なんという語尾
ごだつ、とうぺ
「とっ、とんでもないですよ!ローディアスさん!!」
ベットを行いに行ったヘカーテが小走りで人混みをくぐり抜けてくる。
「っぐぅ!ど、どうしたんですか?」
見守る位置を守るために、両足を大きめに開いて隙間を死守していた所で振り返る。
「あぁ!ありがとうございます!失礼します。」
守りきった隙間に体をねじ込ませると、ヘカーテは切らした息を取り返すようにハァハァと肩を上下させる。
「さっきの対戦相手の人、あの人この闘技場でNo.3の実力者だったみたいなんです!」
しかし、呼吸を取り戻すより先にヘカーテは声を上げる。
「それで、すごい人気があったみたいなんですけど、さっきシディさんに負けちゃったじゃないですか。そして、ここの対戦ルールって一度勝った人は次、その人よりも強い人と戦わなきゃいけないらしいんです!」
「えぇ!?そっ、それって……。」
「はい、ルーシフェルさんの指示に従うなら最低三回勝負です。一回戦目が三位の人なので、二位と一位の人が出てきちゃうんですよ!!」
「た、確かに大事ですけど、シディさん滅茶苦茶強そうだし大丈夫じゃないですかね?」
三位を相手に堂々と勝利を収めた蝋人形が今さら膝をつく想像が付かない。故に、焦る気持ちも分かるが心の隅では確信的な安堵が巣食う。
「私も、シディさんを疑ってるわけじゃないんですけど……。」
しかし、ヘカーテの悩みはその程度ではなかった。
「ここの闘技場、特殊なルールが結構あって、そのなかの一つにチャンピオン戦っていうのがあるんです。」
「チャンピオン戦?」
「はい、この闘技場のチャンピオンに決闘を申し込める制度らしいんですけど、そのためにはまず三位と二位を倒す必要があるんです。」
「……まんま、今の状況ですね。」
怪しくなる雲行きはここで留まらない。
「それで、そのチャンピオン戦が成立すると掛け金のレートに制限がついて、一試合で最低五十万ギルグかららしいんです。そして、一度でも乗ったらチャンピオン戦の間は賭ける方を変えることが出来ず、途中で降りることも出来なくなってしまうんです。」
「ごっ五十万……大金ですね。でも、シディさんのお陰で百五万ギルグありますし、オールインすればいいんじゃ?」
元々降りる気もないですし、と笑ってみたものの。
「ろ、ローディアスさんは不安じゃないんですか?」
もはや泣き出しそうな声を上げてヘカーテは言葉を綴る。
「不安?」
「わっ、私本当にシディさんが負けるとか思ってないんです。こうやって誰かと協力し合って何かを目指したこともなくって、絶対に成功すればいいなって、させたいなって思ってるんです。」
ヘカーテはそっと俯く。
「でも、いろんな話を聞けば聞くほど不安になっちゃうんです!もしかしたら、もしかしたらって……せっかく皆が頑張ってくれてるのに。」
それはきっと性格的な問題で、信用や信頼の欠落が産んだ結果ではない。そして、それを本人は自覚しているのだろう。だからこそ、より一層深い自己嫌悪に陥る。
「……いいんじゃないですかね、不安なままで。」
「え?」
そう、性格的な問題。恐らくヘカーテは臆病なのではなく、過剰な優しさを孕んでいる。
「皆が皆イケるやれるって思うのは凄いことだと思います。けど、良いことだとは思えません。皆がそうやって盲目になってちゃいつか見失ってしまうかも知れませんから。」
飢えた者に魚の釣り方だけではなく、竿の作り方や撒き餌の穴場、実際に釣った様子を見せて、最後には釣れるまで木陰から見守る。それは責任感から訪れるものでは無く、自らの教えで他者が幸福になっている様を見届けないと安心出来ないから。
「だから、よく見て、よく考えてくれるヘカーテさんは必要だと思います。安心してください。きっと皆心配だけで終わらせてくれますよ。」
安心して、その人を送り出せないから。高々一度目が合っただけで、話を聞いただけで人生のすべてを見据えてしまうような、行き過ぎた優しさ。
「……そう、なんですかね……。」
ローブをかぶり直したヘカーテの顔はよく見えなかった。
『サクサク行こうぜ!第二試合!ステージ修復最中に、金は賭けたな!お前たち!!』
アナウンスが響いた途端、ガヤガヤと思い思いの意思で荒れていた空間にほんの少し落ち着きが現れる。
『既に皆知っちゃいるとおもうが、改めてご報告だ!!初戦でクランクルを打ち破ったシディが、チャンピオン戦に参加することが確定した!コイツはご機嫌なニュースだぜェ!!』
野太い声がけたたましく鳴り響き、再三会場を揺さぶる。
『最低レートはごっ、五十万ギルグ!?金賭けらんねぇ奴ら帰るなよ!とんでもねぇモン見れるかもしれねぇからよォ!!』
おそらくアナウンス通り、ほとんどの人間が金をかけて居ないのだろう。五十万ギルグなど、貴族でも躊躇う大金なのだから。
「……始まります。」
『まずは白コーナーから入場だ!我らが誇るナンバーツー!!類まれなる連携は、腹の中から墓ん中まで!その様はまるで幻想に生きる月狼!誇り高き爪と牙で、清廉なる姉妹の絆で、戦いではなく狩りを成す!二つ頭のケルベロス!リリア・リリカシスターァァーーズ!!』
二足歩行を行う狼がアナウンスとともにステージへ登る。片方は赤色の毛でもう片方は青色の毛に身をつつみ、アナウンスの通り、その手や足には軽度な防具はあれど武器は見当たらない。
『相対するは黒コーナーッ!クランクルを打ち破り、威風堂々と再び参上!!突如現れた彗星は、伝説の一幕を綴るのか!?チャレンジャーにしてデストロイヤー!!秘密仕立けの蝋人形!シディィィィィ!!!』
「何であんなにマイクパフォーマンス上手いんでしょうか?ルーシフェルさん……。」
「ほんとだね……。」
『レディィィ……ッファイ!!』
ゴングが鳴り響いた瞬間に、狼の姉妹が蝋人形へ飛びかかる。
『速ッ攻!!怪しい動きはさせねぇってか!?』
最低限の動きで避け続ける、蝋人形を追い詰めるように姉妹は爪を振り、牙を向ける。
「クランクルが負けるなんて驚いたけどね、要はアンタがこっちの手の内見つける前に噛み砕いちゃぁいい話よ!」
「そうガオ!そうガオ!!爪できり裂いてやるガオ!!」
「なんという語尾。世界は広いでありますな。」
まさしく狩り。隙のない連携で相手を押し込み、圧倒的に上位から相手を倒す。
「しかし、サーチは不要であります。」
『オット!?シディ突如前に出た!』
的確に振り下ろされる牙と爪を両腕で華麗に受け流した蝋人形は、距離を取るように大きく飛ぶ。
「逃げる気かぁ!?」
「逃げる気ガオ!!」
そのまま正面へ抜けたため、蝋人形は狼たちに背中を晒すことになる。そして、狩り場でそれを見逃すほど狼達は優しくなかった。
「|Q.何でそんなに爪と牙が大きいの?《ブーステッド・デス・アゴニー・クエスチョン》!」
青い色の狼が赤い色の狼の足を両腕で掴み、フルスイングでシディの背中に向って投擲する。
「|A.アンタを食うためさ!《ビフォー・ハンターズ・アンサー》!」
通常の投擲ではあり得ない加速を行いながら、赤い狼は蝋人形の背中を抉ろうと目を光らせる。
「形態変化→魔術師。」
狼がたどり着くよりも早く、蝋人形は形を変える。最も、先の試合程の大きな変化はなく、如実に現れている箇所と言えば大きく尖った魔女のような帽子と全身を覆うようローブのような形に姿を変えた深紅のドレス。
「|斯くして人は叡智を得たり。《プロメテウス・ファイア》」
何一つの前触れもなく、蝋人形の背後が燃える。
『んなぁ!?なんだぁ!!?』
飛んでいた狼は無抵抗のまま火に包まれ、
「あっつい!!こわぁいいい!!!」
勇ましい様子は何処へやら、少し毛先から登る煙を必死に消すように地面を転がる赤い狼が姿を現す。
『ワッツ!?意外な二面性ってやつかぁ!?庇護欲そそられるぅ!!』
「二面性というよりは本能であります。」
伸ばした指先で空中で円を描くと、蝋人形はソレを折り曲げた人差し指で弾く。丁度百ギルグほどの大きさのソレは真っすぐに青い狼の元へ向かっていくと
「ん?なにガオ?」
青い狼の眼前でキラリと小さく光、すぐ後にボンと爆発する。
「ぐぎゃぁ!」
耳を押さえようとしたのか、目を隠そうとしたのか、中途半端に伸ばした手を硬直させて、青い狼は仰向けに倒れた。
「亜人種のなかでも、獣の特性が色濃く現れている種の多くはプロトタイプとなった種の特徴を受け継ぐ傾向にあります。そして、獣の全般は火や光には弱い。行く末を知るの必要もないでありますね。」
『どっ、圧勝!!余りにも鮮やか!余りにも早すぎる!手を捻られた赤子のように、狼姉妹は散っていった!!しかし、これで蝋人形のベールは剥がれた!チャンピオンへの挑戦権獲得に伴い、Miss.怪物華麗な勝利をぶち込んだぁ!!』




