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オレンジボイス 〜女装してアイドル声優になった結果、周りが地雷だらけで詰んだ件〜  作者: 乙希々


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収録の果てに。

『──神坂君、前に受けてもらったオーディションの結果ですが──』

「え……、ほ、本当ですか!?」


『終末アオハル』のオーディションから数日が過ぎた、ある日の夜。


 狭いアパートでひとりわびしくカップ麺をすすっていると、マネージャーの柏木さんから着信があり、スマホ越しにしれっと合否が告げられた。


『いやいや、本当ですよ』

「ご、合格……や、やった……」


 ある意味、手応えはあった。だが、並み居る人気声優を差し置いて、まさか自分が射止めるとは思っていなかった。


「──ええっと……それで、僕が受かった役というのは……まさかの朝霧紅葉あさぎりもみじ?」

『いえ、それは残念ですが』

「ですよね……」


 となると、受かったのは端役のモブか、あるいは。


「神坂君は、佐伯比呂さえきひろ役で合格です」


 やっぱりか。いや、それでも十分。見た目はアレ(男の娘)でも、一応は男キャラだし、むしろ本命で受けた美少女役に受かるよりは、道理に適っている。そもそも、男の僕がヒロイン役のオーディションに参加すること自体、無理がある。


『──それと、朝霧紅葉役は東雲さんに決まりました。こちらとしては万々歳ですよ』

「え、マジで!?」


 あまりの衝撃に、柏木さん相手に敬語を忘れて素っ返してしまった。



 ◇


 そんな配役決定の興奮が冷めやらぬまま迎えた、こちらは収録も終盤に差し掛かった『ゔぁるれこ』のアフレコ現場。


『──八城雛月やしろひなづきぃいいい! お前だけは……お前だけは絶対に殺してやる!』


『ほ、穂香! もう、やめるんだ……。頼むから、元のお前に戻ってくれ……!』


『どきなさい、慎也……。彼女のことは、私に任せて』


 正面モニターに映るのは、未完成の白塗り絵コンテ。それでも目まぐるしく動く映像に合わせ、僕こと橙華(八城雛月役)、妻夫木渡さん(片瀬慎也役)、そして東雲綾乃(水口穂香役)の三人が、台本を手に熱演を繰り広げる。


『──死んじゃえぇえええ!』


『くっ……!』


 もっとも、僕自身は二人の──特に東雲の神がかった芝居に、終始圧倒されっぱなしだった。彼女の放つ熱量に食らいつくだけで精一杯だ。


 画面内の雛月が、穂香の放った謎ビームを避けきれずに被弾する。その衝撃に合わせ、僕は喉を震わせた。


『──八城ぉおおお!』


 妻夫木さん演じる慎也のアップに続いて映し出された雛月の表情は、未完成の絵コンテ状態でも痛々しい。完成版ではきっと、直視できないほど無残なシーンになるだろう。


『あはは……ざまぁないね、八城さん。綺麗な顔が台無しだよ? そんなんじゃ慎也に嫌われても文句言えないね』


『……そう? こんなの大した傷じゃない。貴女こそ、とてもみにくい顔。一度鏡で自分の顔を見ることをお勧めするわ』


『八城雛月……もう、絶対に許さない。……こうなったら、もっとぐちゃぐちゃにしてあげる。泣いて謝っても、絶対に……、



 あハは……ひひヒ……ひゃははハはははははははひはははひヒははハハははははひゃははははハ──!』



『………(ごくり)』


 正面モニターの中の、記号的な悪い顔の穂香に対し、東雲の笑い声はあまりにも生々しく、狂気に満ちていた。


 真横で浴びせられるその怪演に、僕は思わず口に溜まっていた唾を飲み込んでしまった。マイクがその音をしっかり拾ったはずだが、リテイクは掛からない。まさか、このまま本編に使われるのか。


 もはや今回は、水口穂香の闇堕やみおち回(最近多くね?)というより、完全に東雲綾乃劇場だった。


 僕はもちろん、数々の主役を張ってきたベテランの妻夫木さんですら、東雲の闇に飲み込まれてしまっている。


『──まだ終わってないわ……。さあ、来なさい。私があにゃたを……』


 あ、ヤバっ。……んだ。




 そして、収録後。


 何度かのリテイク(撮り直し)を重ね、しまいには別撮り(居残り)となり、僕は心身ともボロボロ、まさに満身創痍だった。


 フラフラになりながらアフレコブースを後にすると。


「遅かったわね。せめて〝お疲れ〟とだけ言っておくわ」


 ロビーに出たところで、自販機に背を預け、腕を組んだ東雲と出くわした。


 そして、そのすぐ傍らには。


「やあ、お疲れ、今回の収録はハードだったね」


 紙コップ片手に、ソファでくつろぐ妻夫木さんの姿も。……なんだ、この異色すぎる組み合わせは。


「あ、お疲れ様です……。じゃあ、私はこれで失礼しま──」


 もう嫌な予感しかしないので、ペコリとお辞儀をして、さっさと二人の前から立ち去ろうとしたが。


「待ちなさい」

「むぎゅっ」


 音もなく背後に回った東雲にコートの襟首をガッチリと掴まれ、我ながらキモい声が出てしまった。


「じゃあ、東雲さん」

「そうね」


 妻夫木さんがアニメさながらのイケボをささやき、僕のすぐ隣までやってくる。二人のど真ん中に挟まれた僕は、完全に逃走経路を絶たれ……、


 要するに、詰んだ。


 というか、変な汗をかいたので、せめてメイクだけでも直させて欲しい。

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