魔女裁判②
──密室と化したカラオケボックスの一室。
四面楚歌。逃げ場なし。
東雲綾乃に小倉もも、榊美琴──といったトリプル役満級のクセ強トリオに包囲された僕、橙華の受難は続く。
「は? ……魔女、裁判?」
「ええ。速やかに罪を認めれば、酌量の余地がないわけでもないわ」
と、箸に突き刺さった唐揚げを優雅に食す東雲。つうか、魔女裁判って、お前は中世の暴君かよ。
「じゃあ、さっさと今までの罪を悔い改めて、これからは人に迷惑かけずにだな、真面目に生き、」
『キーーーンッ! 私じゃないわよっ!』
耳をつんざくような東雲のガチ否定。けたたましいハウリング音とともに無理やり唐揚げの残骸が口に押し込まれた。
普段ならここで、鋭いツッコミの一つでも入れてバシッといきたいところだけど、もう収録やらのゴタゴタで疲れ果て、そんな気力すら湧かない。
「あ、ああ、綾乃さんと間接キッス……羨ましいです」
「せ、先輩、これ、よ、良かったらどうぞ、あ、あ~ん」
わなわなと肩を震わすももちゃん、それとなぜか食いかけのポテトを差し出してくる美琴の両名は華麗にスルーし、嫌々ながらも改めて東雲と向き合う。
「ケホケホ……、だ、だったら、意味わかんねえし、こっちはお前のしょうもない遊びに付き合う気分じゃねえんだよ」
思わず、乱暴な言葉遣いになってしまう。いい加減、カチンときているのも確かだ。
「そうね、その格好で凄まれても説得力がないわ。ねえ橙華さん、あら、ごめんなさい、今は佐伯比呂さん、だったかしら?」
「あぅ……」
着ているセーラー服を反射的に両腕で隠すがもう遅い。くそっ、だから早く着替えたかったのに。
「ってかもう、橙華でも比呂でもなんでもいいから、とにかくそっちで勝手にやってくれ」
勢い任せにソファから立ち上がった、けど。
「あら、逃がすわけないでしょう?」
東雲はふっと笑みを浮かべ、細い指先で腕をガシッと掴んだ。さらには美琴までがスカートのお尻を引っ張ってきた。ちなみに、ももちゃんはずっとストローで音を立てながら殺意を込めた眼差しで僕を見ている。ちょっと怖い。
「ああもうっ! だったら裁判でも何でも受けてやるよ」
こうなったらいっそ開き直ってドーンとソファでふんぞり返ってやる。
「せ、先輩、見えてますよ?」
「スカートのまま足を広げるなんて、バカなんですか……ぁ、と、橙華さんったら、はしたないですよ〜」
すぐさま両足を閉じつつも、気恥ずかしいやら、もはや何をムキになっているんだか、訳が分からなくなってきた。
「そ、それで結局、魔女裁判ってなんだよ……なんなんですか? ボ、ボクっていうか、私が一体何をした……したっていうの?」
とりあえず冷静さを装い、乱暴な男言葉を普段の橙華の口調に戻し、目の前で腕を組み仁王立ちしている東雲を見据える。
(──たぶん東雲が怒っているのって、アレのこと……だろうな)
立ち上がって真正面から向き合ったものの、視線を合わせることができない。
僕のアドリブ──あのたった五文字の台詞のせいで、本来『終末アオハル』のメインヒロインである朝霧紅葉を、二番煎じのヒロインへと貶めてしまった。
感動のエピローグすら台無しにする、メインヒロインへの恨みがこもった、台本にはなかった台詞。
現場から逃げたくなったのも、妻夫木さん、そして東雲、両主役に対する申し訳ない気持ちで一杯だったから。結局最後まで録り直しがされなかったことで、自分のやらかしの重大さが改めて身に染みている。
「あの、なんて言ったらいいのか……分からなくて、どうしてあんな台詞を口走ってしまったのか、自分でも制御できなかったというか……ええっと、その……ごめん」
「謝罪は結構よ。まずは、自分が何をしたのか、理解しているのかしら?」
「……はい。勝手なアドリブで作品を台無しにしました」
東雲は、ふんと鼻を鳴らし、冷ややかな視線を向けたまま組んでいた腕を解く。
「そう、分かっているなら話は早いわ。いちおう弁明の機会をあげる。なぜ、あんな台詞を吐いたのかしら?」
「……それは」
言葉が詰まる。なぜあんな台詞を言ってしまったのか、自分でもうまく説明ができない。台本にはない、感情の爆発だった、としか。
「……その場の雰囲気に飲まれた、というか、役に入り込みすぎて、つい……」
歯切れの悪い、子供じみた僕の弁明に、東雲の形の良い眉がピクピクと震える。ヤバい、ガチでキレてる。
「つ、ついね……。それで、あんなドス黒い怨嗟の感情が、貴方の役柄にあったと、本気で言うつもりかしら?」
「う……」
本当に返す言葉がない。東雲の言う通りだ。僕が演じた比呂は、決して紅葉を、ましてや翔太を憎むような子ではなかったはず。それなのに、どうしてあんな言葉が。
「まさか、原作を読んでなかった、とか、そんな言い訳かしら?」
「い、いや、それは──」
僕は、それこそ原作ラノベを何度も何度も、ページが擦りきれるほど読み返した。佐伯比呂という、一人の《《少女》》の闇と孤独に寄り添い、何気ない台詞の一つ一つに込められた心境を考えて……。ああ、そうだ。そこで気づいたんだ。
「……東雲、僕は間違っていない。たしかに台本とは違う台詞だったよ。原作だって、比呂の最期の言葉は「ありがとう」だった」
「ふーん。で、その結果に至る経緯は?」
「考えてみろよ? 本当、比呂は誰に対しても天使みたいにいい奴だった。でもさ、あいつ、原作じゃあ紅葉と一度だって心の内はさらけ出したことがないんだよ。それどころか、まともに感情的な会話すらしていない」
それこそ比呂と紅葉は、一人の男、翔太を巡っての避けようのない恋敵だ。言うならば「負けヒロイン」と「メインヒロイン」の関係。特に比呂は、翔太と相思相愛の紅葉を憎むことはあれど、決して良い感情を抱いているはずがない。
「そんな相手を、クライマックスで身を挺して瓦礫から庇うか? いや、たとえ偽善的に庇ったとしても、それで自分が致命傷を負って、愛する人と結ばれないまま死にいく間際だ。最後の一言が、心からの感謝の言葉? はあ、絶対にあり得ないだろ」
「だから、あの「ざまあみろ」だった、と?」
「そうだよ、たしかに怨嗟の言葉だった。でも、あれは決して嘘じゃない。少なくとも偽りの「ありがとう」なんて、絶対に言わない……ええっと、言わなかった、はずだと、僕は思います……だといいな、ははは……」
東雲の鋭い視線に、だんだん言葉が尻すぼみになってくる。とはいえ、東雲は少しだけ表情を和らげたように見えた。
……が。
「で、弁明は以上かしら?」
「ふぇ? ぁ、はい、以上……です」
「そう。では、検察側の主張を述べなさい」
そのとき、ももちゃんがストローをずずっと吸いながら。
「有罪ですね。魔法少女ならびに魔女で間違いありません」
「ま、魔女? ちょちょ、ちょっと、ももちゃん何いってん──」
「次に弁護人、何か申し立てはあるかしら?」
そして、黙って経緯を見守っていた美琴が、そっと僕のスカートの裾を引っ張り。
「特にありません。被告は己の罪を認め、速やかに、わ、わたしの、ほ、保護観察に入るべきです。せ、先輩、早速、今日から一緒にく、暮らし……」
「暮らさないから!? つうか、弁護人だったらちょっとは反論して!」
てか、魔女とか罪とかなんだよ、そもそもこんなの最初から有罪確定じゃねえか。
「では、判決を言い渡すわ」
「え、いきなり!?」




