性別と演技との狭間。
──昨日の醜態がまだ頭から離れない。
朝、ボク……いえ、私はちゃぶ台の上にスタンド鏡を立て、メイク道具を一式並べた。
スキンケアメイクから始め、ベースメイク、アイメイク、リップと今では慣れ親しんだ一連の動作を手際良く進めていく。
「うん、我ながらカンペキ! どこからどう見ても最高にかわいい、わ、た、し♡ まさか高校の時にドハマリしたガ◯プラの塗装技術がメイクに役立つなんてね、ふははっふははははははははハハはハっ、ゲホッゲホッゲホッ──」
続けざまに「んんん、きょ、今日は暑くなりそうだし〜、何着てこうかなー」と、畳の上にずらりと服を並べる。
「──今日はモノトーンで攻めてみる? でもそれだと〜ちょっと地味かな? だったら、いっそ冒険しちゃう?」
思い切って、薄ピンク色の半袖ミディ丈ワンピースを選択。
例によって姉のお下がり。でもさすがにピンクは勘弁、と衣装ケースの奥底に封印していたものを、あえて引っ張り出してみた。
「おっ? 案外イケんじゃ」
鏡の前でくるりと一回転。ニコッとスマイル。
ガリガリ細身の撫で肩体型が、メイク加工も相まってか、普通に女子してる。足もツルツルしてるし、これなら生足、ストッキング無しでいけそう。でも中身は内緒♡
後は、あれから顎辺りまで伸びたマッシュボブをゆるく外巻きにブロー。喉仏隠しにチョーカーを装着して。
ファンシーなバッグを肩にかけ。
おしゃれサンダルを履き。
「んじゃあ、とりあえず出掛けるか……じゃなかった、うんっ、お外に出発ぅう♡」
◇
長きにわたった近日公開予定の劇場長編アニメ『僕たちは終末の世界でアオハルする〜そして彼らは星になる〜』通称『終末アオハル』のアフレコ収録も、ついに次回がラスト。
物語のクライマックスからエピローグまでを一気に撮り上げるため、今まで以上の演技力、そしてキャラクターへの深い理解が求められる。
声優の世界はシビアだ。誰か一人の演技が浮けば、作品全体が死ぬ。
だから、あんな情けない芝居は二度としない。他のキャストに泥を塗るような真似だけは、絶対に許されない。
だが、台本を読み込み。理屈で考察するだけでは限界があった。それだけでは、僕が演じる『佐伯比呂』の、繊細な心情の変化は台詞で再現できない。
佐伯比呂は、いわゆる「男の娘」ヒロイン。
男と女の境界線、日頃からジェンダー(性別の概念)の壁に囚われ続けるキャラクター。
つまり、比呂は、今の自分と同じなのだ……って、僕ってオトコの娘だったの?
いや、今はそんな事どうでもいい……どうでもよくないけど、とにかくだ、比呂の葛藤を、その痛みを、理解するために僕は決めた。
これからアフレコ最終日までの残り一週間、寝るとき以外はすべて、男性声優、神坂登輝ではなく、女性アイドル声優──橙華として生きる。
そうすれば、佐伯比呂の心の隙間に、あと一歩届くはず。
男が演じる、男の娘キャラ。
本物の女性声優には決して演じきれない、僕だけの「答え」がそこにある。
収録までのカウントダウン、自分に残された道はこれしかない。
そして──。
辿り着いた原宿駅、東口広場。
といっても特にあてがあるわけではない。ただイマドキ女子なら原宿という、安直極まる発想で足を向けただけだ。
欅並木から漏れる陽光の下、私はひとつ、深く深呼吸をついた。
(……よし、まずは、テラスカフェで優雅にティータイム。それからウインドウショッピングを──)
ツンツン。
(──なんで完璧なプラン! これぞ女子の休日……)
ツンツンツンツン!
(……ちょ、ちょっと待って!? さっきから背中を突っついてんの……も、もしや痴漢、それとも職質、とか? いきなり詰んだ!?)
心臓がバグバグするなか、覚悟を決め、おそるおそる振り返ると。
「んげっ!?」
「こんにちはー、橙華さん、偶然ですね、これからお一人でお出掛けですか?」
「──んもう〜、橙華さんひどいですぅ。あのプール以来、全然連絡くれないんですもん」
そこには、カジュアルなキャミワンピをさらりと着こなした小倉もも──ももちゃんが居た。
「……奇遇ね」
そして、涼やかな、けれど、まるで逃げ場を塞ぐような声。そこには、いつもの派手なミニタイト……ではなく、シックな色合いの半袖ブラウス、ハイウエストロングスカートを纏った彼女──東雲綾乃も。




