《続》小倉ももは、決して許さない。⑦(絶交)
「──ねえ〜、お姉さんたち〜、これからオレらと一緒に泳が」
ギロリ。
「「ひぃいっ!」」
家族連れや陽キャグループでごった返す大型プール施設。そのエントランスで、僕らに声をかけてきた命知らずの猛者が二名。だが、不可視の魔眼……いや、厄災級の殺気だった眼力に射抜かれ、呆気なく撃沈した。
いやいや、そこはもっと頑張ろうよ! お兄さんたちチャラそうだけど細マッチョで強そうだし、僕を助け……っ!
「ぐえっ!?」
「……早く来なさい」
伸ばした僕(橙華水着ver.)の右手は、虚空を空回り。背後から首元のチョーカーをグイッと引っ張られ、そのままズルズルと引きずられる。
やめて、みんな見ないで……あ、スマホを向けないで……って、水着をあまり引っ張んな、脱げちゃうから──!
「……ぁ、ああ、あのぉ、せめて水着を着替えさせ」
ギロッ!
「ぁ、な、なんでもないです……」
ちなみに、あざとかわいい水着アイドル声優こと──小倉ももは、「ぽわわ……ほろほろ」と、突如目の前で闇堕ちした真の悪役令嬢──東雲綾乃を見て昏倒。たぶん魔王覇気に耐性が無かったからだと思われる。というか、僕も耐えられない。さっきから怖くておしっこを漏らしそうになってる。でも今は水着だから、だいじょ……大丈夫じゃないからね!?
なんか人(♂)としての尊厳が、塩素の匂いと共に消えていく。
◇
「──ざけんじゃないわよぉおお!」
ガンッ!
「ま、待て東雲、話せば分か……」
人の目が途切れた建物の深層。そこの壁際に追いやられてからのドン。いわゆる壁ドン。
といっても胸キュン要素は皆無。あるわけがない。というか、心理的にも物理的にもヤバい。本日二度目の詰み……いや、三度目?
「あの小娘が一緒だったのは……まあそうね、見逃してあげる」
「あ、え? あ、いや、はい……」
ももちゃんのことは、不問……?
「あの男は……ふふ、そうね、所詮は見かけ倒しの鶏頭だもの。私の敵じゃないわ」
「そ、そうなん……だ、だったら、一体何をそんなにおこ──」
言いかけた僕の唇を塞ぐ勢いで、東雲がぐいっと顔を寄せてきて。
「……お姉ちゃん」
「え?」
「──絶対に、許さないから」
その声は、いつもの芝居がかかった発声とは違う。素の声だ。
東雲の姉、唯川雫さんを誘ったのは宇佐美だ。でも、元を辿れば僕の責任。姉への遺恨が想像以上に根深いことを今さら思い知らされる。
「……ごめん」
不意に一言漏れた謝罪の言葉に、東雲の表情が若干、和らいだ気がした。
「──で、でもさ、僕はただ、みんなで仲良くプールで……」
「ええ、それは分かっているわ。橙華さんは私の《《大親友》》だもの、私を裏切るはずがないわ、そう、あの女とは違うの、ええ、そうよ、そうだわ、ふふふ……」
ええっと……いつの間にか「友達」から「大親友」へとランクアップ。知らないうちに好感度が上がってたらしい。
「で、でさ、とりあえず、みんなのところに戻らない? せっかく唯川さんも忙しいなか来てくれたんだし、大親友? に免じて、今日だけは……」
「嫌よ」
「そこを何とか……」
「お断りだわ」
腕を組み、ふいっとそっぽを向く東雲。てか子供かよ。
「それに、貴方のことをまだ許したわけじゃないわ」
花柄ビキニに包まれた細い背中をこちらに向けて。
「絶交よ」
「は? ゼッコウ? いやいやいやいや、お前、何言ってんだよ」
「絶交」とかいう言葉、久しぶりに聞いた気がする。ええっと……中学生以来?
「ふふふ……貴方とは当分、口を利かないわ、そうね──」
そして、くるりと振り返り、真っ赤な唇を艷めかしく舐めて、ゆるりと手を、僕の首筋に回し。
切れ長で、それでいて、どこか虚ろな、光を反射しないその黒目がちの瞳が、僕という個体を捉えたかのように。
目の前に、すぐ目と鼻の先まで迫ってきて。
「ま、まさか……お、おい、早まるなよ、じ、自分をもっと大切に、だな──」
がぶり。
「へ……? ひっ、ひゃぁああああああああああ──っ!」
と。
首を、首筋を噛まれた。
甘噛み──なんてレベルではない。鋭い痛み。絶対に歯型が残ってる。
絵柄的には、R指定の吸血鬼系百合? あ、いや、いちおう二人とも水着姿だから、全年齢でも、ギリセーフ……かな?
(──じゃなくてぇえ!)
「ふっ、ふふ、いい気味ね、じゃあさよなら」
「……痛って、お、おい、待てって──」
その去りゆく背中に手を伸ばした、その時だった。
「な、なななななにやってんですかぁああああ!」
遠くの方から、鼓膜をつんざく、妹ボイスの。
「──と、とと橙華さんの裏切り者ぉおおおおお!」
咆哮が聞こえてきた。




