!例えば、」
「殺すの?」
そんな過酷な場所で生活する者たちがいると。外界と隔たれた空間で、独自の武器と技術と信仰を形成する種族。彼らは狩りのみで飯を食い、損じれば命を失う。
「弄ぶの?」
命の奪い合い。それは原初の姿。しかし、テーブルに並ぶのを待ってしまう。刃を向けるのを恐れてしまう。咀嚼という行為を片手間で行ってしまう。
「……。」
それらに惑わされず、目を背けないということは一体どれだけ難しいのだろうか。はたまた、向き合わなければいけないのか。そんな気高き者たちにこの姿は一体、どのように映るのだろうか。
「いえ、すでに殺された死体を使います。ネクロマンスの為に殺すことはありません。そして、最大限活用します。皮を服にするように、蹄を薬にするように。傲慢な考えかもしれませんが、ソレが自然の摂理に流れた命への敬意だと思っています。」
そんな極寒を思わせる気を前に、ネクロマンサーは背を向けなかった。
「それが、死霊術師の流儀です。」
やがて、太陽が顔をのぞかせた。
「そっか。……ごめんね、朝から!」
いつも通りの人当たりの良い笑みを浮かべて、チヨコは微笑む。
「そーいう事なら、ウチのとっておき見せちゃおっかな!」
「とっておき?」
腰元に携えたポーチを床に落とし、器用につま先で紐を引き、中から引き出されたのは一枚の金属板。人差し指ほどの大きさのそれは金色に輝き、いくつかの溝と連続する細いチェーンが付属している。
「んだこれ?ドッグタグか?」
「正式名称は忘れちゃったけど、狩免ってやつ!これ持って申請出せば違法になんないで狩りが出来るんだよね〜。メッチャ勉強したし!」
「狩猟免許証でありますね。しかも、その中でも金色は最も難しい試験合格者の証なので、正式名称は第一級狩猟免許証。狩猟やそれに伴う商品の売買の他、二名までなら免許のない者たちを同伴して狩猟を行うことができるであります。」
「あぁ!ぬるりと来た……。」
文字通り窓から、半液状でデロリと部屋に入ってきたシディは発生器官を度外視して丁重な解説をしてくれた。
「どうなってんだ?それ。」
「先ほど、幽霊と指をさされ捕獲されそうになったであります。民間人に手を出すわけにもいかず、液状化することで逃亡してきたであります。」
「あぁ……マジだったのか。」
液体は次第に固形化して、見慣れたシディへ姿を戻した。
「それで、誰が出るでありますか?」
上がった手は三つ。
「……なんというか、釈然としねぇな。」
「まぁ、こればっかりは……。」
「仕方ないよね〜。」
左隣でため息をつくルーシフェルを、右隣のチヨコがなだめる。
「三日三晩寝てねぇヘカーテは寝かせる。シディはもっぱらまちの有名人……いや、有名霊か?で、ヒバナは徹夜組。立候補制度が泣いてるぜ。」
「ヒバナっち、いい精神修行になるってけっこー残っててくれてたもんね。」
「本当に優しい人ですよ、ヒバナさん。」
そんな話をしながら、足並みをそろえて仲良く三人並んで歩く。街中であればすこし憚られるような行為であるが、あいにくとここは平原と森の境。そしてなにより、並んで歩かなければいけない理由があった。
「なぁ、死体ってどれくらい重いんだ?」
「う〜ん……。マジものによるって感じかな。血抜きしちゃえば軽くなるとは思うけど、どれくらい必要かも分かんないし、けっこー覚悟しといたほうがいいかも。」
仲良く並んで歩くのは、手押しで荷台を引いているから。空とは言え大人数用を購入したためか、すでに重く、ここにあとから物品が乗るなど考えたくもない。
「血抜きってことは、狩るんですか?」
「最悪の場合はね。ほら、当然だけど死体ってご飯じゃん?上手いこと行かないと思うんだよね〜。」
その言葉は後に、いとも容易く実現した。




