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オレンジボイス 〜底辺声優(♂)ですが、女装して美少女の声を演じています〜  作者: 乙希々


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92/112

VS。

 ◇


 都心にひっそりと構える老舗しにせスタジオビル。予定よりも30分ほど遅れて到着だ。


 ここには何度か足を運んでいるけれど、未だ緊張と不安でメンタルがキツキツでヤバい。さすが日本屈指の収録現場……ていうか僕みたいな底辺声優には敷居が高すぎじゃね? 自分イロモノ枠だし。


 そんなこんなで、いざビルの中に踏み入る前に一度、百均のコンパクト鏡で前髪をヘアピンで留めたマッシュボブを手ぐしでちょいちょい、メイク具合も確認。ん、よしよし、どこからどう見ても普通に女子してる。たぶん。


 と、そこから早々に受付を済ませて、エレベーターのボタンを4階にポチポチ、いよいよアフレコルームに向かう長い廊下に差し掛かったところで──「ひゃい!?」と、思わずたじろいでしまう。我ながら悲鳴も女子してる。


「…………」


 無言で腕を組み壁に寄りかかる一人の女──ワインレッドのシースルーブラウス、漆黒のタイトミニスカート姿の東雲綾乃しののめあやのがそこにいた。


 ファンデーションを塗りたぐった顔が、だらだらと脂汗でよれてくるのを感じ、反射的にその場で回れ右しようとしたけど、


「ぁ……その、し、東雲、センパイ……収録お疲れ様でㇲ」


 頑張って笑顔を取り繕う。


 それでくだんの東雲はというと──僕を鋭い眼光で睨んではいるが、特に何も言ってこない。罵詈雑言ばりぞうごんは当然、今にも右拳(顔面ストレートパンチ)と黒ストッキングに包まれたおみ足(顔面ニーキック)が飛んできてもおかしくない危険な状況であるが……今のところ、それも大丈夫そう。


 でも、なんか調子が狂う。いやいやいやいや、触らぬ神、触らぬ東雲に祟りなし……いや、あるかも知れないけど、でもここはあえて素通り……しようとしたのだが、


 ピコン。


 と、このタイミングでメッセージ通知。


 恐る恐るファンシーなトートバッグの中からスマホを取り出し確認する。


『オンナと同伴とはいい度胸ね』


 ぁ…………、


 って、メッセージいつ打ったの!?


 ──そして、次の瞬間だった。


 僕の背中にぴったり張り付いていたはずの「彼女」がひょっこり、と出て来て、そのままズカズカと東雲の正面に詰め寄り──


 と、ここまであえて触れずにいたのだが、たった今、ここまで、僕こと神坂登輝かみさかとうきもとい橙華とうかのすぐ背後には、地雷女子……いや、事務所後輩、榊美琴さかきみことがいた。そう、彼女はあれからずっと僕に張り付いている。だから必然的に二人仲良くスタジオ入り、嬉しいような嬉しくないような──、


(って、そんなことよりも美琴、今の東雲を刺激するな──)


 だか時すでに遅し、東雲がギロリと美琴に目線を向けた。


(ぁ、ヤバっ……)


 しかし。


「東雲センパイ」


 美琴はひるまない。


「貴方、たしか榊美琴、さんだったかしら?」

「はい榊です、こうしてセンパイと話すのは今回が初めてですね」


 普段の陰キャぽい雰囲気とは打って変わって、毅然きぜんとした態度であの東雲と向き合っている。口調も表情すらいつもと違う。なんで?


「ええ、貴方とは一度ゆっくりと話したいと思っていたわ」

「ですね、私も東雲センパイに話しがあります。でもこれから大事な収録が控えていますので、いずれ別の機会に、ええ、じっくりと」

「そ、そうね、楽しみにしているわ……」


 ってあれ……? なんで二人して牽制しあってるの。つうか、美琴さん、キャラがいつもと違くない? というか、東雲の奴、ちょっと腰が引けてるような……


 そして、美琴は。


「では、東雲センパイ、後ほど収録で」


 にたぁ〜と、ホラーな笑みを浮かべる。あ、それはいつもと変わらないんだ……。


「──ふ、ふふ、そそ、そうね、しゅ、収録が楽しみだわ、せ、せいぜい私の足を引っ張らないことね」


 で、最後に東雲はもろ悪役令嬢ぽい捨て台詞を残し、そそくさと去っていった。


 その際、ギロッと僕を睨んで。怖い。


「え、えへへ、せせ、センパイ、わた、私たちも行きましょう……えへ、えへ」


 美琴は美琴で、いつものえへらえへらとした口調に戻っていた。


 不気味な笑みは相も変わらず──


 って、もしや美琴さん、二重人格ですか?

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