波乱の幕開け。
晴れて念願の声優というお仕事に……というか、ただ単に声優とは名ばかりのフリーター生活を始めてから二年が過ぎたある日。唐突に僕のスマホに着信があった。所属する声優事務所からの呼び出しである。
「やあ、神坂君。忙しいところ来てもらって悪いね」
昼時の十二時。待ち合わせ場所の某ファミレスに到着するなり、スーツ姿の男性がパタパタと駆け寄ってきた。事務所マネージャーである柏木さんだ。
「お、お待たせしてすみません」
「ははは、僕が時間より早く来ただけだよ、だから気にしないで」
長身で線の細い、メガネ姿がとても似合う爽やかイケメンである彼(推定二十代後半)は、卒のない動作で僕を二人掛けテーブル席に誘導。
「──あ、神坂君、何注文する? ここは経費で落ちるから遠慮なく食べてね」
「え、は、はい……ありがとうございます」
それじゃあ遠慮なく、サーロインステーキ……は止めといて、無難にハンバーグセットを選択。
でその後、程なくして運ばれてきた料理を黙々と咀嚼しつつ、僕は感慨ぶる。
(……これ多分、最後の晩餐だ──)
声優になった当初はそこそこ仕事があった。主人公のクラスメイトAとか友人Bとかコンビニの店員──どれもこれもがエンドクレジットに役名がないキャラだったけど、それでも声優と呼べそうな仕事は出来たと思う。
とはいえ、これらのチョイ役も敏腕マネージャーである柏木さんが無理やり新人だった自分をねじ込んでくれたからである。
ただそれも新人だから可能だったわけで、声優三年目にもなると、最早それは新人とは呼べず、無名とはいえギャラ(声優単価)が上がった今となっては、それすらままならない。ちなみに本年度に入ってからただの一度も作品に出演していない。季節はもう小春日和の秋だというのに。
だからこの時期に担当マネージャー、とは言っても僕は柏木さんが携わっている何人かの一人であって、そんな忙しい彼から直接呼び出しをくらったとなると、良くて不甲斐ない自分に対してのテコ入れ、最悪なのは事務所解雇──
(はぁ……やっぱクビだよな──)
食事を終え、各々ドリンクバーで注いできた飲み物を片手に雑談していた時だった。
「──ところで今回、わざわざ神坂君に出向いてきてもらった訳だけど……」
不意に柏木さんが本題を切り出す。
「え、あ、はい……」
ついに審判の時だ。
自然とグラスを握る拳に力が入った。僕は覚悟を決め、彼を見据える。
「おめでとう。オーディションに受かったよ」
「はい?」
思考がバグった。
オーディションに受かった、ってなに?
「ほら、先日神坂君が受けた『ヴァルキリーレコード』。そのメインキャラに合格したよ」
そう言って満面なイケメンスマイルを浮かべる柏木さんを見て、呆けていた僕の感情が一瞬で歓喜に震える。
「ま、マジですか!」
「うん。マジ」
(ヴァルキリーレコードってあれだよな、先日ダメ元で受けた──)
そしてここから僕、声優──神坂登輝の人生が、大きく揺らいでいった。
◇
──かれこれ夏も過ぎ去り季節も秋に差し掛かった頃。まだ一般に告知されていないが、とある作品がアニメ化し、その声優オーディションが開催されるとの情報を事務所を通じて知った。
とりあえずは1クール(全12話)だけ──いわゆる低予算の深夜アニメ作品ではあったけど、そんなの関係なくて、僕は昔から、この作品の原作ラノベが大好きだったのだ。
作風こそ、今では若干下火なラブコメ兼、異能バトル物だが、そこに登場する孤高の少女、いわゆるメインヒロインである『八城雛月』が僕の好みに超どストライクで、最早それは推しという一つの概念では留まらず……まぁ、いずれにしてもそんなお気に入りラノベのアニメ化だったら、是非ともこの機会に自分もイチ声優として関わってみたい……というか、参加だけでもしてみたい。
と言う、早る気持ちだけで受けたオーディションだったのだが、まさか本当に受かってしまうとは夢にも思っていなかった。
ちなみに僕が受けた第一希望は、無謀にも主人公である高校生の少年だったりする。
「でで、ぼ、僕が受かった役は、ももももも、もしかして──」
いちおう聞いてみた。
この際だ、演じる役がネームドキャラ(名前がある登場人物)なら、誰だって文句はないのだが、万が一にも、主役に抜擢、という可能性も無きにしも非ずだ。
「……うん。いちおうは、主役……かな?」
「ほほほ、本当ですかぁああ!」
思わず椅子から立ち上がった。周りの客から一斉に注目されたけど気にしない。それだけ今の自分は感動で満ち溢れている。
「……とりあえず、一旦落ち着こうか」
「あ、すみません」
いかんいかん、感激のあまり我を失ってしまった。僕はすぐさま冷静を装い、おずおずと椅子に座り直す。
「それで、……その……、今回、神坂君がオーディションに受かった役というのは……ええっと……」
すると柏木さんは、急に歯切れが悪くなり、あからさまに僕から目線を逸らした。まるでこれから別れ話を切り出すかのように。
てか、さっきから若い女性店員さんがチラチラとこちらを伺ってるけど、何でかな?
そんななか、柏木さんはコホンと一度咳払いをし、改めて僕に視線を向けた。
この様子だと多分自分が選ばれた役は、少なくとも主人公の男子高生じゃないだろう。というか、かなりヤバめな役かも知れない。
原作通りだと、序盤に出てくる通り魔殺人犯とか、ヒロインを執拗に追い詰めるサイコ野郎とかが妥当だろ。
(──ん、でもまあ良いさ。最初からそういう汚れ役を演じるというのも悪くない。これこそ声優冥利につきるというものだ)
と、思いを馳せていたら、
「見事『八城雛月』役に合格です、おめでとう! パチパチパチパチ──」
「へ?」
やしろ、ひなづき……、
幻聴だろうか? 今予想を遥かに上回るキャラ名が聞こえてきたのだが……。
「あ、あのすみません。もう一度言ってもらっていいですか……最近夜間のバイトが忙しくて、耳がどうかしちゃったみたいで」
「おっとそれは大変だ、今後は体調管理に十分気をつけてもらわないと。何せ今回メイン〝ヒロイン〟役に抜擢された神坂君には、これから我が社の看板〝アイドル〟声優としての活躍が期待されていますからね、はっはっはっ」
白い歯を見せながらの柏木マネージャー……って、さり気なく爆弾をいくつも投下してくるじゃねーよ!
「──で、ここからはちゃんとした仕事の話をしようと思う」
と、ここで今までの飄々とした態度から一転、メガネのブリッジをクイッと上に押し上げた彼は、何やら真剣な面立ちとなる。
……てか、まだ何かあるの?
仮にも男である自分が、女キャラ、それもメインヒロインの声を担当しろと言われて、まだ気持ちの整理が全くついていないんだが……、
(──しかも僕が「アイドル声優」? 声優誌でグラビア飾ったり、ユニット組んで歌ったり踊ったり……んな、バカな)
「──それで神坂君……〝女装〟は好き?」
「は?」
(って、好きな理由ねえだろっ!)