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オレンジボイス 〜底辺声優(♂)ですが、女装して美少女の声を演じています〜  作者: 乙希々


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111/113

幻聴。

「──ええ、なるほど。つまり綾乃さんは、どうしても来られないということですか?」

「ァㇵㇵ……ま、まあ、そういうことになっちゃうかな、東雲センパイも、あれで結構忙しい人だし……だからその、今回は私が代役を務めるということで──」


 ……ってことで、週末の昼下がり。


 池袋駅の外は、まるで台風のような土砂降りの雨。


 改札前、例によって文化系女子大生に擬態した僕は、膝丈フレアスカートの裾を気にしながら立ち尽くしていた。


 隣には、萌え袖、白カーディガンコーデの一見清楚なJK(女子高生)アイドル声優、小倉もも(本名不明)が仏頂面で並び、行き交う老若男女の視線に怯えつつ(主に僕が)、例の件、ももちゃんの百合畑の一員……じゃなかった、彼女の熱狂的なファンとやらに自重を促すべく待ち合わせているところだ。


「……そうですか。なら、仕方ありませんね」

「そ、そうそう! 本当に不可抗力だから──、」


 つうか、綾乃さん──某東雲綾乃には一ミリも話を通していない。ていうか、あれ(刺◯未遂事件)以来、全身全霊で、あのド天然もの悪役令嬢とは疎遠を貫いている。今度こそ、本当にシャレにならないかもしれない。そのまま物理的な意味で。


「──ですね、そもそも綾乃さんは、どこぞの(女装)アイドル声優とは住む世界が違い、いわば声優界の至宝。女神です……ぷわあ〜、こほん……え、ええ、あの方の清らかな時間を、このような茶番で汚そうと企てたこと自体、万死に値する大罪。私こそが罪人でした」


 恍惚とした表情と台詞が全く噛み合っていないJKに対し、得意の営業スマイルで心の防波堤を築きながら、これから現れる危険人物……いや、待ち人に備えるべく、クイッと指先で変装用メガネを押し上げる。平たい顔だけに。


 それから、刻一刻と迫る待ち合わせの時間まで、心ここにあらず、というか、スカートの薄い布地が脚に張り付くのが鬱陶しいな、とか思っていたら、ふいに池袋駅の喧騒が一瞬凍りついた。ゾワリ──と、ブラウス越しの背筋に悪寒を感じ、反射、いや、生存本能的に、僕は後ろを振り返る。


「──いや〜、お待たせしました〜」


 果たして、間の抜けた声に反してそこにいたのは、クラシックなチェック柄シャツとワイドパンツの着こなし、今どきのニュアンスパーマを施したセンターパート。極めつけに、はだけた第一ボタンからさり気なくシルバーアクセサリー──って、誰だよこのイケメン。もはや眩しすぎて直視できないんだけど。


薫子かおるこさん、遅いです」


 とその時、僕の隣で仁王立ちとなったももちゃんが眉間のシワを深くする……? 


「ごめん桃香ももか! あ、それと俺のことは薫子じゃなくて、カオルね」


 おっと、新情報、ももちゃんの真名は桃香か……じゃなくて! 来るの女の子じゃなかったのか!? ていうか、カオル……薫《《子》》? はて? でもまさかな……。


「あ、こんにちはっす! たしか桃香と仲良しな、声優の橙華さんですよね? 『ゔぁるれこ』全話リアタイしてました!」

「あ、はい……ありがとうございます」


 てか、いきなり身バレしてんじゃん……変装意味なくね?


 しかもこいつ、厚底ブーツで盛ってる僕より遥かに背が高い。てか何より陽キャの距離感がウザい。


「──記念に写真一枚、いいすっか」

「え、写真? そ、それは、ちょ、ちょっとダメ……」


 必死に抵抗するが、このカオルとやらは、長いしなやかな腕を伸ばして。


「大丈夫、可愛く撮るからさ。は〜い、ウェーイ! パシャ──」


 ふわり、と薔薇のような凛々しい香りが鼻腔をくすぐった、その刹那。電車の到着を知らせる駅のホームアナウンス──



(──あんた、男だろ?)



「っ……!」


 瞬間、周囲の音が消え、心臓がドキリと跳ねた。


「橙華さん、どうかしましたか〜?」


 ハッと、顔を上げれば、表情筋が全く仕事をしていないももちゃんの隣で、何事もなく彼は──カオルは、スマホの画面を眺めて人懐っこく笑みを浮かべていたりする。


「あ、い、いや、なんでも、あはは……」


 幻聴……?


 けれど、視界の端で、激しさを増した雨音が、まるで僕をこの場に縫い止め、どこにも逃さないと言っているようで──、


(──って、なんの死亡フラグだよ、これ!?)

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