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オレンジボイス 〜底辺声優(♂)ですが、女装して美少女の声を演じています〜  作者: 乙希々


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姉妹……の溝は深い。


 ◇


「──あの、ここはわたしがご馳走するから、好きなだけ食べて……ね?」


 それからこおばしいお肉が焼ける匂い漂う某高級焼肉屋の個室にて。

 

 フレンチガーリーなワンピースに紙エプロン姿がミスマッチな彼女──唯川ゆいかわさんは、ジュウジュウと煙立つ鉄板に手際よく霜降り牛肉を並べながら言う。


「……ぁ、ハイ」


 で、ここに来てから終始落ち着きがなく、キョロキョロと挙動不審だった僕こと橙華とうかは、慌てて女の子座りの姿勢を正しつつ、小さく頷く。


 ……って、何でこんなことに?



 ──唯川雫ゆいかわしずく


 業界最大手『ミラクルスターボイス』の所属声優。


 彼女が出演したメディア作品を並べれば数知れず、それこそ無垢むくな少女役から大人女子までお芝居は幅広く、ここ最近では某有名少年誌が原作のメインヒロインキャラに抜擢されてその人気と演技力に拍車が掛かっていた。


 てなわけで、知名度も実力も、果てはそのルックスさえも抜群である大人気女性アイドル声優の唯川雫とくれば、掛け持ちの収録やらラジオ番組のパーソナリティやらで、普段からとても多忙な方だが、今夜はたまたまスケジュールが空いていたようで……。


「──橙華ちゃん、わたしなんかが急に誘っちゃって、本当にごめんなさい」

「ふぇ? そ、そんなぁ、ボク……私こそ、こんな高級そうなお店でご馳走になっちゃって……、その、何か生きててスミマセン──」


 そんな恐れ多い唯川さんに困り顔で両手を合わされるもんだから、だんだん語尾ごびも小さくなり、身体ごと縮こまってしまう。


「ううん……私も橙華ちゃんとお話出来て、本当に嬉しい、な」

「ええ、ええっと、そんなぁ……」


 穏やかで慈愛に満ち溢れた綺麗きれいな顔立ちはまさにパーフェクトで──えて例えるのなら現代に顕現けんげんした聖女?


 ……うん、とてもじゃないが、某悪役令嬢もどきの血縁者とは思えんな。


 とまぁ、あれから収録も卒なく終わり、去り際に共演者、スタッフたちからも意外とこころよく接してもらった色物枠の僕だったけれど、それでも早々に撤収しようと、急ぎ足でスタジオの廊下に出た瞬間、不意に背後から肩を叩かれて──今に至る。


「──ほらほら、お肉焼けたよ? さぁさぁ、遠慮しないで」


 そうこうしているうちに、高級牛肉がいい感じに焼けたらしい。まあ折角だからと、長いウイッグの後ろ髪をシュシュで束ねて、遠慮がちにはしを取る。


「じゃあ、いただきま……って、旨っ!」


 おいおい、これが噂に聞く『◯々苑』の高級焼肉か……、以前に姉と行った90分食べ放題4500円のチェーン店とはまるで違う……いや、あれはあれでメニューが豊富で好きだけど、流石に牛肉の質が段違いだ。ああ、コンビニの炭火カルビ弁当のお肉じゃあ、もう満足出来ない。


 なんて感動に満ち溢れていると、正面で唯川さんが頬杖ほおづえをつきながら口角を吊り上げこちらを見ていた……ちょっと怖い。


 ……あれ、聖女と思わせといて、まさかのラスボス系闇落ちヒロインだったりする?


「──橙華ちゃんって、まんま女の子だね〜、素の声もかわいいなぁ〜」

「はひ……? そ、そうです、か?」


 いつの間にか、目の前の高級肉をよそに中ジョッキを2本ほどカラにしていた彼女は、目をとろ~んとさせて。


「うん、もしもわたしが男の人だったら、きっと放っとかないかも〜?」

「ま、またまた、そんなぁ……」


 むしろ放っといてもらいたい。


「ふフフふフ──」


 って、あれ……唯川さんその美しいホッペが真っ赤……てか、酔ってる? まだここに来て15分ぐらいしか経ってないけど……。


 僕を誘った理由すらまだ聞けてないうちに、酔っ払われても。


「あの、唯川さん……」

「うふふん♡」

「へ? ぁ、あの、ちょちょ、ちょっと──」


 ヤバっ──、


「もしやと思って来てみれば……本当に食えない女ね」

「!?」


 ──不意に背後から聞こえたその声で振り返ってみれば、黒のタイトミニスカート姿で腕を組むまさかの人物が引き戸の前に立っていた。


「──ああ、ちょっと店員さん、特上カルビを3人前追加して頂けるかしら、あと赤ワインもお願いするわ」

「はい、かしこまりました!」


 そして、その太々しくも図々しいその人物は、掛けていたファッショングラスを外し、いぶかしげに眉をひそめ、バンッと力強く戸を閉めるや否や、もはや泥酔状態の唯川さんを、あたかも面倒くさそうに僕から引き離し、そのまま畳の上に転がす。


「──おまおま、お前何でここに……」


 今起こっている状況に全く頭が追いついていない僕は、何食わぬ顔で唯川さんが腰掛けていた席を陣取り箸を割る女、東雲綾乃しののめあやのに向かってどうにかこうにか口を開く。


「言ってる意味が分からないわ。そこの女に聞くことね」


 と東雲は、鉄板でジュウジュウと肉を焼きながら言う。


「ゆ、唯川さん……はぁ、寝てるよ」


 もうこうなったら僕も、負けずと劣らず自分のテリトリーに肉を乗せる。


「おい、東雲、ちょっと訳わかんないんだけど?」

「はふはふ、ふうふう、ええそうね、だったら教えて上げる。この女は根っからの女子なの、つまり、男性同士のピュアな恋愛がお好みのわけね」

「は?」


 まさかの人気女性アイドル声優の唯川雫さんが腐女子?


 って、BLボーイズラブ好き? といっても、まあそれ自体は普通に女の人の趣味趣向で人それぞれだし……あっ、人が焼いた高級ハラミを勝手に食ってんじゃねぇ。


「──で、目を付けられたのが貴方ね。ほら、例の剣崎翔けんざきしょう、だったかしら?」

「剣崎って……」


(……あいつか) 


 東雲が言う〝剣崎翔〟とは、今一部の界隈で人気急上昇中の2.5次元舞台男性アイドル俳優で、これまた何の因果か僕の学生時代の同級生、宇佐美健太うさみけんただったりする。


「──ええ、あの女は彼の熱烈な信者よ」

「んな、唯川さんがマジで!? アイツうらやましすぎ──じゃなくて、今それ関係なくない?」


 ……まるで話が見えん。


 東雲は赤ワインのグラスを優雅に口元で転がしながら。


「まだわからないのかしら? 要するにあの女は貴方と剣崎翔の関係性に興味津々ってわけ」


「──え? もしや、あのネット記事のせい、か……」


 えらい誤解だ。


 それこそ宇佐美の野郎が勝手に言ってるだけで、僕はアイツに女性アイドル声優と勘違いされてるだけに過ぎない。そもそも男同士だし、アイドル声優の橙華が実は女装した(♂)だと知らないハズ……だよな?


「ええ、そうね、でも元々ワンコ系の貴方は、あの女にとって絶好のネタよ?」


 ん、ワンコって……犬のこと? 


 はて?


「──ふふ、今後は十分気をつけることね」


 と、またもや僕のスペースから肉を奪い取る東雲。てか、お前いい加減にしろよな。


「……つうか、そもそも東雲は何しにここに来たんだ? ああ、そうか、お前も唯川さんに呼ばれ、」

「私があの女に誘われるわけないわ」


 さっきから実の姉に向かって〝あの女〟扱いとは、ちょっと酷くね? 


 東雲綾乃と唯川雫さんが姉妹というのは、つい最近知ったばかりだ。


 でも、何だか思ってた以上に仲が悪そう。


 姉妹と言っても、声優としてはライバルって感じかな? いや、もっと何かしら溝が深い、のか……。


「じゃあ、どうして僕と唯川さんがこの店に居るって、」

「そ、そんな細かいことは今はどうでもいいじゃない、あ、そこの肉、げてるわよ?」

「あ、ヤバっ!」


 何やかんやはぐらかされた。


 まぁ、別にいいか……東雲だし、な。


 つうか、今後も東雲姉妹に関わると、不運に見舞われる未来しかえないんだが……気のせい?

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