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オレンジボイス 〜底辺声優(♂)ですが、女装して美少女の声を演じています〜  作者: 乙希々


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東雲綾乃、正統派ヒロインになる。①

(──はあ? あの傍若無人で断罪ざまあイベントまっしぐらな正統派悪役令嬢(東雲綾乃)が、よりによって、お、男とデートだと? ないない、絶対にあり得ない……)


 東雲よりも先に着替えを済ませ、イベントの出待ち対策の変装──つまり、本来の自分、男の姿に戻った僕は、一仕事を終えた解放感に浸っているはず……が、気分がどうにも落ち着かない。


 帰り際に、ショップのガラスケースにずらりと並ぶ美少女フィギュアを眺めていても、推しの短いスカートの中身すら、今はどうでもよく思えてしまう。ふーん、白か……。


 でもまあ、東雲の中身はアレでも見た目だけは超絶美人だし、眷属……じゃなかった、男の一人や二人寄ってきても不思議じゃない、とか思いながら、ラノベの新刊でも覗いて帰るか、と踵を返した、その時。


 店内の雑踏が、空気が、一瞬だけ浄化された、気がした。


「あの……ちょっといいですか?」


 控えめな清楚ボイスに足を止め、ゆっくりと振り向く。


 そこには、限定フィギュアの造形さえ霞ませる、上品な佇まいの美少女、がいた。


 純白のブラウスに、淡い色合いのロングフレアスカート。


 艷やかな長い黒髪が風もなくさらりと揺れて、真っ直ぐに伸びた鼻筋、繊細でどこか儚げな唇、しかし、芯の通った切れ長の瞳が圧倒的なメインヒロインの風格を漂わせて──


「……っておい、一体どうしちゃったの、《《東雲》》パイセン?」


 思わず語彙力がフル稼働して東雲の造形を無駄に語ってしまった。


 もっとこう「そこには、いつものイケイケ令嬢ファッションではなく、何を血迷ったのか、キャラ崩壊というか、似合わない清楚系を着て突っ立っている東雲がいた」くらい、適当な描写で済ませとけば良かった、と深く反省。


「──てかそれ、新手の偽装工作かよ、だったらもっとさ、顔から滲み出る性格の悪さを上手く隠さないと。そんなんじゃ男が秒で逃げ──」


 バシッ!


「痛っ……い、いきなり何すんだよ!」


 いつ武器召喚したのか、清楚系にあるまじきノーモーションで脳天を打撃され、こっちは文句の一つも言いたくなる。ていうかその凶器(悪役令嬢御用達飾り扇子)、ミニライブの小道具だろ、現場から勝手にちょろまかしてんじゃねえよ。


「おい、あの子……」「まさか、そんなわけないだろ」「いや、あの扇子のさばき、まさか」「バカ言えよ、我らの綾姫があんなヒロインムーブしてねえだろ」「ぜ、絶対別人だって」「隣のモブ男、誰だよ?」


 何か周囲がざわついている。無理もない、いきなり清楚系美少女が扇子で男を張り倒したんだから。


 それに、いくらメイクが別人とはいえ、この美少女の正体がさっきまでステージに立っていた東雲綾乃、と常連のオタク共から気付かれるんじゃあ……というか、もはや、気付かれかけている?


 そんな僕の心配をよそに。


「登輝くん」

「は、《《登輝くん》》……? てかお前、本当にどうしちゃったの。つうか、これからデートだったんじゃ……。は、ははん、やっぱり嘘かよ、だったら夕飯がてらトッピング増し増しのラーメンでも食いに行くか、それとも特盛牛丼? あ、もちろん割り勘で──」


 パシッ! パシッ!


「だから痛えよ!? 凶器を連打するな、つうか、さっさとここから離れ──」


 言いかけた唇に、一瞬ひんやりとした指先が触れた。思わず喉の奥がゴクリと鳴る。


「ねえ、登輝くん……」


 わずかに僕から瞳を反らした東雲は、所在なさげに後ろで手を組み。


 頬をかすかに染めて。


 「これから私と、デート……しませんか?」

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