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オレンジボイス 〜底辺声優(♂)ですが、女装して美少女の声を演じています〜  作者: 乙希々


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76/112

収録前……。

(──わあ、結構ピリついてるな……)


 東雲しののめと二人──ブースの分厚い扉を開けた瞬間、正直そう思った。


 収録直前のスタジオ。あちらこちらとスタッフの怒声が飛び交い、早々に現場入りした声優キャスト陣──若手は当然のこと、ベテラン勢までもが、それぞれ険しい面立ちで本番前の台本と向き合っている。


 今までの現場がいかにゆるかったかと思い知った。


 それでも──。


「──ノエルプロ所属の橙華とうかです、若輩者ですが、本日はどうかよろしくお願いします!」

「同じく、ノエルプロ所属、東雲綾乃しののめあやのよ。失礼するわ」


 僕は入室と同時に深々とお辞儀。何事も最初が肝心だ。いちおう東雲も会釈程度に頭を下げているが、その威圧的な態度は変わらず……コイツと連れ立って入るんじゃなかった、と今更ながら後悔。こっちまで同類と思われかねん。


「──こちらこそ、今日はよろしく」


 そんな時だ、サマージャケットを軽やかに着こなしたスラリとした男性がこちらを見て明るく微笑む。以前の緩い現場──『ヴァルキリーレコード』の収録時にとてもお世話になった妻夫木渡つまぶきわたるさん。


 彼はこの作品──『僕たちは終末の世界でアオハルする』で主役に選ばれた、現役の大人気男性声優だ。


 僕が目標とする声優であり、憧れの先輩でもある妻夫木さんは、まるで思春期の少年のようにささやく。


橙華とうか君、髪型変えたんだ。長い髪も似合っていたけどショートも中々いいね」

「へ……、あ、はい……そんな……妻夫木さんだって、そのぉ、サラサラヘアが素敵で──」


(ヤバっ、妻夫木さんのイケボにクラクラっと立ちくらみが──、こ、これがいわゆる恋するヒロインの心境か? んなバカな──)


「どう? 今度また、じっくり食事でも行こうか。もちろんご馳走するよ」

「……ぇ、本当ですか? 嬉しいです──ぅ、って、イたっ!?」


 そのとき突然、スカートのお尻にチクリと痛みが。


 そして、背後から東雲が僕らの会話にしれっと割り込んできて、


「──ふふふ、あら妻夫木さん、ご機嫌麗しゅう。そうそう、当然その食事とやらには私も同行させていただくわ、よろしくて?」

「へ……あ、ああ、もちろんさ。東雲さんとも何かと積もる話が……あるからね」

「是非そうしていただきたいわ」


 ふっ……と、赤ボールペンのペン先をキラリとさせた。


 っておい、もしや東雲の奴、たった今それで僕のお尻を突き刺したんじゃねぇよな? 


 ホントやべえぞコイツ……。


 何だか二人して不気味な笑みを浮かべつつもガンを飛ばしあっている東雲と妻夫木さんを尻目に僕は、今になって自分の女装姿を気にしつつも、周りのスタッフにペコペコと挨拶しながら、機を見て、空いていた長椅子に腰掛ける。


 台本をペラペラめくり、自分が演じるヒロインキャラ──佐伯比呂さえきひろ(男の娘)の台詞を最終チェック。


(──前もって台本は完璧に読み込んできたつもりだけど、いざ本番となると……つうか、通しのリハーサルも初だし……)


 いつになくびっしょりとなった手汗をハンカチで拭い、改めて台本と向き合う。


(まだまだ収録まで時間がある。その間、少しでも台詞読みをしなくては──幸い、妻夫木さん意外は誰も僕に構ってこない……皆忙しくてそれどころじゃないのかな?)


 ツンツン。


 と、その時、誰かにワンピースの脇を突っつかれた。


 また背後霊のごとく現れた東雲だと思い、


「ああもう、お前いい加減にし……」


 ろ、と視線を真横に移すと。


「か、神坂センパイ……、男の娘……へ、えへへ、かわ……えへ、えへ、えへへへ──」


 いつの間にやらそこには、一見すると清楚なアイドル顔なのに、得体の知れないホラーな雰囲気がすべてを台無しにしている事務所の後輩女子──榊美琴さかきみこと(敬称略)が、僕の隣で不気味に笑っていた……。


(……ってか、この人のこと、すっかり忘れてた──)

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