エピローグ:永続する光のシンフォニー
十年後。2035年の春。
私たちの「境界領域科学研究所」は今や国際的な研究機関となり、世界中から研究者が集まってくる。意識研究の聖地とさえ呼ばれるようになった。
量子意識理論は今や科学の主流となり、大学の教科書にも掲載されている。私たちの研究成果は医療の現場でも応用され、特に終末期医療における患者と家族のケアに大きな変革をもたらした。
陸花は今年で十三歳。私と朔の両方の特質を受け継ぎ、科学と人文学の両方に興味を示している。彼女の自由研究のテーマは「量子もつれと愛の関係について」。まさに私たちの研究を継承する次世代の研究者としての素質を見せている。
そして今日、特別な来客があった。
ノーベル物理学賞委員会からの使者だった。私たちの量子意識研究が今年のノーベル賞候補に選ばれたという知らせだった。
「科学と人文学の境界を越えた画期的な研究」として評価されたのだ。
しかし私たちにとって最も嬉しかったのは、その知らせを聞いた時に陸花が言った言葉だった。
「リクおじちゃんも喜んでるよ。『お姉ちゃんたちが世界を変えたね』って言ってる」
私は陸花の頭を優しく撫でた。彼女には確かに見えているのだ。私たちには見えない世界が。そしてその世界で弟は今も私たちを見守り続けているのだ。
夜、朔と二人でバルコニーに出て星空を見上げた。都心でも見える明るい星たちが瞬いている。
「あの星の光も、何億年もかけて私たちのところに届いているんですね」
朔が言った。
「光は永続する。一度生まれた光は、宇宙のどこかで永遠に輝き続ける」
私は彼の言葉を受けて続けた。
「陸の光も、私たちの愛の光も、きっと永遠に輝き続けるのね」
朔は私の手を握った。十年前と変わらない温かさがそこにあった。
「量子もつれの理論によれば、一度繋がった意識は永遠に繋がり続ける。時間も空間も超えて」
私たちは静かに微笑み合った。
弟の死から始まった長い旅は、科学と愛の統合という形で結実した。私たちは証明したのだ。愛とは単なる感情ではなく、宇宙の根本原理の一つであることを。
そして明日もまた、新しい発見への旅が続いていく。陸花と共に、弟の光と共に、私たちは歩み続ける。
光は永続する。愛は永続する。
それが私たちの物語の、永遠に続く結末だった。
(了)