ヒロイン役は順調です……。
『──はぅう……ご主人様、どうかこのアニスに罰をお与えください』
『──ああん、もっともっと強くムチを打ってくださいまし……んんっ、いい……あぁあああああああっ!』
『はーい、お疲れ様でした。チェック完了です。これで以上となります』
『ぁ、はい……。ありがとうございました』
スピーカー越しに、あまりにも事務的な終了宣言。僕は台本を下ろし、肺に残っていた熱を吐き出すようにマイクから離れた。
……さて、桜が舞い散る春。
都内某所の小さなスタジオで行われていたのは、夏アニメ『オレの異世界転生が全然ハーレムじゃなかった件』のスタジオオーディション。
そこで僕が振られた役……というか、制作側からの要請で、無理やりオーディションに参加させられた役は『アニス』というメイドだった。設定は悪徳貴族に虐げられている十七歳の美少女。後に主人公のハレーム要員に加わるという、ある意味、お約束なテンプレヒロインといえる。原作のストックから言えば、出番は中盤あたりだろうか。
にしたって、テスト用の台詞がヤバすぎる。まあ、原作のラノベも基本アレだし、仕方がないけど。
前回の『八城雛月』は基本無口なクール系ヒロインだったので、男の僕でも何とか演じられた。でも今回の『アニス』ってヒロインは、どう考えたって無理やり感がハンパない。
原作の挿絵でもかなりの爆乳娘だし、何より主人公を好きで好きでたまらないアピールが叡智すぎる。しかもマゾ気質な……いわゆるお色気枠のヒロインなんだし、男の僕が声を吹き込んでどうするんだよ。
それでもまあ、制作側からの反応もイマイチ薄いし、自分でも全く手応えゼロ。たぶん今回は不合格だろう。
そんなわけで僕は、再度スタッフに一礼し、未だ慣れないワンピースの裾をさばきながらブースを後にした。
初めて来たスタジオにしては、堂々とした態度だったと思う。
アイドル声優、橙華の正体が男だということをこちらのアニメスタッフにどう伝わってるか知らぬが仏ってやつだけど、いずれにしても僕は、この声優業界において色物枠、極めて異端な存在だ。今さらオドオドしても仕方がない。
んで、帰り際にスタジオのトイレで用を足し、ハンカチを咥えながら手を洗ってると、不意に背後から見知らぬオジサンに声をかけられた。
「あ、橙華ちゃんお疲れー、さっきのイキそうな感、本番ではもっと恍惚とした感じでお願いね」
そう言って、見知らぬオッサン……って、あれはもしや音響監督? は、トイレの個室に去っていく。
「(……恍惚って、声優に何求めてんの?)」
っていうか、ここ男子トイレだよな?
それなのに完璧に女性声優に擬態した僕を見てもあのリアクション。どうやらここのスタッフにも自分のことは既に周知済らしい。
(……あれ、さっき監督、《《本番》》でも、とか言ってたような……?)
──そんなこんなで、オーディションから数日後。
とあるゲーム製作会社にて。本日の目的は、新作ゲームアプリ『幕末ヒロイン列伝』のボイスオーディション。
今回、僕(橙華)が宛てがわれた役は、新撰組の三番隊組長『斎藤一』。ただし、お決まりの女体化済み。浅葱色の羽織にミニスカート、そしてそこからこれでもかと主張するムチムチの太ももが眩しいクール系美少女キャラである。
史実での斎藤一はれっきとした男だ。ならば、女装男子の僕が演じてもある種のリスペクト……というか、性別が一周回って整合性が取れているのでは? などと、半ば無理やり納得することに。
現場に来て初めて知ったのだが、ゲームの、特にオリジナルキャラのキャスティングは、普通のスタジオオーディションとは違って、会社側からの直接オファーがあれば、それで決定、ずばり採用らしい。
というわけで、オーディションとは名ばかりの説明会をこなし、台詞の数パターンを試したところで、じっくりと考える暇もなく契約書への署名をさせられた。
新しい仕事を難なくゲット……。
「──よ、よし、今日はお祝いだ。牛丼特盛に生タマゴ、いっちゃおう!」
当面の食い扶持を確保した喜びを胸に、僕は春のそよ風にフレアスカートを翻しながら、足取り軽く街へと繰り出した。
もう、深く考えまい……。




