後悔。
「──んで、姉さん……、これを僕にどうしろと?」
「うん、あのね、昨日モールで登輝くんにピッタリの下着を見つけたの。だからお姉ちゃん、もう嬉しくて買っちゃった! あれ……、もしかしてピンク、嫌いだった?」
「別に嫌いじゃ……って、そういう色とかの問題じゃなくてさ、そもそも男の僕がこんなの履くわけないだろ!?」
暦は如月。真冬の築うん十年木造アパートにて。
煌びやかにラッピングされた袋から取り出したるは女性用下着。それを両手で掲げてからのごくごく真っ当な僕(♂)の主張が隙間だらけの六畳一間に轟く。
「はふはふ、んぐ、ひどいよ登輝くん……せっかくお姉ちゃんがプレゼントしたのに……よよよ」
と、コタツの上でグツグツ煮えたぎるおでんのちくわを咥えながらの姉、神坂三鈴(27)。明らかに嘘泣きだろ。
あの件(痴漢冤罪)以来、ちょくちょくとアパートに顔出しては、やれタコ焼きパーティーやら、鍋パーティーを勝手気ままに催してくる我が姉君だったけど、今回も突発的なおでんパーティーと思えば、さらりと手渡された実の弟へのプレゼントがこれ(ブラとショーツ)だ。もうこれは本気なのか、それとも敢えて狙ったギャグなのか、理解に苦しむところだ。
「ど、どお、似合うかな?」
ま、いずれにしろ、姉に対し借金とかその他諸々の恩義を感じてる愚弟としては、ここで潔く着ていたジャージの上下を華麗に脱ぎ捨て、それこそTシャツ並び、トランクスの上からレースフリフリのピンクブラ、ひらひらピンクショーツを身に着けてのレッツショータイム。飲んでいた缶チューハイの酔いもあってか、気分は結構ノリノリだ。
「もう登輝くぅん、かわゆいー」
「よーし、じゃあ、今度はマッパになって着ちゃうぞー!」
と、そのとき、
「──お邪魔するわよ」
「!?」
「あ、東雲ちゃん、いらっしゃい〜」
突然の東雲綾乃、襲来。
ちなみに今の自分といえば、どこをどう見ても…………。更にグラビアアイドルさながらのポージングを決めたりなんかしてる。
酔った勢いとはいえ、悪ノリが過ぎた……かも?
「…………え、え、えと、」
「あら、今夜はおでんかしら、じゃあ私は、そうね、大根と玉子を頂くわ」
と、そんな見るも耐えない僕の姿を目の当たりにしたであろう東雲嬢といえば、一切顔色を変えずに玄関先でロングブーツを脱ぎ、そのままの体制で固まっている自分を完全にスルーし、コタツでカップ酒を煽っている姉の正面を陣取るや否や、早々にくつろぎモード。
「え、ええっと……東雲さん?」
今更ながら台所の隅っこで身を隠すようにうずくまっていた僕であったが、今まさにおでんの具を受け皿によそう東雲に恐る恐る声を掛けてみた。
「ん、何かしら?」
「ええっと……その……、今の僕を見ても、何とも思わない、のでしょうか?」
すると東雲は、いい感じに煮え込んだ大根をフーフーしながら、実に面倒くさそうに。
「はふはふ、凄く似合ってると思うわ」
「リアクションそれだけ!?」
──というような大惨事というか、珍事があってからの週明け。
本日、長くもあり、短くも感じた〝ゔぁるれこ〟第12話、アニメ一期の最後となるアフレコ収録を向かえた。
収録は16時スタートだが、日中スケジュールがガラ空きの僕は、早々にスタジオ入りし、今はロビーのソファーを陣取って、台本の最終チェック中だ。
ときに今日の僕の装いといえば、クリーム色のネックセーターにマキシ丈のフレアースカートというシンプルコーデ。
つい最近まで着るものには無頓着だった自分が、ここ数ヶ月でファッションに詳しくなったものだと我ながら感心する。まぁ……女物限定だけど。
(それも今回の収録で、当分の間はこんな格好ともおさらばだな……)
とか、感慨深く台本を胸に、ぼぉーっと天井を仰いでると、不意に足元が涼しくなった。
「──って、おい東雲、何やってんだよ!?」
「何って、先日のショーツを履いてるか気になって確かめただけよ。悪い?」
「悪いに決まってるだろ! 公然で何考えてるんだよ……まったく──」
突然音もなく目の前に現れた東雲によって、ペラリと捲られたスカートを急ぎ元に戻しながら、いつか本気でコイツのことをセクハラで訴えるべきか考えてると、
「──ところで橙華さん、これは柏木マネージャーから、直接聞いた話だけど、貴方は知ってるかしら?」
当の東雲は悪びれる様子もなく、早々に話題を変えてきた。若干頬を緩ませて。
「今度〝終末アオハル〟の告知が大々的に発表されるそうよ。当然、声を演じる私たちのこともあらゆるメディアで情報公開されるわ」
そして彼女の話は僕の返事を待つでもなく続き、
「これで私も主演声優として一気に知名度が上がるわ。何しろ〝終末アオハル〟は全国上映の長編アニメ映画だものっ!」
と、珍しく歓喜の言葉を上げる東雲に対し、狼狽え動揺を隠せない僕。
それって、つまり……。
「へえ……、そそ、それはそうと東雲さん、この僕、いえ、私については、今後どのように発表されるか、柏木さんから……その、詳しく聞いてたり……する?」
「ええ、当然聞いてるわ。もちろん──、
〝女性〟アイドル声優の橙華として告知するみたいね──」
僕の女装姿が、ネットだけではなく、一般のテレビにも醸し出されるということだ。
言わば前々から危惧していたことが現実となり、僕は力なくソファーにもたれ掛かってしまう。
いや、そもそも女装をして映画のオーディションを受けた時点で、いちおう覚悟はしてたつもりだ。
でも、今後自分が声優を続けてる限り、《《女装》》アイドル声優としての道しか残されていないのか……と、今更ながら思ってしまう。
(……つうか、このまま世間一般に女装バレしたら、それこそ詰みじゃね?)
(──で、でも、今の時代だったら、それはそれでアリかも、知れない……よな?)
大事な収録を前にして、僕のちっぽけなメンタルはもう既に崩壊寸前だった。




