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オレンジボイス 〜底辺声優(♂)ですが、女装して美少女の声を演じています〜  作者: 乙希々


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94/112

憤り、そして葛藤。

 ──通しのリハーサルを得て、いよいよ本収録。


『──くそくそくそくそっ! 朝霧っ、ボクは君を許さない……殺す殺す殺す殺す』 


 いざ本番となっても、榊美琴さかきみことは完璧な演技を披露──まるで物語上の『星野千尋ほしのちひろ』が現実に存在するかのように。


『ほ、星野さん、もうこんな事はやめて……きっと、きっと私たちは友達になれる、から』


 対して、東雲綾乃しののめあやのパイセンは、美琴ほど派手さはないものの、『朝霧紅葉あさぎりもみじ』という繊細な役柄にしっかりと寄り沿っていた。


 普段の自信過剰で自己中なあいつからはまるで想像できないほど、淋しげで儚げな演技。


『くっくっくっ……』


 画面上の千尋が歪んだ笑みを浮かべ、すうっと両手を広げた。


『あ、あり得ないから。それにさっきまでの勢いはどこにいっちゃったのかな〜、さあ早くボクを殺しにきなよ、きゃは、それともやっぱりボクに殺されたいのかな〜』


『ぁ、だめ……こ、こっちに来ないで──』


 一時は形勢が逆転したかに思われた東雲……いや紅葉が、荒れ果てた教室の窓際に追い詰められる。赤い月明かりが彼女の顔を血のように照らす。


 モニターには白塗りのラフ画しか入っていないが、それでも二人の生々しい存在感が頭の中にライブで伝わってくる。


(くそっ、あいつら上手すぎだろ……二人ともリハを超えてやがる)


『紅葉ぃ! 千尋お前何やって──』


 と、ここで妻夫木渡つまぶきわたるさん演じる主人公──『藤原翔太ふじわらしょうた』が満を持して登場。


 そして僕──橙華とうかが演じるサブヒロイン『佐伯比呂さえきひろ』も隣に立つ。これで役者は揃った。


 大丈夫。


 最近色々ゴチャついていたけど、それでも準備は怠らなかった。たくさんたくさん家で練習した。


 前回の収録だってスムーズに終わった。


 さっきの通しだって問題なかった。音響監督から特に駄目出しもなかった。だから今回もきっと大丈夫。


(──しくじりはしない)


 スカートの袖で手汗を拭い、マイクの前で台本を静かにめくる──



 ◇


 収録が終わった。


 僕は人気のない男子トイレの個室にもる。橙華の格好でも関係ない。ここならあの二人と顔を合わせずにいられるから。


 結局、今回の収録では、美琴演じる千尋が自ら教室の窓から飛び降りるという悲劇的な幕引きで終わった。


 あらかじめ台本を読んで知っていたけれど、何か悲しくていたたまれない。


『きゃはははははははははハハハハハ──』


 最期を迎える千尋の顔が、笑い声が、今でも頭から離れずにいる。


 それだけ美琴のお芝居が神がかっていた、ということ。


 東雲だってそう──、


(それに比べ僕は……あぁーもうっ!)


 思わず髪をわしゃわしゃきむしった。地毛じゃなかったら、そのままどこかに放り投げたいぐらいだ。


 あれから僕は、何度もリテイク(り直し)を繰り返し、現場に迷惑を掛けた。出番が少なかったのにも拘らず。


 それでも何とかOKは出た。いちおう制作側には納得してもらえた。


 だけど、あいつらのお芝居には到底敵わないい。足元すら及ばない。


 東雲が実力派声優なのは間違いない。普段はアレだが、演技力はベテラン勢をも圧倒するほどだ。


 そして美琴は──たぶん天才なんだと思う。自分が演じる役を完全に憑依させている。キャラをとことん考察して、試行錯誤しながら演技する自分とは全く異なるタイプだ。


 従ってあの二人は、正真正銘、実力でヒロイン役を勝ち取ったといえる。


 でも僕はどうだろう、実力でオーディションを合格した?


 いや違う。


 所詮「女装声優」というイロモノ枠で採用されたに過ぎない。


 今までの役だってそう。


 僕は柏木マネージャー、事務所の戦略にまんまと乗っかっただけ。


 自分でも分かっている。


(……だけど僕は、たとえ声優として実力がなくても、自分には不相応な役だと分かっていても、今までそれに甘んじて……でも、でもでもでもでもでもでもでも──、)


 ガンっ!


「──っ!?」


 その時、誰かにドアを叩かれた。というか、思い切り蹴られた。


(え? え? え?)


 僕は使ってもないのに水を流し、慌てて個室から顔を出す。


 だけど、そこには。


「──誰も、居ない……」

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