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オレンジボイス 〜女装してアイドル声優になった結果、周りが地雷だらけで詰んだ件〜  作者: 乙希々


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《続》小倉ももは、決して許さない。③(◯亡フラグ)

 ──そんなこんなで、季節は小暑しょうしょ。七月上旬の日曜日。


 午前八時三十分。


 東京駅の改札口は、すでに熱気と人の波で茹でるようだった。


「──マジで朝からアチィな〜」

「ぇ……そ、そうだよね、きょ、今日は最高気温が三十度超えるらしいよ」

「えーマジか? まだ七月になったばかりだぜ」

「え、ええっと……ち、地球の温暖化問題は深刻……かな?」

「ははは! なんだそりゃ。お前、相変わらずおもしれーな」


(うう、会話が持たない。さっきから会話の内容が薄すぎる……つうか、いきなり肩に腕を回してくるなよ。……ん? こいつ、なんかいい匂いがする、まさかの香水か? 橙華とうかの時でさえ、そんなのつけてねえぞ?)


 駅を行き交う人々の中でも一際目を引く、モデル顔負けの長身。こなれたTシャツにハーフパンツ、ブランド物のサングラスをかけたウルフカットの茶髪男。


 2.5次元俳優、剣崎翔けんざきしょう、──もとい、同郷のクラスメイトである宇佐美健太うさみけんた。彼からの過剰なるスキンシップに、僕、神坂登輝かみさかとうき(♂)の形容キャパシティはとっくに限界を迎えていた。


(──つうか、待ち合わせは九時だぞ、こいつ、来るの早くね?)


 一見チャラそうな外見に反して、意外にも時間は厳守するタイプらしい。という僕も三十分前行動が基本だが、オタク特有の性かもしれない。


「てかさ、もうこのまま俺らだけで行かね? えーと、なんだ、女なんかと一緒だと色々メンドーだぞ、マジで」

「ん〜、まぁ確かに面倒くさ……い、いやいや、それだと僕があいつらにキルされ……ゲフンゲフン、今日の目的が達成できないから」

「しゃあねぇなー、メンドーだけどさ、付き合ってやるよ」


 宇佐美は「神坂の頼みなら断れねーしな」と、さらにグイッと肩を寄せてくる。……ええっと、僕たちこんなにフレンドリーな関係だったっけ? 


 ときに宇佐美は、僕が──橙華の正体が「女装」したアイドル声優だと、気づいている、ようだ。


(──つうか、顔近いんですけど!)


 ……まあ、それはさておき、今日は東雲綾乃、小倉ももの両名が到着次第、京王線に乗って某有名大型レジャー施設へと向かう予定だ。


 そこには遊園地に併設された夏季限定の大型プールがある。ネットでの事前調査によれば、五つのプールにウォータースライダーまで完備されているらしい。収録のスケジュールやら今月の生活費を鑑みれば、遠方の海水浴場へ繰り出すより遥かに低コスト、かつタイトな日程に優しい選択といえる。


 一応「顔バレ」のリスクはあるが、それは海とて同じこと。とりあえず今の僕はノーメイクの完全にオフモードだ。橙華であるとバレなければ誰にも気付かれな……あ、自分で言っててちょっと悲しくなった。


 ともあれ、例の──小倉ももの無茶振り「わたしも綾乃(東雲)さんと海に行きたいです!」に対しての緊急処置として、都心郊外で海みたいに《《水着》》で泳げる施設を選んだわけ。


 どうせ、海でもプールでも変わらんだろうし。


 現にももちゃんは快諾……というか、「ぽわんぽわん」と、謎言語で喜びを表現していたし、やはり東雲の水着が拝めれば無問題。ガチ百合だけに。


 ちなみに、今回の一件で超最難関だった某悪役令嬢もどきに関しては、海外だの沖縄の海だの妄言をほざいていたが、どうにか言いくるめて、最終的に安価プールで妥協してもらった。まあ、最後まで文句(暴言)を繰り返していたのは想定内。


 そして今、隣でイケメンムーブしている宇佐美を誘ったのも、ちゃんと理由がある。女子二人に男一人という構図はキツいというのもあるが、奴にはここぞという時の中和剤──いわば、対東雲用の最終兵器だ。


 今回の件、東雲には今日、小倉ももが参加することを伝えていない……っていうか、言おうとしたが言えなかった。


 もし正直に「ももちゃんと一緒に……」なんて言えば、同業者である小倉ももを一方的に敵視している東雲のことだ。「ふん、お断りだわ」と、機嫌を損ねるかもしれない……いや、間違いなく断られる。


 かと言って黙ったまま、待ち合わせ場所で鉢合わせたら、最悪、その場で帰ってしまう可能性すらある。そうなれば、ももちゃんがショックを受ける……というか、後々、面倒なことになる(主に僕が)。


 そこで、剣崎──宇佐美健太の出番だ。


 宇佐美と東雲。一見、接点などなさそうな二人だが、以前、僕のアパートで顔を合わせた際、本人らは互いに初対面だと言い張っていたが、あの時の一触即発な空気はどう見ても普通じゃない。二人には、ただならぬ因縁を感じた。


 男女のいざこざというよりは、水と油、あるいは長年の敵同士……? 


 まあ、何にしても東雲にしてみれば、そんな宇佐美とご対面、もう一方の──小倉もものことなんて些細なことだろう。


 少なくとも、ももちゃんを見て即座に帰るような真似はしない。理由は不明だが、宇佐美が相手だと、普段以上に意固地になるから。


(……まあ、この機会にみんなで仲良くしてくれれば、僕としても万々歳──)


 そんな淡い期待を抱いた、刹那。


 背中、脊髄にぞわぞわと、殺気……いや、悪寒が走った。


 絶対、後ろを振り返りたくない。……でも、恐る恐る振り向く。



「…………これはどういうことかしら?」



 本気の殺意。


 そこには能面──もとい、あらゆる感情を削ぎ落とした「無」と化した、東雲綾乃が立っていた。


 言わずもがな、これは完全に「ブチギレ」てる時の形態だと、後に経験者は語る。


「ふっ……神坂、ここは俺に任せろ。あの女には前回の借りがあるからな」


 するとその時、サングラスをクールに弾き、宇佐美が悠然と一歩前へ踏み出す。その無駄にたくましい筋肉質の哀愁漂う背中を見た瞬間、僕は悟った。──あ、こいつ死んだ……。


「綾乃さーん、ももが来ましたっ!」


 さらに、宇佐美の死亡フラグを預かる暇さえ与えず、KY(空気読めない)代表の小倉ももが颯爽と参戦。麦わら帽子と清楚なワンピース姿があざとくもあり、いっそ清々しい。


 ──瞬間、東雲のこめかみがピクッ、ピクピクッ……と不吉な不協和音を刻んだ。


(……こ、これも想定内……いや選択肢、ミスったかも──)

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