撮影会。
色々と波乱だった柏木マネージャーからの呼び出しから一日が過ぎた朝。
未だ興奮と困惑状態が冷めない僕に再び彼から連絡があった。
「ええっと……ここで僕は一体何を──」
それで今日のバイトはシフトの関係上やむを得ず休みをとって、昼過ぎに待ち合わせの駅に到着するなり、柏木さんが用意したワンボックスカーの後部座席に問答無用で押し込まれ、あれやこれやと沢山の機材と一緒に荷物の如く搬送された場所は、何処ぞのビルにあるスタジオだった。
多分アレだ。
何かのジャケット撮影とかに使われる本格的なフォトスタジオ……じゃなくて、何時間幾らとかで色んなシチュエーションで撮影出来るという、一部の界隈で流行りのレンタル撮影スタジオ。
僕は何やかんやで理由分からぬまま、ここぞとばかりに連れてこられたわけ。
そして今現在、広いカラフルな室内にあるテーブルの前で何をするでもなく椅子に座らされている。
もう嫌な予感しかしない。
「じゃあまずは撮影かな」
「え……まさか、この僕を、ですか?」
「そう。神坂君は今までメディアにあまり顔を出していないから、この機会に色々とアピールしようと思ってね」
そう言いながらゴソゴソと高級そうな一眼レフカメラや三脚を慣れた手つきで確認している柏木さん。
「で、でも今の自分は髪だって伸び放題でボサボサだし、着ている服だってダサいし、とてもじゃないけど撮影出来る状況じゃあ……」
「それなら大丈夫。今回のために専門のスタイリストさんを呼んでるから、ええっと……そろそろ来られるかと思いますが」
柏木さんがスマホを取り出し何やら操作していると、
「お疲れさまです! 遅れちゃいましたー」
突然部屋のドアが開いて、バタバタと大きなショルダーバックを抱えた妙齢の女の人が入ってきた。
「いえいえ時間ピッタリですよ。神坂君、彼女は相葉実乃梨さんです。今回のことは僕が無理を言ってお願いしました」
「もうそんなー。柏木さんの頼みなら断われないじゃないですか」
そう言って顔を真っ赤にして指をモジモジする小柄な彼女は、多分二十代後半ぐらいのちょっとファッションが独創的な、いかにもその手の業界人、って感じの女の人だった。
「は、初めまして、神坂です。相葉さん今日はお願いします」
とりあえず挨拶だけはしておく。
マネージャーの柏木さんはもう言うまでもなく、突然現れた美人な彼女も何気に怪しいところだけど、今は社会人としての礼儀を優先するべきだろう。
「こちらこそよろしくね。で、柏木さん、この子でいいのかな?」
「そうです。思い切りやっちゃってください」
「うーんと、ショタ系かー。ちょっとお姉さん張り切っちゃうかも」
(し、ショタ系ってなに? あ、相葉さんそんなにグイグイ顔を近づけないで、わ、わ、ホッペをペタペタしないで──)
と、何が何だか動悸やめまいやらでくらくらしているうちに、いつしか柏木さんからの流れるようなエスコートで「どうぞどうぞこちらに」と、スタジオ備え付けの鏡の前に座らされ、相葉さんといえばショルダーバッグの中からテキパキと、何だか良く分からない小ぢんまりとしたメイク道具? らしきものをテーブルに並べながら、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。
(あ……これ絶対ダメなやつだ──)
◇
「ええっと……ふむふむ。まずはスキンケアかな?」
その後、鏡の前で長い前髪をゴムでチョンマゲみたいに止められ、おデコ全開なまま、相葉さんに濡れタオルで顔をゴシゴシ拭かれた。
「まぁ、お肌がキレイ……これは化粧水は必要ないかも」
加え、剥き出しな顔全体に何かの液体をペタペタ塗られて。
「次はベースメイクね。神坂君、あまり日焼けとかしてないから本当に助かるわ」
さらには、何だか訳わからないクリームを塗り塗り……つうか、一体何してくれてるの?
「じゃあ次は眉毛を整えちゃいますか……うふふ」
プチプチプチ──
(い、痛っ!)
「うーん。次はアイメイクなんだけど、神坂君は奥二重だから、アイシャドウのグラデーションを濃く、ライナーで目の輪郭を思い切り強調して──」
(め、目がくすぐったい、し、死ぬ──)
「──後はマスカラを塗ってと、ほら神阪君、じっとして」
もう勘弁してください……。
それからもチークだのリップだのと、散々僕の顔を弄んだ相葉さんは、ふう~と満足げに息を吐く。それと後ろで見ていたマネージャーの柏木さんがうんうんと頷きながらイケメン顔で微笑んでいたりする。
そして当の僕はというと、
「誰だよコイツ……」
マジマジと鏡に映る今の自分と思しき顔に向かって問いかけていた。
一見どこかの芸能人みたいに目元パッチリ顔なんだけど、それがおデコ全開のチョンマゲ頭なのでちょっと笑ってしまう。所詮は自分の顔だしな。
(これはさすがにねぇだろ……)
その時不意に、スポンと頭に何かを被らされた。
(──って、ウィッグ?)
すかさず長い艷やかなストレートの黒髪をブラッシングされて、改めて自分の顔を鏡で確認させられる。
「ほら、これで完成かな。どお、神坂君、可愛くなったでしょう?」
僕の両肩に手を置き、相葉さんが顔をニンマリとして言う。
「あ、はい……」
自分の意に反して、僕は素直に頷いてしまっていた。
だって、しょうがないだろ。
鏡の向こうに僕が理想とする清楚系ヒロインが映っているのだから。
まるでアニメの世界からそのまま飛び出して来たような女神ともいえる。
……んいや、流石に女神は言い過ぎかもしれん──が、それにしたって、これはヤバい。ヤバすぎるだろ。
(──おい、待て待て! 自分の顔だぞ? 見惚れてどうすんだよ!?)
と、自責の念に悶々と苛まれているとさらなる追い打ちが。
「それでは相葉さん。服のコーディネートもよろしくお願いします」
「オッケー」
着ていたシャツとジーンズを強制ア〜レ〜され、トランクス一枚で大人男女二人の前に立たされるという羞恥プレイを虐げられる僕。顔だけは美少女に加工されているので、絵面的にとんでもないことになってる。
「それで神坂君。身長はどのくらいかな?」
「ええっと……ひゃ、165センチです」
柏木さんの問いに対し、素直に答えた。
本当は170センチとサバを読みたかったけど、すぐにバレそうだし……てか、こっちは恥ずかしすぎてそれどころじゃないわ。
「どうでしょうか相葉さん。彼女……いえ、彼は、どのあたりがイケそうですか?」
「ええと、そうですねぇ……彼は細身ですし、その身長だとフレアスカートとかカーゴパンツで縦のラインを強調したいですけど、それだとオタクの人たちには……うーん、ちょっと受けそうにないかな──」
何だか言ってることは良く分からないけど、早くして欲しい。少なくとも今の裸同然よりかはマシなハズだ。
「──だと、やはりここは無難にガーリー系でいきましょう。私すぐに用意しますから」
そう言って相葉さんはパァーと走って部屋から出ていってしまった……って、服を今から用意するの!?
──で、後に残された僕と柏木さん。何だか気まずい空気が流れてる。
「あ、あの、柏木さん……取りあえず服を着ていいですか?」
「え? そ、そうだね。あはは……」
ゾワゾワ……
って、何だか今一瞬、貞操の危険を感じたけど……気のせい、だよな?
◇
あれから一時間ぐらい経ってから、相葉さんが大きな荷物を抱えて戻ってきた。
その間、マネージャーの柏木さんと二人で向かい合ってテーブルに座っていた僕は、始終イケメンスマイルを浮かべている彼の何気ない視線に怯えつつも、今後の自分について何かと思いを巡らせていた。
「柏木さんお待たせしました! 一応私なりのベストコーデを選んだつもりです」
「そうですか、それは期待出来ますね。早速お願いします」
「うふふ、任せてください」
帰ってきた早々、柏木さんと相葉さんは、何だか二人してワイワイ盛り上がっている。
それならそうと僕は、この場で完全に空気に徹して、存在自体を無かったことにしたいところだけど、いつの間にやら二人の熱い視線が自分めがけてロックオンしているから、たぶん無理っぽい。
「それでは神坂君。こちらに来てください」
「腕が鳴ります!」
鳴らんでいいです、と心の叫びを上げていたら、あっと言う間にせっかく着直したシャツやらズボンやらを剥ぎ取られ、またもやトランクス一枚にさせられた僕は「せめて更衣室でお願いします」と二人に懇願するも却下され、それこそ相葉さんが用意した女物と思しき撮影衣装をこの場で生着替えする羽目に。
「あれから色々考えてみたけど、やっぱり神坂君には、純粋にワンピースが似合うと思うの」
似合わねーよ。そもそも僕は男だぞ?
「でも、さすがにキャミやミニは無理かと思って」
そうそう無理無理、絶対に無理です。
「だからじゃ~ん、とってもキュートなお嬢様ワンピースにしちゃいました!」
結局ワンピースかよ!?
で、結果的に僕が相葉さんの手によってマネキン人形の如く着せられた服は、白いハイネックなリボン、ふんわりとしたロングスカートが特徴的なチェック柄のワンピース(英国のお嬢様風?)。上にベージュのカーディガンみたいな物を羽織らされている。
「一応、神坂君も男の子だし、これなら喉仏と広い肩幅もカバーできるでしょ? 靴下を履けば足首もほとんど見えないしね」
いつになく姿見の前に立たされ、何気に僕は前後ろとポーズをとっていた。
結果的に濃いメイクと着せられた衣装も相まって、黒髪ロング、切れ長の涼しい瞳、どこか影があるクール系美少女……っていうか、まさに雰囲気だけは、僕が推すあのヒロインに近いかもしれない。
まあ、中身は完全に男だけど……。
調子に乗ってスカートの裾を持ち上げてポーズを取った自分を今すぐに殴りたい。
「うん。いい感じです。相葉さんそのまま仕上げちゃってください」
「ふふふ……了解♡」
柏木さんはまだ撮影も始まってないのにスマホを構えて僕をパシャパシャしてるし、相葉さんは念入りに僕のメイクを直したり、髪をブローしたりして、終いには女性用下着を取り出して僕に無理やり履かせようとしたので、それは頑固として拒否したら、心から残念そうにしてたりして、そして気づけばいよいよ僕の撮影会が始まっていた。
「神坂君。こっちを見て軽く微笑んで」
「はい……ニコリ」
「うん、ちょっと表情が固いかなー、もう一回行こうか」
とまあ、カメラマンの柏木さんに向かって微笑むこと数十回。このときの僕はもう無我の境地に入っていた……というか、最早ヤケクソだった。
一刻も早く、こんな辱めから解き放たれたいというばかりに、自分のちっぽけなプライドを犠牲に頑張ったつもりだ。
そして果てしなく長く感じるも実質一時間ぐらいの撮影が無事に終わりを告げ、僕はやっとこの生き地獄から開放された。
ちなみにメイクを落とし、服を戻してから素の自分を鏡で見たとき、ちょっとがっかりしてしまったことについて……、この二人には絶対内緒にしとこ。