桃色の憤怒。①
そして、週明け──。
結局あの後、すっかり外はザーザー降りの雨模様となり、人の目を忍んで東雲と相合い傘……というか、急ぎ近くのコンビニで購入した一本のビニール傘のマウントポジションを奪いながら、そのまま駅でケンカ別れとなった次の日。
平穏な日常に溶け込むべく、昭和レトロな木造アパートの窓際により掛かり、真っ赤に染まる夕日に黄昏る僕こと神坂登輝は、明日に収録を控えている『オレの異世界転生が全然ハーレムじゃなかった件』の台本を赤ペン片手に隅々までチェックしていた。
ちなみに僕のペルソナ、橙華が演じるヒロインキャラ、アニス(変態メイド)の声出し台詞読みはNG。叡智過ぎて隣の住人にあらぬ誤解を招かねん。
そんななか。コーヒーでも飲もうと電気ポットでお湯を沸かしている時、唐突に「ピンポーン♪」と部屋のチャイムが鳴った。
誰?
一瞬、ストーカー気質の某東雲綾乃とか、ブラコン気質の姉君、神坂三鈴(27)かと思ったが、奴らに至ってはインターホンなど鳴らさず、そのまま主のことなどお構いなしに住居不法侵入してくるハズ……。
なので、僕は慌てず騒がずに忍び足でドアスコープからそっと来訪者を確認──、
…………って、ええっと、居留守だなこれ。絶対にドアを開けるべきではない。
思いもよらぬ珍来訪者だったが……っていうか、何で僕が住んでるアパートが特定出来たのかは一切不明だけど、しかるにこれは青少年保護条例に基づき、断固として部屋に招き入れるわけにはいかな……。
「ガンガンガンガン──、橙華さん、居るのは分かってますよ〜。素直にドアを開けてください」
た、多分ハッタリだ。とにかく今は一切音を立てずにやり過ごさねば……、
「電気メーターが思い切り回ってますよ〜、居るんでしょう、ねぇ橙華さん?」
って、電気メーター? ……う、まずいな。招かれざる客──〝彼女〟は思ってた以上に頭が切れる。借金取り顔負けの洞察力だ。
「──速やかにドアを開けないと後悔しますよ?」
(あ、相手にするな、どうせ今に帰る──、)
「あの、隣の方ですか? あ、はい、わたし、ここの住人の恋人だったんですけど……ええ、そうです……う、う、う、弄ばれてしまいまして──」
「──バァン! ちょちょ、ちょい待てぇええ!」
「あっ、こんにちは、橙華さん。やっと出て来てくれましたね」
「ぁ……」
我慢出来ずドアを開けると、そこには通学カバンを肩に掛けたセーラー服姿の少女──小倉ももがニタリと笑みを浮かべていた。
──それから、30分ほど過ぎ。
「──粗茶をどうぞ……」
「ありがとうございます!」
浴室にてメイクをいそいそと施し、速やかにセミロングのウィッグとニットブラウス、フレアスカートといった完全なる女装コーデで橙華へとチェンジした僕は、ちゃぶ台の前でちょこんと女の子座りをする小倉ももちゃんと改めて向き合う。
「──ん、わざわざメイクしてこなくても良かったかも、です。スッピン姿の橙華さんもとても新鮮でしたから」
「いや、そうはいかないから──」
つうか、そもそもスッピンじゃなくて、普通に男のままだったんだけど?
んなことよりも、なぜここで僕がわざわざ女装を施したかというと、言わば保身。身の安全と尊厳を守るためだったりする。
だって同じ声優仲間とはいえ、あろうことか女子高生を部屋に招き入れてるんだぞ。体裁を保つためにも、あくまで自分を大人の女性と偽らなければならない。いつ何時、隣人に通報されて強面の警察官が駆けつけてくるかもしれないし。
「そそ、それでももちゃん、今日は一体何の用かな?」
目の前でカフェオレをふうふうと啜っている現役JK(女子高生)アイドル声優に恐る恐る尋ねてみる。
この際だ、何で彼女が僕のアパートの場所を知っていたのかは……、まぁ一旦置いといて、さっさと用件を聴き出し、一刻も早くお引き取り願いたい。
「ふうふう〜、そうですね……まずはこれについての弁明を求めます」
「べ、弁明って、僕……いえ、私が一体何を……って!?」
瞬間、僕の顔が一気に青ざめる。
唐突に表情が無と化したももちゃんが提示した一枚の紙。それは高画質でプリントアウトされたと思しきとある写真。
つまり。
昨日のテーマパークで安易にSNS投稿された、女装した僕こと橙華と東雲が仲睦まじく頬と頬を寄せ合って映る写真。
「え、ええっと……こ、これはですね──、」
「橙華さん。これはわたしに対しての宣戦布告ですよね?」
「いや、それはちょっと違う、かな……」
「わたしは騙されました。てっきり橙華さんは、あの〝妻夫木さん〟に恋心を抱いていると思っていたのに」
「ご、ごめん…………は?」
って、たった今、ももちゃんの口から聞き捨てならない言葉が発せられたような……というか、妻夫木さんって、あの大人気男性声優の妻夫木渡さんのこと? んなアホな……。
「わたしは橙華さんと妻夫木さんの禁断なる恋の行方を陰ながら応援していたのに……酷いです!」
「ちょちょちょ、ちょっと何言ってんのか分かんないんだけど!?」
さらにちゃぶ台を乗り出して、ショートボブのパッツン前髪を振り乱し、僕の平たいブラウスの胸をポカポカと叩くももちゃんを止めようと、咄嗟にその小さな両肩を掴んだ。
──とその時。
ガチャリ、と玄関の扉が静かに開いた。
「ぁ──」
果たして、そこに居たのは──。
「………………。一体、そこで何をしているのかしら?」
(──もう、最悪だ……)




