『ヴァルキリーレコード』
『ヴァルキリーレコード』第12話 アフレコ用台本決定稿──
【オープニングパート】
【シーン03〜19】
◯真夜中・廃病院跡地(外・荒野)
月光の下、絶叫が突き抜ける。
穂香『(絶叫)ぐぎゃぁあああああああああああ──ッ!』
八城雛月振るう妖刀『ツクヨミ』の一閃。
穂香の肉体から、黒い霧のような『ロキの思念体』が剥離し、霧散していく。崩れ落ちる穂香。
慎也『(必死に駆け寄り)穂香ぁあああああああああ──っ』
慎也、穂香を抱きとめる。
慎也『ほ、穂香……っ! しっかりしろ!』
穂香『(微かな呻き)……う、ううん……』
慎也『(安堵と震え)い、生きてる、のか……? よかった……』
慎也、上着を脱いで穂香の剥き出しの肌を包む。傍らに立つ雛月に顔を向ける。
慎也『八城……、ありが──』
言葉を失う慎也。雛月の小さな体躯から、圧倒的な黄金の光が溢れ出す。
(タイトルコール・OPカット)
【Aパート】
【シーン21〜32】
◯廃病院跡地・光の渦
光に視界を焼かれ、腕で顔を覆う慎也。
慎也『(眩しさに耐え)くっ……あ、ああ!』
やがて、荒々しい光が温かな輝きへと変貌する。恐る恐る目を開く慎也。
慎也『(絶句)う……うそ……うそ、だろ……』
舞い散る無数の白い羽根。
中心に立つ雛月の背には、夜闇を裂くような白銀の一対の翼。
慎也『(震える声)──お、お前は、一体……』
雛月『(冷徹なまでも静かに)慎也……貴方は穂香さんと逃げなさい』
慎也『(混乱)逃げる……? に、逃げるって、一体誰から……』
慎也が立ち上がろうとした、その瞬間。
慎也『(短く息を呑む)──へ……?』
慎也の胸部、白いワイシャツを貫く見えない衝撃。一拍置いて、鮮血が噴き出す。
『(激しく咳き込む)……ゴボッ──(激しく吐血、喘ぎながら)』
地面を赤黒く染める鮮血。
【Bパート】
【シーン40〜51】
◯同・崩れ落ちる慎也
慎也『(意識が遠のきながら、吐血混じりの笑み)ははは……』
膝から崩れ落ちる慎也。
雛月『い……いやぁああああああああああああああああああああああああっ──』
絶叫が轟く中、上空から女性の声。
謎の声『──〝ビクニ〟任務を放棄するつもりかしら?』
闇の中から現れる優雅で冷酷な影。
謎の声『(微笑)そこに転がる下等の人間は、魂の亡き抜け殻。生ゴミは速やかに処分しなきゃダメじゃない』
謎の声『(冷徹に)それが貴女の任務でしょう?』
謎の声『(不愉快そうに)あら、何その目は? この私に歯向かう気かしら?』
謎の声『(見下したように)貴女はオーディン様直属、ヴァルキリー13柱の末端。序列三位の私に対しての狼藉は許されないわ。分かっていて? 八百比丘尼──』
慎也の意識が完全にブラックアウトする。
【エンディングパート】
【シーン57〜65】
◯砂浜・昼
波の音。慎也、頬に伝わる柔らかい感触に意識を戻す。
慎也『(夢うつつで)………………あれ、オレは一体?』
雛月『(上から覗き込み)あら、慎也、気がついた?』
慎也『(目を開け)ひ、雛月……って、のわあっ!?』
慎也、飛び起きて後ずさる。雛月は平然と、自身の膝(膝枕)を軽く叩いて整える。
慎也『(赤面して)そ、そういえば、穂香は?』
雛月『(そっけなく)……彼女なら、そこで悠長に寝てるわ』
少し離れた波打ち際に、雑に転がされている穂香。
慎也『(呆れつつ)……と、とりあえずは、無事みたい、だな。よかった……』
雛月『(冷ややかに)そうね……とりあえずは、放っときましょう』
慎也『……八城、お前、穂香に対して厳しくないか?』
改めて雛月を見る慎也。
雛月のセーラー服はボロボロに裂け、辛うじて肌を隠している状態。対して穂香は、下着同然の姿。
慎也『(赤面、動揺を隠しながら)そ、そういえばオレ、確かあの時……酷いケガをして、死にそうなって……あれ?』
慎也、自分の胸を弄る。ワイシャツに穴が空いているが傷は消失。
慎也『……それに、天使みたいな羽が生えたお前を……見た気が……?』
雛月『(目を逸らし)ゆ、夢でも見たんじゃない?』
慎也、首を傾げる。雛月の声が上ずっていることに気づかない。
慎也『(辺りを見渡し)あ、それはそうと、八城……ここは一体、どこなんだ?』
雛月『さあ……あの陰湿女から逃げるで精一杯……いえ、ええと……』
雛月、指先で髪を弄りながら。
雛月『……長い北の海を渡ったから、だからここは、ええと…………(小さな声で)北海道、とか?』
慎也『(ひっくり返った声で)ほ、北海道だぁ!?』
青空の下、慎也の声が響き渡る。
【完】
◇
『はい、全パートOKです! お疲れ様でした』
スタジオのスピーカーから青木音響監督の声が響き渡り、八城雛月役の僕──橙華は、ようやく我に返る。
セーターの首元は汗でびっしょり。メイクもきっとボロボロだ。けれど、そんな惨状も気にならないほど、胸のうちは高揚感で満ち溢れていた。
ふと視線を向ければ、前回の闇落ち水口穂香を見事に演じきった東雲が、ブースの片隅で壁に寄りかかっている。なぜか誇らしげに親指をグッと立てているのは、アイツなりの労いなのだと好意的に受け取っておこう。
そして、主人公、片瀬慎也役を最後まで安定感のある芝居で支えてくれた妻夫木渡さんが、僕の肩を軽く叩き、「お疲れ」と爽やかな笑みを浮かべた。
「お疲れ様でした!」
そして僕は、心から頭を下げた。妻夫木さんを含め、周りのスタッフ全員に向かって。
最初は一体どうなることかと思い、何度も心が折れそうになりながら、僕は〝ゔぁるれこ〟のメインヒロインを最後まで演じきった。その事実が、今はただ誇らしい。
万感たる思いを胸に、僕はブースを後に──
「うげっ」
「まだガヤ撮りが残ってるわ」
しようとした矢先、例のごとく東雲に首根っこを掴まれ、その場で盛大にズッコケそうになる。
……ったく、少しは空気を読め。せっかくの感動モードが台無しだ。
余韻をぶち壊されたのはさておき、今回の収録には、あの超有名アイドル声優、泉麻世(年齢未公表)さんがゲスト出演していた。終盤で雛月を追い詰めた「謎の声」がまさしく彼女だ。
これはチャンス。今のうちにサインを……いや、挨拶がてら連絡先交換でも、とあたりを見回すが。
「泉さんなら、もうとっくに居ないわ。次の現場が押してるようね。あんな年増女のどこに需要があるのかしら?」
「マジで!? っていうか、泉さんはまだ三十前だろ(たぶん)」
……ま、何はともあれ、〝ゔぁるれこ〟の収録は大方終了したことになる。二期が正式に決まれば話は別だが、現時点ではここまでだ。
それにしても、最終回だというのに、大量の謎と伏線を放置したままの、見事な「俺たちの戦いはこれからだ!」エンドだった。
雛月の正体だって、結局は明かされじまい。まさかの八百比丘尼(人魚肉を食べて不老不死になった伝説の人物)だなんて、原作未読組にはサッパリだろう。泉さんが演じた意味深なキャラに至っては、姿すら映らなかったし。
ともあれ、この収録が終われば、しばらくは声優らしい仕事も減ることになる。東雲との歌ユニットの件も、あれから音沙汰がない。
唯一仕事が決まっている「終末アオハル」の仕事も含め、自分の今後について、真剣に考えなければならない時期が来ている。
自分は、このまま「アイドル声優──橙華」を続けるのか……。
スタジオの空気が一瞬、淀んだ気がした。
周りが和気あいあいとする中、僕はひとり、長いスカートの裾をぎゅっと、汗ばむ指先でいつまでもいつまでも、固く握りしめていた。




