深淵の先には。
◇
──で、何はともあれ、土砂降りの池袋駅で合流した僕たちは、とりあえず手頃な店へと移動した。
メンバーは、僕こと文化系女子大生に偽装した橙華と、その中身はともかく現役JKこと小倉もも(本名は桃香というらしい)。そして彼女がストーカー紛いファンと口語していたはずの女子──それこそ今回の目的でもある要危険人物なのだが、実際、待ち合わせ場所に現れたのは、自称「カオル」という名のイケメン──男子高校生だった。
原宿の色彩をそのまま池袋のオタク文化に溶け込ませたような外見、それこそ幻聴だと信じたい不穏な言動から、いかにも一悶着起こりそうな雰囲気だったが、蓋をあけてみれば、陽キャグループで賑わう週末の人気カフェ店で、カオルの独壇場、イケメントークを延々と拝聴しただけで、結局のところ、何が起こるでもなく僕ら三人は、ごく自然の流れで現地解散となった。
その間、終始能面みたいな顔で場の空気を汚染していたももちゃんに関しては、一旦保留ってことで。
──まあ、そんなこんなで、色々と腑に落ちないが、それから数日後。
「──そうね、光沢が安っぽいわ。所詮は二流ブランド、といったところかしら」
「やかましいわ、つうかそれ、姉さんの私物だから勝手に触んな」
例によって、朝からアパートの自室に不法侵入、しかも椅子代わりにちゃぶ台の上でふんぞり返り、澄まし顔でネイルを塗る某悪役令嬢、東雲綾乃の黒ストッキングに包まれたおみ足は極力スルー。只今絶賛ちょんまげ頭の僕こと神坂登輝は、ニ◯リ、いや、あくまでも仕事用で購入したミニドレッサー(5,990円送料別)の前で正座し、いそいそとファンデを叩き込むのに余念がない。
というのも、今日はこの後、来期放送予定の深夜アニメのオーディションだ。
つい先日、紆余曲折あった『僕たちは終末の世界でアオハルする(通称、終末アオハル)』のサブヒロイン、佐伯比呂役が一段落し、何事もなければ、後は公開日を待つばかり。続けざまに、アニス(変態メイド)、エル(猫耳メイド)、メイド(A)、メイド(A)──つうか、他は全部メイド役だが、それらすべて収録が完了した今、今現在の仕事は実質ゼロ。
ちなみに、本来あるべく「神坂登輝」名義の仕事も、あるはずがなく。
だからこそ、誠に不本意ながらも「橙華」名義で難なくテープオーディションをクリアーした『魔王四天王を追い出された俺は、勇者パーティーにスカウトされました』の聖女クラリス役を何としてでも射止めなければならない。
「──ふーん、相変わらずしょぼい役を狙っているわね。貴方らしいわ」
「うるせえよ、人気声優のお前と違ってこっちはなりふり構ってられんわ。てか、これから着替えるからあっち行ってろ」
勝手に人んちの牛乳パックをラッパ飲みしている東雲を台所に追い出し……というか、着替えの最中に襲われても困るからな、公園の一件もあるし。
(……ていうか、何でこいつ、何食わぬ顔でここに来てんの? 例の、終末アオハルの件、もう根に持ってないとか……いやいや、まだわからん──)
ホント今更だが、今度東雲を部屋に上げるとき、つうか、こいつの場合、勝手に鍵を開けて入ってくるが、とりあえず持ち物検査、いや、金属探知機で危険物を持ってないか厳重チェックを──とか思案しながら、何気にフレアスカートのファスナーを引き上げていた、その時だった。
ピコン、と座布団の上に放り投げていたスマホから無機質な機械音。
メール、件名なし。
普段なら迷惑メールの類いだとゴミ箱に直行だが、何故かこの時に限っては、まるで磁石に吸い込まれるかのよう、自然と人差し指が画面をタップして。
「うげっ!?」
瞬間、アイドル声優らしからぬ潰れたカエルのような声が喉から飛び出した。
バックライトに照らされた古い液晶の中で、僕とあの時の男子高生──カオルが、親しげに並んでいた。まるで恋人同士みたいに。
警鐘。
そして僕は、決して触れてはいけない深淵の先を覗くかのように、そこからゆっくりと、画面をスクロールした。
(へ……? 誰だよ、この人……)
刹那。
「──ふフふ……。随分と楽しそうね」
新調したばかりの真っ白なブラウスの肩に、冷たい……いや、凍り、絶対零度の感触。
「──で、誰かしら、その《《女》》──」
(……ぁ、絶対詰んだわ、これ──)




