優秀な姉? と愚弟のソナタ ②
バタン──
「あ──って、おいこらっ東雲!」
「へぇ……今の娘、シノノメ、さんって言うのね……もしかして、登輝くんの……彼女さん、かなぁ?」
「え……そそ、それは……ええっと──、」
アパートのドアを前にして、今まさに東雲から閉め出しを食らった僕こと、神坂登輝と姉の神坂三鈴……つうか、なんでアイツはしれっと僕の部屋に不法侵入してるんだよ。
……いや、それよりも今は姉さんだ。
首を45度傾げながら僕に問いかけている様子は、過去の経験からしてみれば危険度MAX状態だ。今も尚、僕を射抜くあの光を失った目は……かなりヤバい。
「──あ、あれは一応、僕の友人というか、仕事仲間で……」
「そうなのぉ? 登輝くんのいうお友達って、部屋の合鍵を持ってるんだぁ。お姉ちゃんは持ってないよ?」
「そ、それはその……、」
──あれ、これは何言ってもダメなやつ?
完全に東雲のことを僕の通い妻なんかと勘違いしてる……もう、こうなったら直接、東雲本人から誤解を解いてもらうしかない。
とはいえ、昔からブラコン気質な姉にはホント困ったもんだよな。僕もいい加減大人なんだし、流石に女友だちの一人や二人いてもおかしくはないのだけど……って、あの東雲が初の女友だちだったりする?
「おい、東雲……勝手に人の部屋に、」
未だに目が虚ろな姉を引き連れて、いざアパートの部屋に足を踏み入れてみると、
トントントン──
何故かフリフリエプロン姿の東雲が玄関横の台所で料理をしていた。
「あら、お帰りなさいあなた。今日はいつもよりも遅かったわね……残業、かしら? トントントントン──」
「へ……残業って何?」
何かのコント? というか、さっきからキャベツを刻む音が妙に怖いんだけど……って、姉さんが僕の腕にしがみついて震えて──、
「トントン──、ザク、ザク、ザクリッ!」
「「!?」」
「それとも──浮気、か、し、ら?」
「「ひっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」」
包丁を片手にニタリと口角を上げる東雲を見て、神坂姉弟はブルブルと抱き合った。
◇
「──さあ、どんと召し上がれ」
「……いただきます」
「東雲ちゃん、り、料理お上手ね……」
僕と姉……そして東雲の三人で狭いちゃぶ台を囲み、意外や意外、悪役令嬢キャラとは掛け離れた家庭的な一面をみせた東雲の手料理を堪能しつつも、どこかぎこちない空気が流れる我がワンルームアパート。
「でも以外ね。あの神坂君にこんな美人のお姉様が居たなんて初耳だったわ」
「そんなー、東雲ちゃんは口もお上手──、」
「ええ、私ときたら、てっきり何処かのくたびれた年増女をアパートに連れ込んで来たのかと勘違いしてしまったわ」
「(ピキッ)」
おいコラッ! せっかく場の空気が若干和んできたのになんてことを……ああ、姉さんが隣で青筋を立ててるよ。
「そ、そういえば聞きそびれちゃった……東雲ちゃんは登輝くんとどういった関係かなぁ?」
姉さんが肉じゃがのジャガイモをぶすぶす箸で突き刺しながら微笑む。ちなみに目は笑っていない。
「友人よ──、」
あ、ナイスだ東雲、これで姉さんの誤解が解け、
「──橙華、さんとは」
「ぶほっ!?」
「ん……トウカ?」
ちゃぶ台に思い切りなめこ汁をぶちまけた僕をよそに、東雲が発した、〝トウカ〟とかいう見知らぬ名に首を傾げる姉さん。
「ゴホッゴホッ──、だだだ、だよな? 僕と東雲は同じ声優として苦楽をともにした友人であって、ええっとそのぉ……い、いわゆるマブダチで──」
姉さんは僕が声優の仕事をしていることは知っているけれど、女装した僕──橙華の姿までは知らない……いや、このまま知られてはならない。
「そうね、〝橙華〟さんとは、今後とも私の良き親友、良きライバルとして、」
「あ、あの東雲さん、ちょっと黙ってて──」
「ねぇ、東雲ちゃん……トウカさんって誰のことかな……もしかして、登輝くんの芸名、とかだったりする?」
「ねね、姉さんっ、」
「さあ、お姉様、これが橙華さんよ」
「──って、東雲っ!?」
その時、東雲が取り出したもの、それはスマホの画面に映り込んだ女装した僕……じゃなくて、イヌ……つうか、どこか近所の家に飼われていそうな茶色の柴犬が画面の中でニンマリとしていた。
「──ええっと……東雲センパイ?」
「ふふん。この子が橙華さんよ、どう、ブサイクでしょう」
「えー、カワイイじゃない。ちょっと登輝くんにも似てるし」
おい、脅かすなよ東雲……てっきり、お前のことだから姉さんに僕の女装姿をバラすかと思ってた。
「(この借りは高いわよ?)」
「(ごめん……後でラーメンを奢るよ)」
「(は、ラーメン? 冗談は女装だけにしなさい)」
「えー、なになに? 二人して何アイコンタクトしてるの? もしかしてお姉ちゃんだけ仲間外れ?」
ま、なにはともあれ、どうにかこの場は収まった、って感じだ。姉に関しても、〝トウカ〟なる単語は、とっくに頭の中から綺麗さっぱり消え去ってくれたらしい、と切に願う。現にそこから始まった姉と東雲の柴犬トークを尻目に、僕はサイフとスマホを持ってコンビニに走る。
そこで姉さんが好きなコンビニスイーツをいくつか買っておく。あとついでに東雲の分も、それと、お酒も何本かいるよな? これで適当に姉をもてなしつつ、地雷源である東雲にさっさと退場してもらえば、なんとかあの場は凌げる……かどうかは分からないけど、とにかく誤魔化すための賄賂は必要だろう。……あれ、前にも夜中のコンビニに使い走りをしなかったっけ?
で、コンビニ袋を片手にアパートに戻ってみると、東雲と姉さんがテレビを観ながら談笑していた……え、何で仲良くなってるの? まさに水と油って感じの二人だけど……女同士のコミュニケーションは摩訶不思議だ。
「あ、登輝くん、お帰り〜、コンビニに行ってたんだぁ」
「貴方にしては気が利くじゃない。さあ、早く私に献上なさい」
「ほらよ」
なぜだかいつもに増してハイテンションな姉さんはともかく、例によって東雲の悪役令嬢的発言には、もういちいち真面目にツッコむのが面倒くさいので、袋から取り出した飲み物をクールに手渡してのスルーだ。
「姉さん、デザートを買ってきた……」
「んぐぅ〜、なぁに?」
僕が上着を脱いでる隙に、ちゃっかり姉さんはコンビニ袋から取り出したシュークリームを口いっぱいに頬張っていた。ちなみに東雲はといえば、オッサンさながら缶ビール片手にさきイカを咥えていたりする。うーん、女性アイドル声優として、それは如何なものかと……。
『──わ、わたしは、絶対にあなたのことを許さないっ!』
と、そのとき不意に東雲の怒声が聞こえて、台所で洗い物をしていた僕は、驚きのあまり手に持つお皿を床に落としそうになった。
「ちょちょ、ちょっといきなり何だよ!? ぼ、僕何か悪いことした?」
「は? なによ、今いいところなんだから黙ってなさい」
「登輝くん、今〝穂香〟ちゃんの見せ場なんだよ?」
はて……ホノカ? って、東雲が演じる水口穂香じゃん……ということは、今二人が和気あいあいと眺めてるテレビは、まさかのヴァルキリーレコード、略して〝ゔぁるれこ〟だったりする?
──となると、僕が毎週欠かさずレコーダーに録画しているやつを勝手に再生しているらしいが……どうせ、かまってちゃんの東雲のことだ、自慢がてらにアニオタでもある姉に見せびらかせているのだろう。
『──まって、慎也っ!』
それにしても、穂香って子は、常に感情剥き出しだよな……本当は誰にも分け隔たりなく優しい女の子なのに。普段は淡々とした口調で、全くもって他人に優しくもない東雲が、そのキャラを演じるのって、それこそミスキャストだよな……ま、それこそ僕が言えた義理じゃないけど。
『──ありがとう。助けてくれて』
台所で黙々と後片付けをしながら、テレビ上で流れる東雲の清楚ボイスを聴いていると、現実とのギャップで頭が混乱してくる。今絶賛流してる話しって、いわゆる〝穂香の回〟なんだよな。
ちなみに僕が演じる〝八城雛月〟は、この回では、ほとんど出番がない。たしか冒頭、Aパートでしか台詞がなかったような……まぁ、それぐらいだったら、たぶん姉さんに僕の演じた声だって気づかれてない、よな?
「──わぁ、東雲ちゃんの穂香ちゃん、すごく良かったよ! 改めてお姉ちゃんは、声優さんを尊敬しちゃう〜」
「え……ええ、それほどでも……あるわ」
アニメを一通り見終わった二人は、ますます意気投合し、姉さんなんか東雲にセクハラのごとくハグしてる始末。本当にさっきまでの剣呑さは一体何だというぐらい仲良くなってる……ちなみに僕はもっぱら蚊帳の外だ。二人の小間使いと化している。
って……まさか、このまま東雲までうちに泊まる、ということは、流石にない、よな?
と、そんな時だ。
「あ、それと登輝くんも良かったよ?」
突然、僕に背中を向けたままの姉さんがそう呟いた。
「へ……な、なにが?」
(ま、まさか……な……?)
僕は咄嗟に東雲にアイコンタクトを試みた。すると東雲は「(私知らない)」と珍しく狼狽えたように顔をブンブンと振る。
──そして姉は、顔だけ斜め45度に振り向き、瞬きもせず、ニマーっと口角を上げた。
「ねぇ、ト、ウ、カ、ちゃん♡」




