佐伯比呂の独白(モノローグ)
──まだ、私が私を偽っていた季節、高校の入学式。
癖のある短い髪を揺らし、世間が求める「らしさ」をなぞりながら、男の子という器に身を潜めていた虚無の世界に、彼は眩しい光をかざしてくれた。
私はその輝きに誘われ、自ら閉じこもっていた殻を、壊した。でも外の風は冷たく、好奇な目に晒された現実は、とても残酷だった。
それでも彼は、いつも温かく、柔らかな日差しで私を包み込んでくれた。恐ろしい外敵から、私を守ってくれた。
そして、私は今、ここにいる。
あなたのおかげで、今を生きている。生きる勇気をもらえた。
なのになぜ。
あなたは彼女に優しくするの?
いつも隣りにいるあの子に笑いかけるの?
彼の視線が彼女に向かうたび、私の心は、まるで壊れたガラス細工のようにひび割れていく。
どうして、私だけを見てくれないの?
そんなに、彼女が愛おしいの?
彼と彼女が楽しそうに寄り添うのを、いつも遠くから見ていた。割って入ろうとも思った。でも、できない。
二人の世界に、入れない。私は異物、だから。
あなたがくれたはずの希望、未来が、ぬかるみの中、泥々に黒ずんでいく。
『──もし、私が彼女と対等だったら、二人の世界に割り込めたのかな? ううん、きっとダメだよね……でも、でも今、この瞬間から、私は私のままで、永遠に二人の記憶に居続ける。最期まで、きっと、ふふ……ごめんね、二人の愛を、壊して……』
……と、そこまで比呂の心境、感情を乗せたところで、今度こそ僕の役目は終わった。
──【僕たちは終末の世界でアオハルする〜そして彼らは星になる〜】、略称、『終末アオハル』の劇中クライマックス。
物語のサブヒロイン──佐伯比呂が、メインヒロインである朝霧紅葉を瓦礫から身を挺して庇った直後……死にゆく間際。
台本になかった比呂の独白シーンが、恐れ多くも、原作者自ら描き下ろした脚本(マジで?)に沿って、新たに追加された。
ちなみに、最期の瞬間に比呂、というか、僕が放った台本ガン無視のアドリブ『ざまあみろ』は、最後の最後まで録り直しはされず、結局そのまま。
それこそ制作側は、この短期間で、原作ラノベでも語られなかった佐伯比呂の深淵を、原作者を巻き込んだ形で本編映像に組み込んできた。素直に驚く。
(……結果的に、僕のせいで、なぜ──)
「──そうね、デザートはまだかしら? 早く用意なさい」
「あ、はい、お嬢様、すぐ……じゃねえよ!? わざわざ高級宅配ピザ(LLサイズ)を頼んでやったんだ、食ったらとっとと帰れよ!」
「橙華さん、ももはシュークリームが食べたいです。チョコクリーム増し増しで」
「ちょ、も、ももちゃん、さすがに女子高生が一人暮らしの男のアパートに入り浸るのは、世間的にいかがなものかと……」
「せ、先輩、わ、わたしは、その、い、苺ショートが好きです。も、もちろん先輩も、ゴニョゴニョ(好き♡)」
平日の昼下がり。
ピザの匂いが充満する六畳一間に集う、現役女性アイドル声優三人+底辺声優(♂)。いや、なんでお前ら揃いも揃って人んちのちゃぶ台を囲んでんだよ、このヒマ人ども。
「──ああ、もうわかったよ、これからコンビニダッシュしてくるから」
このままでは埒があかないと、三人分の辛辣な視線(うち一人は恍惚としているが)を背中に感じながら、さり気なく男物の半袖シャツとデニムを掴み、バスルームへ……。
「ねえ、橙華さん、何どさくさに紛れて、勝手に着替えようとしているのかしら?」
ギクッ!
「え、ええっと……さすがにこの格好で外に出るのは……ちょっと、まずいかな、と思って」
今さらながら、萌メイド服(自前)の短いスカートを押さえながら、内股でもじもじ。
「却下よ、そのままで行きなさい」
「なんで!?」
「橙華さん、綾乃さんの命令は絶対です!」
「な、美琴は僕の元弁護人だろ、ちょ、ちょっと擁護──」
「へ? で、ではでは、い、異議あり! 現在、先輩の服装は公序良俗に反する可能性がありますが、か、かわいいから異議なしです♡」
「うるせーよ! つうか、公序良俗とかお前が言う!?」
……まあ、その、なんだ。
今後も、僕の「女装」アイドル声優としての苦難は続く……ようだ。




