そして僕はまた、スカートをひるがえす。
──結局、原宿の広場にぽつんと取り残された僕は、重い足を引きずりながら電車に乗り、アパートに帰った。
ストッキングを脱ぎ捨て、崩れかけたメイクもそのままで畳に顔を埋める。
ああ、ひんやりとして気持ちいい。
もうなにもかもがどうでもよくなってきた。
天井を眺める。
あのときの東雲の言葉は、一見すると悪口のように聞こえるが、決して悪気があったわけじゃないと思う。
うん。
百歩譲って考えれば、たぶんあれは不甲斐ない自分への叱咤(激励はない)。お芝居に対しての忠告……かどうかは分からないが、あれはあれで東雲なりのアドバイスと受け止める。
だけど……。
(もう、どうすればいいんだよ……)
ただでさえ、男がヒロインの声を演じるなんて、もとから無理な話だったんだ。そんなの普通わかるだろ、それを面白半分で男性声優を起用する制作側が悪い。なのに自分はここまでよくやった。そうだよ、むしろ頑張りすぎたぐらいだ。
偉いぞ神坂登輝、いや橙華。
「ああ、もうやめだやめだ、今から柏木さんに事情を話して終末アオハルを降板しよう。うんそれがいい。きっと女性声優の方が佐伯比呂を完璧に演じてくれるはず、上映が始まってからじゃ……もう遅いんだ」
畳に転がっているトートバッグの中からスマホを取り出し、勢い任せにタップした。
だけど。
ディスプレイに浮かぶ『柏木マネージャー』の文字。
何度も通話ボタンを押そうとして……押せない。
「ああくそっ……」
そのままスマホを放り投げた。
──翌日になっても、気分が最悪だった。
今日は朝から収録。
『オレの異世界転生が全然ハーレムじゃなかった件』のメイド、アニス役。
叡智な台詞を連発する変態キャラ、いやサブヒロインで、ストーリーを語るうえでは影が薄いキャラ、それでもその存在なくして、この物語は成り立たない。だが、これも僕の性別とは異なる役柄、だ……。
「はあ……しんどい」
今更ながら、大きくため息をついた、
けど。
いつも以上にメイクを完璧に済ませ、僕は家を出た。
◇
『──もう、ご主人様ったら……そんなにアニスのことを見つめないで欲しいのです♡』
『ああ……、なんて粗相を……ぜ、ぜひこのムチでお仕置きを……アニスのことをぶって、ぶってくださいぃい♡』
『ああいい、ご主人様、ご主人さまぁああ♡』
もう、ノリノリのヤケクソで、アフレコ収録に挑んだ。
一切、躊躇することもなく。
台詞に対しての羞恥心を取っ払って。
それが功を奏したのか、今回の収録では一度もリテイクがかからず、すんなりと終えることができた。
あの『終末アオハル』のお芝居が嘘だったように。
「お疲れ〜」「この後、メシに行く?」「倉橋ちゃん、次回の収録だけどさ──」
収録後の喧騒をよそに、さっさとこの場を去りたかった僕は、台本や筆記用具をバッグに詰め込んでいた、そんな折。
「えーと、名前は……橙華さん、でいいのかな?」
いつもは録音ブースからあまり出てこない監督、作品の指揮者である南総監督が、珍しく僕に声を掛けてきた。
「あ、はい、橙華です、い、いつもご迷惑を掛けてすみません」
ヤバっ、と思い、最初に謝っておく。どうせなんかのダメ出しだろ、ああ、やっぱ男にヒロイン声は無理だったか。
「あー、そんなにかしこまらないで、別に文句を言いに来たわけじゃないから」
突然、総監督に声を掛けられれば普通にビビるだろ……とか思いながら、恐る恐る顔を上げる。このおじさん、結構上背があるから。
すると、南監督は周りを気にしてか、少々声のトーンを落とし。
「いや逆に、今回のアニスは文句のつけようがなかった、正直いって、感心したよ」
「え、マジで……いえ、ホントですか」
それはちょっと嬉しい。最近メンタルがガタガタだったから、素直にそう思った。
「実はさ、君をアニス役に決める時、ずいぶん揉めたんだよね、君はその、ちょっと特殊だから……いや、差別するわけじゃないから、そのへん誤解しないように」
「はあ、わかります」
まあ、普通はそうなるわな。
「で、城田がどうしてもって、音響監督の城田ね。あいつが言うには、アニスの卑猥な、いや、台詞は女性声優がやると、多かれ少なかれ恥じらいが滲み出るんだってさ」
女装した男性声優はもっと恥ずかしいです、ということは言わないでおく。それに今回の収録では、ってことだろ。実際、叡智な台詞をためらいなく思い切り連発したし。
「いや、それにしても、君を起用したことは正解だったよ、それだけ言いたくてね」
「じゃあ、また次回も頼むよ」と、南総監督は録音ブースの奥に引っ込んでいった。
ふふ──、
皮肉だよな。
毛嫌いしていた役で褒められるなんて。
だけど、監督との会話で、なんかいろいろ吹っ切れた気がする。今後の方向性が見えてきた。
よし、そうと決まれば、やるべきことは一つ。
「お疲れ様でした! お先に失礼します!」
僕はスカートの裾を、ふわりと翻す。




