今更後悔はしていないけど……。
四月某日。
本日は『オレの異世界転生が全然ハーレムじゃなかった件』の初アフレコだ。僕はあまり気のりしない状態のままスタジオ入りする。
例によって女装姿──メイク盛々、春物マキシ丈ワンピースに薄手のカーディガン姿の僕、橙華が演じる〝アニス〟という爆乳メイドは、原作ラノベからすると出番はもっと先になるハズだが、それはアニメのオリジナル展開というか、勿体ぶらずに作品に登場するヒロイン勢をアニメ冒頭からガンガン登場させちまえ、という原作をガン無視した改変のおかげで、いちおうヒロインの一人であるアニスも第一話からの登場となった。
といっても彼女は、あくまでもサブヒロイン的存在なので今回の出番は少なめだ。ってことで僕は〝ゔぁるれこ〟の雛月よりか幾分楽な気持ちでマイクの前に立つ。
『──もう、ご主人さまぁあー、もっと、アニスを……あぁあああっ!』
うん……ちょっと訂正。この変態メイドは、ほんの僅かな登場のくせに台詞のひとつひとつがやたら叡智で濃すぎる。だからお芝居の難易度が無駄に高い。つうかコイツ、悪徳貴族に虐げられている薄幸なメイドって設定だけど、別に主人公が無理して助ける必要なくね?
『──ああん、もっと……もっとぉおおお!』
そもそもこんな変態メイドキャラ……女性声優の誰も声を演りたがらないから、あえてヒロイン声の自分(♂)に回ってきたんじゃないだろな? とモニターに映るアニスの恍惚とした表情を見てそう思った。
「──はい、ありがとうございました」「お疲れ様です」「次回の収録は──」
その後トントン拍子で、最後のガヤ撮りも含め、案外あっさりと今回のアフレコ収録は終わった。
声優業界の異端児である僕についても、他の声優(殆どが新人の女性声優)、音響監督、録音スタッフ等、誰にも一切触れられず──それを危惧してた身としては、案外拍子抜けだった。
初挨拶のときもごく一般的な新人扱いだったし。常に腫れ物扱いだった『ゔぁるれこ』の収録時とは偉い違いだ。
──っていうか、そもそもここのアニメスタッフに関していうと、僕の複雑な事情(女装)を知っての採用だったのか、それは未だに定かではない(そんなの怖くて聞けない)けど……まあ、それこそいずれ誰かに突っ込まれるかもしれんが、それまで波風立てず、今後も穏便に収録をやり過ごそう。
とか思いを巡らせながら、つい、ゔぁるれこのスタジオ感覚で男子トイレに入ったら、
「うぉおおおっ!?」
「あ……」
もろさっきまで共演してた若手男性声優さんと出くわしてしまった。
うん……前途多難だ。
◇
そんなこんなで紆余曲折があれど、地道にアイドル声優の橙華として声優のお仕事をこなしていたある日のこと。
まだアフレコ収録どころか、まともに顔合わせもされてないのに『僕たちは終末の世界でアオハルする』、略して〝終末アオハル〟のアニメ映画化がネット上に大々的に告知された。
その声優キャスト欄のところにひっそりと、橙華の名前が載っている。
(──いよいよ本格的に一般告知がされた……今はウェブ上だけの告知だが、今後上映日が近づくにつれ、テレビとかでガンガンCMが流れるだろうな……)
と、出先のマッ◯でホットコーヒーを啜りながら、そっとスマホを女物のバッグにしまう。
ちなみにそのネット記事についてのコメント欄は一切見なかった……というか、怖くて見れるわけがない。
たぶんだが『佐伯比呂役の橙華って知らん、誰コイツ(草)』みたいなことが書き込まれているかと思われる。
今頃になって〝終末アオハル〟のオーディションを受けたことに、僕は後悔してるかもしれない。マイナーな深夜アニメとは違い、さすがに全国規模の長編アニメーション映画に自分みたいな異物が出演するのはどうかと。
本当に今更だが……。
(……まあ、ウジウジ考えたってしゃあないって、今は次の仕事に全集中だろ。ゲームアプリのアフレコは初めてなんだしさ──)
気持ちを切り替えて、ガタッと席を立ち上がった。
……でも、何だか足がガクガクして、震えが止まらない──。




