新規カット、ですか?
──己の声優人生を揺るがしかねないほど波乱に満ちた『終末アオハル』の最終アフレコ(あとついでに魔女裁判もどき)から、およそ二週間が過ぎた。その間、紆余曲折(詳細は割愛)こそあれ、日々はただ、いたずらに流れていく。
……が。
ついに本日、恐れていた事態が起こってしまう。
「──あの……追加収録、ですか?」
「ええ、制作側からの要望です」
マジか。
今朝、腹黒……いや、敏腕マネージャーの柏木さんから連絡が入って、まあ嫌な予感はしていたが、案の定、急いでぎゅうぎゅうの満員電車に駆け込み、周りから好奇の目に晒されながら所属事務所に来てみれば──これだ。
(──やっぱ録り直しか。んでも、よくよく考えれば、いっそ録り直してくれた方が……)
「何でも新規カットを追加するみたいですね」
「……へ?」
と柏木さんの次の言葉に、僕の能天気で甘々な思考は即座に寸断された。
「し、新規カット──って、録り直しじゃないんですか!?」
「そうですね、新たに五分ほど尺を増やし、それを個別で収録する形になります」
「尺を増やすって……」
前回の収録で、確かにオールアップ(全部の収録が終了)したはずなのに。いや、まさかとは思うけれど、例の《《アドリブ》》のせい、とか……?
「それも、神坂君が演じる『佐伯比呂』がメインの新規カットみたいですよ? 事務所としては嬉しい限りです」
比呂がメインの新規シーン、だと? 絶対、あのアドリブ(ざまあ)のせいじゃん。
しかも、それをベースに公式が新たなシーンを作り出したってこと? んなバカな……。
「えー、本当ですか、やったー(棒読み)」
とはいえ、胡散臭い笑顔の腹黒メガネに、自分のやらかしを悟られてはならない。事務所解雇、それこそ声優人生が詰む案件だ。
「と、ところで柏木さん、個別の台本とかは、もうもらってますか?」
てか早く、その新規カットとやらの内容を確認せねば。
「台本ですか? もちろん頂いてますよ」
柏木さんはそう言って、ファイル(結構分厚くね?)を目の前に差し出した。
恐る恐るファイルを開くと、びっしりと書き込まれた台詞の数々。つうか、これで五分の新規カット? しかも、ほとんどが佐伯比呂の台詞──モノローグ(独白)ばっかじゃん。
傷心。
悲しみ、絶望。
これらを短期間で仕上げて、完璧にお芝居しろと?
んな無茶な。
「……分かりました。やります」
いくら無茶でも、これは僕が招いた事態。責任を持って、自分は最後の瞬間まで最高の「佐伯比呂」を演じ切らなければならない。本当、最後の最後まで容赦ないな制作陣。あと目の前の腹黒メガネも。
「それで、収録はいつですか?」
「明日です、朝からスタジオ入りしてください」
「あ、明日ぁっ!?」
くそっ、よりによって明日の朝かよ……ってことは練習時間がほとんどねえじゃん。
「じゃ、じゃあ、柏木さん、僕、すぐに帰って台本読みしてきます!」
急いで台本のファイルを、漆黒の痛バッグに詰め込んで荷物を纏める。
「はい、頑張ってください。ところで神坂君、今日は一段とキュートな格好ですね〜。何か心境の変化でもありましたか?」
「ないです!」
速攻否定し、ニヤニヤとイケメンスマイルを浮かべる柏木さんを背に、慌ててオフィスを飛び出した。
「ちくしょう、あいつら(特に某悪役令嬢)、覚えてろよ……!」
そう、あの悪夢のような魔女裁判で無残にも《《有罪》》判決となった僕は、今後一ヶ月間、外出時には榊美琴プロデュースの地雷系フル真っ黒コーデ(魔女だけに)が義務付けられてしまった……のだった。
それを律儀に守る僕も……まあ、大概だけど。
(ああくそっ、スカート短すぎっ! 走るとパンツが見え──)




