女装アイドル声優、プロデュースされる。
「──ねぇ~ちょっと〜、お酒が空っぽよ〜。さっさと持ってきなさぁい」
リスのようにチーズかまぼこを頬張る、某東雲の甲高い声がワンルームに響く。
「あ、はい……」
反射で返事して、心許なくなったコンビニ袋をまさぐる。結構買い込んだはずだが?
「また、安物チューハイなの〜? せめてカクテルぐらい用意しなさいよ〜」
「うっせいわっ! いつまでも飲んだくれてないで早く帰れよっ!」
「あはっ♪」
(あ、駄目だ……コイツ完全に酔っ払っているよ。目が完全にいっちゃってるし……)
プシュ、ともう何本目か分からない缶のプルタブを開ける東雲を尻目に、僕はあちらこちら散らばった空き缶やらツマミの食いカス、あとテーブルの上に放られた脱ぎたてホヤホヤの黒ストッキングを嫌々ながらも回収する。
パシャパシャパシャ──
「お、おい何スマホで連写してんだよ!? 写真は撮らないって約束だろっ」
「にゃははは──、きゃわいい!」
そのままスマホの画面にグリグリと頬ずりをする東雲。その姿は単なる酔っ払いを通り越して、ただの不審者だ。
ついでに、酔った勢いで着せられたゴスロリメイド服、ニーソックス姿の自分も不審者だけど、それがなにか?
「すぴー、すぴー」
ふと我に返れば、いつの間にか東雲はテーブルに突っ伏して寝ていた。
愛おしくも憎たらしい寝顔で、ご丁寧にヨダレまで垂らしている。よし、さっきのお返しでそのアホ面、スマホで撮影しとこ。
「おい東雲、起きろよ……ったくぅ、結局何しに来たんだよコイツは──」
いくら揺らしても一向に起きようとしない東雲を苦労してベッドに運び、適当に布団を被せておいた。その際むにゅ、っと背中に何か柔らかいものがあたった気がしたけど……そこは不可抗力だ。
そこで、ようやく一息ついた僕は、いそいそとメイド服からジャージに着替えて、丸めた毛布にそのまま寝っ転がる。
「うっ、さみい──」
台所の冷たい床が、とことん肌身にしみた。
◇
東雲との突発的な酒盛りから数日が経ち、東京でも朝からひらひらと初雪が降り注ぐある日のこと。
都内、大きなビルの5階。ガラス張りのオシャレな会議室にて、僕こと橙華(女装)、ポンコツ悪役令嬢の東雲綾乃、腹黒……いや、敏腕マネージャーの柏木さんが集まっていた。
そして、長いテーブルを挟んで向き合うのは、40代くらいの男性が三人。壁一面には、有名アーティストのポスターがずらりと張られている。彼らから渡された名刺には、立派な会社のロゴと、聞き慣れない横文字の役職名。たぶん、この界隈では名の知れた音楽制作会社の人たちなのだろう。
そんな訳で、本日は東雲(と僕)の歌唱デビューについての打ち合わせとなっていた。
契約だとかの面倒な話は、すべて柏木さんに丸投げだ。僕の左隣の東雲は相も変わらず平常運転。仏頂面でそっぽ向いてるし、いつも以上に機嫌が悪い。
かくいう僕も、なんだか落ち着かない。さっきからタブレットを器用に操作しながら話しを進める柏木さんの隣で、愛想笑いを浮かべることしかできない。
「──いや、実際にお会いするまでは半信半疑でしたけど、本当に女性そのものですね」
そんな空気をぶち破るように、突然、僕に話題が振られたので、手に持つコーヒーの紙カップをひっくり返しそうになってしまった。
「いやいやそんな──、」
と、思わず赤面しながら、口に出した台詞を言い淀んでしまう。
たしかに今日は、いつも以上にメイクに時間をかけたし、服装も女性らしさを前面に押し出した。だからといって、打ち合わせの席でまで女装する必要があったのか、どうしても納得がいかない。業務命令だから仕方ないけど。
「ええ、橙華さんですよね? 君の場合、元々の声質が中性と言いますか、女性そのものですので、私としてはプロデュースのし甲斐がありますよ」
正面に座る、線の細い壮年の男性──たしか吉田音楽プロデューサー? が、所在なげな僕に満面の笑みを向けてきた。
つうか、それなら最初から、普通に女性アイドル声優を起用すればいいのに。わざわざ僕のような異物をプロデュースしなくても──と、心の中で反発する……が、大人たちのビジネスには、なにかと思惑があるのだろう。それに付き合わされる東雲も気の毒だよな……ゴメン。
「ええっと……どうかよろしくお願いします」
ということで、説明が一通り終わり、周囲に促されるまま何枚か書類にサインをした。詳細は後日改めて、とのことで、この日の打ち合わせはお開きとなった。
(──って、何かトントン拍子で僕のCDデビューが決まったんだけど!?)
そういえば、何かと講釈垂れる東雲が、あんな堅苦しいオーディションみたいな場で、最後まで口を挟まず大人しかったのが意外だった。
……いや、今思えば、それが不気味だよな──。




