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オレンジボイス 〜女装してアイドル声優になった結果、周りが地雷だらけで詰んだ件〜  作者: 乙希々


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92/117

VS。

 ◇


 都心にひっそりと佇む、老舗のスタジオビル。予定より三十分の遅刻。


 何度足を運んでも、ここは緊張と不安でメンタルが削られる。なにせ日本屈指の収録現場だ。僕みたいなネタ枠の底辺声優には、敷居が高すぎて足がすくむ。


 ビルに入る前、百均のコンパクトで最終チェック。ヘアピンで留めたマッシュボブを手ぐしで整え、メイクのヨレを確認。よし、どこからどう見ても女子してる。……たぶん。


 受付を済ませ、エレベーターで四階へ。アフレコルームへ続く長い廊下に差し掛かったところで──「ひゃい!?」と、キモい声が漏れた。我ながら悲鳴も女子っぽい。


「…………」


 無言で腕を組み、壁に寄りかかる一人の女──ワインレッドのシースルーブラウスに、漆黒のタイトミニ。例に漏れず悪役令嬢ムーブした東雲綾乃しののめあやのがそこにいた。


 塗りたぐったファンデが脂汗でだらだらと溶け出すのを感じ、反射的に回れ右……、しかけたが、寸前で踏みとどまる。


「ぁ……その、し、東雲、センパイ……収録、お疲れ様でㇲ」


 全力の営業スマイル。


 それで、東雲はといえば、シリアルキラーな眼光で僕を威圧するが、一言も発さない。


 罵詈雑言ばりぞうごんは当たり前、いつ右手(顔面ストレートパンチ)、黒タイツのおみ足(膝蹴り)が飛んできてもおかしくない超危険な状況だが……今のところ、物理的被害はない。


 逆に調子が狂う。


 ……いや、触らぬ神、触らぬ東雲に祟りなし、だ。


 このまま素通りを──


 ピコン。


 このタイミングでメッセージ通知。


 なんだか、とても嫌な予感がしたので、恐る恐るファンシーなトートバッグからスマホを取り出すと、画面には一言。


『オンナと同伴とはいい度胸ね』


(──いつ打ったんだよ!?)


 と戦慄した、次の瞬間だった。


 僕の背中にぴったりと、背後霊のごとく張り付いていたはずの《《彼女》》がひょっこりと顔を出し、そのままズカズカと東雲の正面まで詰め寄って──


 と、あえて触れずにいたが、僕こと神坂登輝──もとい橙華のすぐ後ろには、地雷女子……いや、事務所の後輩、榊美琴さかきみことがいた。


 そう。あれから彼女は、僕から離れない。必然的に二人仲良くスタジオ入り。嬉しいような、死ぬほど嬉しくないような──、


(って、そんなことよりも美琴!(もうこうなったら呼び捨て)今の東雲を刺激するな──)


 時すでに遅し。東雲がギロリと美琴をターゲットに捉えた。


(ぁ、ヤバっ……)


 だか。


「東雲センパイ」


 美琴は、一歩も引かなかった。


「──貴方、確か榊美琴、さんだったかしら?」

「はい、榊です、こうしてお話しするのは初めてですね、センパイ」


 普段の陰気な負のオーラはどこへやら。美琴は毅然とした態度で、あの闇堕ちした悪役令嬢ムーブしている東雲と正面から向き合っている。凛とした表情も、はっきりとした声のトーンも、僕が知る彼女じゃない。


「ええ。貴方とは一度、ゆっくり話したいと思っていたわ」

「奇遇ですね、わたしもです。……でも残念。これから大事な収録ですので、続きはいずれ別の機会に、ええ、じっくりと」

「そ、そうね。楽しみにして、いるわ……」


(……え、何この空気?)


 なぜ二人は、バチバチ牽制しあってるのか。つうか美琴さん、キャラ変しすぎじゃない? おまけにあの東雲が、明らかに腰が引けている。


 すると美琴は。


「では、東雲センパイ。後ほど、マイクの前で」


「にたぁ〜」と、Jホラーな笑みを浮かべていた。そこはいつも通りなんだ。


「──ふ、ふふ、そうね、せいぜい私の足を引っ張らないことね」


 東雲はテンプレのような捨て台詞を残し、颯爽と去っていった。その際、ギロリと僕を視姦することだけは忘れずに……ま、こっちはいつも通りだ。


「え、えへへ……。せせ、センパイ、わた、わたしたちも行きましょう……えへ、えへへ」


 振り返った美琴は、いつもの地雷に戻っていた。サイコパスな薄ら笑いも、変わらず──


 って、もしや美琴さん、二重人格ですか?

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