表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オレンジボイス 〜女装してアイドル声優になった結果、周りが地雷だらけで詰んだ件〜  作者: 乙希々


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/113

そして僕はまた、スカートをひるがえす。

 ──結局、原宿の広場にぽつんと取り残された僕は、重い足を引きずりながら電車に乗り、アパートに帰った。


 ストッキングを脱ぎ捨て、崩れかけたメイクもそのままで畳に顔を埋める。


 ああ、ひんやりとして気持ちいい。


 もうなにもかもがどうでもよくなってきた。


 天井を眺める。


 あのときの東雲の言葉は、一見すると悪口のように聞こえるが、決して悪気があったわけじゃないと思う。


 うん。


 百歩譲って考えれば、たぶんあれは不甲斐ない自分への叱咤(激励はない)。お芝居に対しての忠告……かどうかは分からないが、あれはあれで東雲なりのアドバイスと受け止める。


 だけど……。


(もう、どうすればいいんだよ……)


 ただでさえ、男がヒロインの声を演じるなんて、もとから無理な話だったんだ。そんなの普通わかるだろ、それを面白半分で男性声優を起用する制作側が悪い。なのに自分はここまでよくやった。そうだよ、むしろ頑張りすぎたぐらいだ。


 偉いぞ神坂登輝かみさかとうき、いや橙華とうか


「ああ、もうやめだやめだ、今から柏木さんに事情を話して終末アオハルを降板しよう。うんそれがいい。きっと女性声優の方が佐伯比呂さえきひろを完璧に演じてくれるはず、上映が始まってからじゃ……もう遅いんだ」


 畳に転がっているトートバッグの中からスマホを取り出し、勢い任せにタップした。


 だけど。


 ディスプレイに浮かぶ『柏木マネージャー』の文字。


 何度も通話ボタンを押そうとして……押せない。


「ああくそっ……」


 そのままスマホを放り投げた。






 ──翌日になっても、気分が最悪だった。


 今日は朝から収録。


『オレの異世界転生が全然ハーレムじゃなかった件』のメイド、アニス役。


 叡智な台詞を連発する変態キャラ、いやサブヒロインで、ストーリーを語るうえでは影が薄いキャラ、それでもその存在なくして、この物語は成り立たない。だが、これも僕の性別とは異なる役柄、だ……。


「はあ……しんどい」


 今更ながら、大きくため息をついた、


 けど。


 いつも以上にメイクを完璧に済ませ、僕は家を出た。



 ◇


『──もう、ご主人様ったら……そんなにアニスのことを見つめないで欲しいのです♡』


『ああ……、なんて粗相を……ぜ、ぜひこのムチでお仕置きを……アニスのことをぶって、ぶってくださいぃい♡』


『ああいい、ご主人様、ご主人さまぁああ♡』


 もう、ノリノリのヤケクソで、アフレコ収録に挑んだ。


 一切、躊躇することもなく。


 台詞に対しての羞恥心を取っ払って。


 それが功を奏したのか、今回の収録では一度もリテイクがかからず、すんなりと終えることができた。


 あの『終末アオハル』のお芝居が嘘だったように。


「お疲れ〜」「この後、メシに行く?」「倉橋ちゃん、次回の収録だけどさ──」


 収録後の喧騒をよそに、さっさとこの場を去りたかった僕は、台本や筆記用具をバッグに詰め込んでいた、そんな折。


「えーと、名前は……橙華さん、でいいのかな?」


 いつもは録音ブースからあまり出てこない監督、作品の指揮者であるみなみ総監督が、珍しく僕に声を掛けてきた。


「あ、はい、橙華です、い、いつもご迷惑を掛けてすみません」


 ヤバっ、と思い、最初に謝っておく。どうせなんかのダメ出しだろ、ああ、やっぱ男にヒロイン声は無理だったか。


「あー、そんなにかしこまらないで、別に文句を言いに来たわけじゃないから」


 突然、総監督に声を掛けられれば普通にビビるだろ……とか思いながら、恐る恐る顔を上げる。このおじさん、結構上背があるから。


 すると、南監督は周りを気にしてか、少々声のトーンを落とし。


「いや逆に、今回のアニスは文句のつけようがなかった、正直いって、感心したよ」

「え、マジで……いえ、ホントですか」


 それはちょっと嬉しい。最近メンタルがガタガタだったから、素直にそう思った。


「実はさ、君をアニス役に決める時、ずいぶん揉めたんだよね、君はその、ちょっと特殊だから……いや、差別するわけじゃないから、そのへん誤解しないように」

「はあ、わかります」


 まあ、普通はそうなるわな。


「で、城田がどうしてもって、音響監督の城田ね。あいつが言うには、アニスの卑猥な、いや、台詞は女性声優がやると、多かれ少なかれ恥じらいが滲み出るんだってさ」


 女装した男性声優はもっと恥ずかしいです、ということは言わないでおく。それに今回の収録では、ってことだろ。実際、叡智な台詞をためらいなく思い切り連発したし。


「いや、それにしても、君を起用したことは正解だったよ、それだけ言いたくてね」


「じゃあ、また次回も頼むよ」と、南総監督は録音ブースの奥に引っ込んでいった。


 ふふ──、


 皮肉だよな。


 毛嫌いしていた役で褒められるなんて。


 だけど、監督との会話で、なんかいろいろ吹っ切れた気がする。今後の方向性が見えてきた。


 よし、そうと決まれば、やるべきことは一つ。


「お疲れ様でした! お先に失礼します!」


 僕はスカートの裾を、ふわりとひるがえす。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ