チャンピオン戦
ごだつ、とうぺ
迫りくる拳を掌底で受け流す。空いた腰元を狙って蹴りを繰り出す。既の所で降りてきた腕によって、蹴りが受け流される。そんな攻防は、はたから見れば均衡に見えるのだろうか。
考え事か?
そんな意識をもった拳が頭上から振り下ろされる。
いえ、なんでもないです!
そんな意を込めて、振り下ろされた拳を腕に沿わせて地面へ誘導する。
「……素晴らしいですね、ココまでとは。」
満足気に見ているアイツは気づいていないのだろう。コレは戦いなどではない、指導だ。
避けてみろ
受けきることを想定していない、本気の突き。ソレは隠される事なく、殺気で或いは目線で此方に鑑賞してくる。どうにかソレを一歩引いて回避すれば少し面白そうに鬼が笑う。
勿体ないぞ、こうなる
引いた一歩は回避ではなく逃走。余分に空いた間合いを詰める鬼は、跳躍の後左足のみで着地し、ソレを思い切り捻る。かかとを軸につま先が横を向き、そこで生じた捻れは腰を伝い、右足が大きくしなって放たれる。これも、受けることを想定していない技。
その目があるなら半歩で良い
そんな言伝を今実践出来なければ続く二手で殺される。目を逸らしたくなるほどの猛威に刃を食いしばって焦点を合わせる。回避できるという確信に理性が届く前、そこで無理やり足をとめる。
上出来だ
そう言わんばかりに腹部スレスレを足先が通り過ぎていく。
左足が空いたぞ?
極自然に創り出された隙へ、手を伸ばす。
「失礼するよ。」
武に満ちた部屋の中に、コンコンと音を鳴らしたのは扉を開けて部屋に入ってきた女一人。
「……ジャスミン、私が一度でも連絡を入れましたか?」
「そんなにカッカすんじゃないよ、お客人がいる前で。」
ジャスミンと呼ばれた女は無作法にも静寂を踏み荒らすと、ヒバナの前で立ち止まる。
「お客人、悪かったね途中で止めて。」
「……いや、気にするな。妾も少し現を抜かし過ぎていたようだ、助かった。」
「そうかい?オーナー、お客人はこう言ってるよ!」
「……下がりなさい、ジャスミン。今は商談の最中です。」
仄かに苛立ちを立ち上らせて、オーナーはジャスミンへ声をかける。
「……その様子じゃ、すっかりハメられたね。」
「ハメられた?」
余りにも場違いな溜息に、そこに留まるもの皆が眉をひそめた。
「さっき受付でね、とんでもない奴が現れたのさ。一人は若い黒髪の男、もう一人は亜人種……多分エルフってやつだね。」
「エルフ?まぁ、確かに珍しいですけれど、王都フレスタットは亜人の入国を受け入れているのですから、それくらいならいるでしょう。」
重々しく知らされたのはそんな周知の事実。しかし、何を今更と笑うことは許されなかった。
「いや、問題なのは種族じゃない。あのエルフ、戦場でも感じないくらい濃い死の匂いを纏わせてた。話が通じない怪物ってわけじゃなさそうだけど、ありゃ真っ当じゃないね。」
「ね、ねぇさん!ソイツはマジか!?」
ジャスミンの口から出ることはないと思っていた言葉。この人は誰よりも戦を軽んじた発言を嫌うはずなのに。
「で、どうにも嫌な予感がしてね。飛び入り参加の奴の素性を調べ上げてみたら、」
「ちょっと待ってください。飛び入り参加とは?」
「あー……そっからかい。」
いよいよ呆れた様子で笑うジャスミンはオーナーへ紙を一枚手渡す。
「なっ!?こっ、コレは!」
オーナーはそれ目にした途端驚愕の声をあらわにする。普段の飄飄とした態度が印象的なあまり、物珍しい光景をみたきになる。
「蝋の魔女が残した最高傑作。一級危険魔術内包品として国から破壊処分の指示が出されている。けれど、崩都ギルザリアに現れた魔王の討伐の志願兵として生かされてる。」
「まさか、コレが飛び入り参加とでも?」
くっきりと開いた目が問い詰めるようにジャスミンを刺す。
「そのまさかさね。付け加えるなら、クランクルも姉妹も負けて、飛び入り参加はチャンピオン戦にエントリーしてる。……ご指名ってこったね、フレデリック。」
「まっ、マジかよ……。」
平然とオーナーの視線を受け流すジャスミンの言葉。その意を問うようにオーナーへ視線を向ければ、その先では頭を強く掻きむしり、額から血を流す姿があった。
「……積みですね。気がつくのが遅すぎました。」
垂れていく血が目元をすぎて、涙のように筋を進めた。
「今からではオッズの操作も試合の取り消しも出来ない。飛び入り参加が勝とうが、フレデリックが勝とうが損失は大きい……やってくれましたね、ヒバナさん。」
「……。」
ギギギと首をこちらに向けてきた男は、ついぞその怪しげな瞳を解放する。薄膜一枚の瞼に隠されていたソレは、どす黒く渦を巻く眼球。
「っがぁ!?ごぼっ!!」
しかし、その目から這い出る悪意を感じ取った頃には、すでに殴り飛ばしてしまっていた。頬をへこませて壁に激突した男は、肺にのこった空気を不格好に吐き出しながらボトリと地に伏す。
「む……済まない。」
思わず出してしまった拳を収め、すでに気がない男へ謝るが届いていないだろうか。
「あーぁ、こりゃ伸びちゃってるね。」
その考えを後押しするようにジャスミンはちょいちょいと人差し指で男を弄くるが、反応はない。
「そんじゃ、アタシはコイツ運んでくるからフレデリックは試合に出てくんだよ。」
「えぇ!?」
難しい話はよくわからないが、法律スレスレの危険人物が混ざり込んでる場所に飛び込めっていうのか!?
「……。」
「じゃあね。」
落ちたオーナーを乱雑に担ぎ上げたジャスミンはシニカルな笑みを浮かべて部屋の外へ消えていった。残されたのは、オレとヒバナさんだけ。
「……その目と身軽さは天武のものだ。ここで腐るには少々勿体がない。」
「え?」
ローブを羽織り直しながら、ヒバナさんは踵を返して扉に手をかける。
「道は示した。……期待しているぞ。」
そんなつぶやきを残して締められた扉はついに俺を孤独にした。
「……っ!」
あの日逃げ出した幻影が袖を引く。行くなと、逃げればよいと。今ならまだ間に合うと。
「……んなこと知ってんだよ。」
未練がましく袖を掴む、ソイツを振り返ってぶん殴る。腐った安寧とちっぽけな自尊心に唾を吐き捨て奮える膝を拳で叩く。
「けど、逃げれるわけ……ねぇだろ。」
結局のところ、あの背中に手を伸ばしただけなのだから。
「形態変化→月。」
『なんだぁ!?気味の悪ぃもんが浮かび上がった!!』
蝋人形の背後に巨大な削がれた円が浮かび上がる。目を背けたくなるほど金色に光るソレは、まるで人の横顔のようにさえみえた。物憂げな表情を浮かべながらソレは静かに浮かび続ける。
「ッ!!」
それは、不味い。そんな思考ばかりが一巡して手足から力が抜けていく。もっと早く気がついていれば、もっと隙を与えることがなかったら、そんなタラレバめいたマイナスの思考が《《無理やり脳みそへぶち込まれる》》!
「何を迷い、何を憂う。」
その言葉を皮切りに、物憂げな月は融解して垂れていく。メッキが剥がれるように黄金は鈍色に姿を変えて、ボタボタと重たい雫が地面を濡らす。
「……ぁ、あぁ……。」
不安、不信、不義がグチャグチャに脳みそを食い散らかして、思い思いに心臓を刺す。思考が乱れれば簡素な感情が芽吹き、恐怖一色の花畑が咲き乱れる。
「|折れた傘《イッツ・レイニング・ナイト・アンド・ムーン》」
「にっ、逃げない……逃げないもんね……。」
やがてゆったりと地面から粘性のソレは浮き上がり、足から登り腰へいたる。不快感を感じ取るよりも早く、脳味噌は思考の放棄を推奨し、眼球がぐるりと裏返る。意識を手放す間際、口から漏れ出たのは恐怖か悔恨か。
「……にっ、にげ……ね、ぇ。」
「……驚いたであります。まさか、月に抗えるとは。流石はチャンピオンといったところでありますか。」
『もうこうなっても驚かねぇぞ!!Miss.怪物は大番狂わせどころか枠外だった!けどまぁ正直わかっちゃいたし、新チャンピオンの登場を祝おうぜ!!』
【第一回戦 オッズ7倍→105ギルグ】
【第二回戦 オッズ5倍→525ギルグ】
【第三回戦 オッズ3倍→1575ギルグ】
投資額 ⇒15000ギルグ
最終収支⇒1575000ギルグ+???




