水着イベント。② 《スタンバイ》
──そして、ジメジメとした梅雨も開けた翌週。
中央自動車道西宮線経由での走行距離はおよそ350キロ、時間にして四時間余り。
その目的地は、愛知県南部にある海洋リゾート地としても名高い──知多半島だ
まだ夜も明けていない午前四時に出発し、古いワンボックスカーでの長距離移動。
で。
「──ぅぅ、キ、キモチワルイ……」
慣れない高速道路の走行もあってか、道中半ば、車酔いでグロッキー状態の僕は、車の後部座席で項垂れながらも、この日のために原宿で大枚をはたいて購入したスカートその他諸々を汚さないようにとコンビニ袋でスタンバっていた。
「あはは……まだ到着まで二時間ほど掛かりますので、どこかのサービスエリアで休憩しましょう」
運転席で柏木さんがミラー越しに苦笑い。長時間ハンドルを握る彼に対し、ただ同乗しているだけの身としては、あまりにも不甲斐ない。
「もぐもぐ、ゴクン──ええ、隣で汚物を吐かれたら迷惑だわ。そうね、丁度小腹も空いたことだし、そろそろモーニングの時間かしら?」
それに乗っかる形で、僕の隣で足を組みふんぞり返る──某東雲嬢が口をもぐもぐ、アイスカフェラテの紙パックを片手に言う。
(……つうか、今お前が食ってるのは朝食じゃないのかよ……って、あんドーナツとか食うのをやめて……うッp──)
──そして、ギリ間に合った諏訪湖SA(下り)にて、慌てて多目的トイレに駆け込み、尚且つ外の空気をたっぷりと吸い、色々とスッキリした後、折角だからと、24時間営業のフードコートで僕と柏木さんは信州かけそばで軽めの朝食タイム。ちなみに東雲はガッチリと御当地カツカレーを注文してた……マジかよ?
それからたっぷりと休憩を挟んだ後、いつの間にやら観光バスのおば様たちの列に混じってシャインマスカットソフトクリームをチロチロしていたサングラス姿の東雲を確保し、改めて知多に向かって車を走らせると。
「──ち、ちょちょ、ちょっと次のサービスエリアに寄ってもらえる、かしら……」
珍しく焦った様子の東雲が下半身をもぞもぞしながら言った。
(……ほら、言わんこっちゃない──)
◇
知多半島は名古屋市の遥か南にある徒歩二時間ほどで一周できる有名な観光名所だ。
今の時期は海開きがされたばかりでまだ游泳可能ではないらしい。
それでも程よく日差しが眩しいビーチは老若男女で溢れかえっている。
その観光客に配慮して、迷惑にならないよう、浜辺の隅っこで。
「──『ノエル声優プロダクション』の柏木です。本日は我が社の東雲、橙華の両名を起用していただきありがとうございます」
撮影機材を配置している『めっちゃアイドルボイス』の撮影スタッフに対し、せっせと挨拶まわりをする柏木さんを背に、若い女性スタイリストさんによってプロメイクを施されている、普段の悪役令嬢スタイルから一転して、清楚スタイル──薄紫色のレースのワンピースにチェンジさせられた本日の主役、女〝性〟アイドル声優──東雲綾乃と、あとついでに女〝装〟アイドル声優の僕こと──橙華。
今の僕も東雲と同様、あくまでも清楚スタイルと言いくるめられた、東雲のとはちょっとデザインが異なる純白な──シースルー(上半身部分が透けレース)ワンピースに着替えさせられている。
はて……清楚とはこれいかに?
ちなみに場所の関係上か、東雲と一緒の簡易テントで着替えさせられた。
いちおうお互い背中を向けていたけれど、東雲の奴、あっけらかんと着ていた服をポイっと脱ぎ捨て、僕が直ぐ側にいるのにも拘らず、何食わぬ顔で撮影衣装に着替えたのだ。
見てないけど、ほぼマッパ(全裸)で──。
……っていうか、そもそも自分は東雲(♀)から(♂)として認識されてないのでは? なんやかんやでここ最近、橙華バージョンがデフォになってるし。
「──はい、アイメイクは以上です。それではリップを塗りますね」
「あ、はい……」
あれ、メイクのお姉さんも僕に対し、まるっきり女性と勘違いしているような?
ここのスタッフさんたちに僕の事情(女装)は伝わっているんだよね?




