佐伯比呂は真のヒロインです。
「──ねぇ、翔太、今ひとりかな? ええとね、私、隣に座ってもいい、かな?」
「おう、別に構わないぞ。それで、佐伯、オレに何か用か?」
「用事がなきゃ……ダメ?」
「そんなことはない、けど……」
閉校となった晴海ヶ丘高校。かつての賑わいは鳴りを潜め、今では粉塵が舞う、ひんやりとした静寂が満ちている。
砂埃が積もった中庭のベンチで、とうに賞味期限が切れた菓子パンを無造作に齧っていた藤原翔太の隣に、制服のプリーツスカートを風になびかせた佐伯比呂がそっと寄り添う。
日本人形のように整った顔が、興味深そうに翔太を見つめ。
「ひゃうっ! 砂が目に入ったよ……」
「バカだなー、こんな日にわざわざ外に出てくるなよ。教室でみんなと一緒にいれば良かったのにさ」
「それを言うなら翔太もだよ。そのパン、砂まみれじゃない」
「はは、ちげえねえ」
比呂は、薄く笑う翔太の隣に隣に座り、そのまま灰色の空を仰ぎ。
「……それに、今、みんなの雰囲気、最悪だし」
「だよな……」
スカートの上で、ギュッと拳を握りしめる。
「……でも、私思うの。これから私たちにどれだけの時間が残されてるか分からない。だから、明日も明後日も……ううん、地球がなくなっちゃうその瞬間まで、私は精一杯生きていたい。だから、翔太に……、ええと……その……、ゴメンっ、今のは忘れて」
言葉の途中、とびきりの笑顔を翔太に向けた。だが、その微笑みはどこか儚く悲しげに揺れている。
そして、長いまつ毛の下から一雫の涙がこぼれ落ちて──
だから翔太は何も言わなかった。ただ憂いた比呂の横顔にそっと肩を寄せた。
時に、西暦20✕✕年。
地球の軌道上に数万規模の流星群が到来するまで、残り僅か──
【僕たちは終末の世界でアオハルする〜そして彼らは星になる〜】より抜粋
◇
「──うーん、比呂ちゃん……実にいい子だよな(男の娘だけど)」
「こういう健気な女子と付き合えれば幸せなんだろな(でも男の娘)」
「──となると、佐伯比呂の可憐さを声のお芝居で表現するには、やっぱり声質をワントーン高めにした方が……でもオーディションでは、ほぼ地声でお芝居したし……そこんとこ音響監督と要相談かな──」
平日の昼下がり。
短期間でスタジオオーディションを二本もこなすという声優の荒療治に対し、結果的に両方とも合格(そのうちの一本は不本意だが)するという快挙を僕は成し遂げた。
これで『終末アオハル』を含めると、今後三本も仕事が決まったわけだが、それはあくまでも予定であり、今のところ何一つ収録が始まってなく、他にバイトもしてなければ、現状、ただのニートと変わりない……。
──っていうか、ぶっちゃけ暇を持て余しているので、この機会にじっくり役作りに専念しようと、とりあえず終末アオハルの原作本を、今一度じっくり読み込んでいたところだ。
今回僕が演じる予定の『佐伯比呂』は、メインヒロインの『朝霧紅葉』と違って、原作でも登場シーンはかなり限られてくる。
なので、比呂が発する数少ない台詞の一つ一つが、とても心に刻む名言となり、現に彼女? は、未だに幅広い層から根強い支持を受けている。
となると、そんな大人気〝男の娘〟キャラの声を演じることになった僕は、今更ながらプレッシャーがハンパないわけで。
まだ世間一般には、終末アオハルの長編アニメ映画化が正式に告知されていないが、ここ近いうちにその情報がテレビやネットで全面的に公開されたら、たぶん原作ファンから大きな話題となるだろう。当然、キャラの中の人も注目されるわけで……。
うん、そのことについては、あまり深く考えないようにしよう。今も胃がキリキリ痛むし。
それよりも現状大事なのは、自分の演じるキャラの考察だ。
(──つうか、この佐伯比呂って子、ゔぁるれこの雛月よりもお芝居の難易度がハードモードなんじゃ……原作では、結構感情の起伏が情緒不安定だし、特に終盤では──)
(……とにかく今は、佐伯比呂の台詞のすべてを抜き出し……周りの人物相関図からキャラの心境をじっくりと掘り下げねば──)
「ピンポンピンポンピンポン──登輝くーん、今日はお花見だよー」
「……」
「ほら、さっさと用意しなさい」
「……………」
何の前触れもなしに、突然アパートの部屋にズカズカと乱入してきたのは、のんびりマイペースな我が姉君こと神坂三鈴、そして何故か連れたっての悪役令嬢的アイドル声優、東雲綾乃という、混ぜるな危険、人の都合なんてお構いなしの迷惑コンビ。
もう何も驚くまい。毎度毎度のことだし、流石にもう慣れた。こいつらに世間で言う一般常識は通じない。
というか、今は平日の真昼間だよね? 東雲はともかく、姉さん仕事は大丈夫?
「あーあ……もう分かったから、ちょっとタンマ、すぐに支度をするから……うげっ!?」
んで、シャツとジーンズを持って風呂場の脱衣所に向かおうとすると、着ていたジャージの首根っこを東雲に思い切り引っ張られた。
「てか、何すんだよ!? これから服を着替えるから大人しく待っとけよ!」
「ふん、誰が貴方みたいなむさい男と花見なんか行くのよ。だからほら、さっさとメイクを済まして、私の〝女友達〟である橙華になりなさい」
「は?」
その設定、まだ続いてたんだ……。
「登輝くん、今日はお姉ちゃんチョイスの春服なんかどうかな?」
と言う姉さんは、いつの間にやら、ピンク柄のミニスカワンピースを僕に向けて不気味に微笑んでいたりする。
(──ってか、お前ら(♀)、佐伯比呂(♂)をちょっとは見習えよっ!?)




