女装男子の休日。
今日は朝から丸一日オフだ。
本日はバイトのシフトもなし、〝本業〟であるアニメの収録もない。本業ってとこ、そこ大事だから強調しておく。
とはいえ、幾ら休みだからって、僕は朝寝坊などしない。いつもと同じ時間に起床し、朝一番のコーヒータイムを満喫する。ここ最近ときたら、ある意味人生の正念場って感じだったので、こんなに穏やかな気分で朝を迎えたのは久しぶりである。
さてと、せっかくの休日を朝から有意義に過ごすため、一日部屋で籠って溜まりに溜まったアニメ鑑賞や積みゲー三昧と行きたいところだけど、そろそろラノベの新刊が出てる頃だし、たまには外に買い物に出かけるのも一興だ。このままアパートに留まっていると、いつ何時、あの東雲に闖入されるとも限らんし。
そうと決まれば、早速出掛ける支度をせねばと、台所兼洗面所で顔をバシャバシャし、鏡の前でペタペタとスキンケア──って、おい、何で僕は頭をチョンマゲにして普通にメイクし始めてるんだ? いかんいかん、今日は別に収録じゃないんだぞ……普段通りの格好でいいんだから、一体何を寝ぼけてるんだ僕は……。
と、頭では理解しているんだが、一度メイクの下地を始めたからには、もうどうにも後に引けなくなって、勝手に手が──
で、気がつけば内巻きに綺麗にセットしたウィッグを被り、アマ◯ンで密かに大枚をはたいて(仕事用で)購入したチェック柄のワンピに白ニット、白コートまで一通り着飾ってしまった僕は、全身ミラーの前でただひたすら自己嫌悪に浸ってしまう。
(……でもまぁ、今後も仕事で何かと女の格好をする機会が増えそうだし、これは普段から人前で馴らすという意味合いを込めた女装──ってことで、仕方がないよな?)
休日とはいえ、あくまでも仕事のための女装と割り切った僕は、さらに押し入れに隠し持っていた女性物のロングブーツを取り出すのであった。
よくよく考えてみたら、単独で女の格好のまま外に出歩くのは、意外とこれが初めてかもしれない。何やかんやで、いつもは誰かしらと一緒にいたから、こうやっていざ一人で電車で揺られていると、だんだん不安になってくる。
だってそうだろ?
幾らメイクやら服装で誤魔化したって、基本中身は男なんだし、近くで、ましてや真正面からよくよく見れば女装なんかバレバレだろ。
だから僕は吊り革を掴みながらも、出来るだけ周囲と目を合わせないようにと視線が泳いでしまう。これじゃまるで不審者だよな。今更ながら自分が細身で小柄で助かった。それだけ女装バレのリスクが少なくなるし……
ときに近くの男子高校生らしき二人組にヒソヒソ話をされている気がする。しかもスマホ片手に。もう絶対にヤバいと思ったので次の駅で降りた。やっぱり女装がバレてる?
そのまま人の流れに沿って駅の改札口を抜けた。多目的トイレで用を足し、ついでに鏡の前でメイクを直し、持ってきていたモフモフな帽子を変装がてら被る。それから朝食がてらに駅近くのマッ◯に寄った。
隅っこの一人席を陣取って朝マフィンをコソコソと頬張っていると、今度は大学生風の男二人組にスマホを向けられていた。今すぐにでも詰め寄って文句の一つでも言ってやりたいが、向こう側も僕の女装を盾に反撃してくる恐れがあるので、残りのマフィンを慌てて掻っ込みコーヒー片手に急ぎ足で店を後にした。
本当は休日を通して原宿の街並みをもっと満喫したかったが、予想以上に女装バレのリスクが高いので、さっさと目的のラノベを買って家に帰ろうと、その足で大型書店に寄った。
「──まずは『義理の妹が俺をしきりに誘惑してくるのだが』の最新刊をキープしてと、お? 『俺の妹がモフモフだった件』がいよいよ書籍化したのか……よし、買いだな」
それと『猫耳妹と異世界道中』と『僕と妹先生の個人授業』の新刊を手に取り、急いでレジに向かう。そもそも女装して買うラインナップじゃなかった、と後々になって気づいた。
そしてその日の夜。
『──貴方、馬鹿でしょう』
アパートの部屋で寝そべりながら、今日買ったラノベを読んでいると、東雲からスマホに着信があり、その第一声がこれだった。
「……何だよいきなり、イタ電かよ」
『ネットで、橙華って検索してみなさい。今すぐに──プチッ』
「あ、切れた……って、東雲いい加減にしろよな」
ブツブツ言いながらも、東雲に言われた通り『橙華』の名前でエゴサーチしてみる。
「………あ」
そこには、朝一の電車から始まって、マッ◯で大きな口を開けてマフィンを咀嚼する姿や、ニヤケ顔でラノベコーナーを物色する僕(女装)の様子がしっかり画像付きで呟かれていた。
結果的に女装バレっぽい書き込みはなかったけど、別の意味でヤバいかも知れない。
まさかの自分って、結構な有名人、だったりする?