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オレンジボイス 〜底辺声優(♂)ですが、女装して美少女の声を演じています〜  作者: 乙希々


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102/112

魔女裁判。

 ──あれから一時間近く待たされ、ようやく収録は再開された。


 残りのアフレコは何の問題もなく進んだ。ベテラン声優、妻夫木渡が熱演する主人公、藤原翔太と、若手実力派かもしれないアイドル声優、東雲綾乃が魅せるヒロイン、朝霧紅葉。二人の織りなすクライマックスシーン、そして感動のエピローグ。その全てから、僕の演じた佐伯比呂の存在は完全に消え去っていた。まるで劇中から抹消されたみたいに。


 当然だ。僕が《《彼女》》の「自己犠牲」という尊い物語を、完全に壊してしまったから。


 台本を無視した、勝手な自己解釈のアドリブ。それに伴う決定的なキャラ崩壊。僕が発した「ざまあみろ」という台詞について、結局制作側からの言及はなし。完全にスルー。録り直しもされず。


(あり得ないだろ……)


 そうこうしているうちに、最後のガヤりも終わり、オールアップの声がかかった。


 定番の花束が声優キャスト陣に配られ、僕だけ音響監督から直々に渡される。なぜ?


 その際に肩をポンと叩かれた。ありがとうございます、としか言えない。謝罪の機会を完全に失った。


 妻夫木さんや他のベテラン声優たち、制作陣に対し、挨拶もそこそこに、僕はスタジオを後にする。


 というか、逃げた。


 ……けど、出口寸前で捕獲され、そのまま拉致られた。


 もう勘弁して、欲しい。




 ◇


「──キーン、東雲綾乃、真心を込めて歌います。それでは聴いてください。『恨み女子高生みここちゃん』第一期オープニング『地獄に流されろ恨み節』──はあ〜、この世はまるで地獄ね〜、渡る世間はリア充ばかり〜♪ ◯ね」


「えへへ、あ、あの、橙華センパイ、今日の収録、お、お疲れ様でした。これ、私が調合した特製ジュースです、ぜ、是非お飲みください」


「え、色からして、ぶどうかベリー系かなにか、かな?」


「い、いえ、ドクダミ茶と、野菜ジュース、カフェオレ、あとコーラを独自の比率でミックスしました。ミルクとシロップも増し増しです。と、とても甘々でおいしいです、よ?」


「んなもん、飲めるかー! って、コホン……あ、その、美琴、今日の収録来てたんだっけ? 前回で出番は終わったんじゃ──」


「もう、二人ともうるさいですっ、綾乃さんの美声が聞こえません!」




 空調の設定温度が低すぎるのか、ブルっと肌寒い。


 ここは外界から完全にシャットアウトされたカラオケボックス。


 そんな助けを求める術などない密室に、とき狭し集まるのは、女三人と女装男子ひとり。


 メンバーは、例によって赤タイトミニスカートがセクシーすぎる東雲綾乃パイセン。今日の収録では出番無しだったはず、フリルつきのゴシックな黒ドレスがとっても地雷な榊美琴。それになぜかいる、お騒がせJKアイドル声優、あざといチェック柄ワンピースの小倉もも。最後に、夏服セーラーのまま拉致られた僕、橙華だったりする。


 ってことで、こんな癖の強い面々に包囲され、東雲が熱唱するコブシの利いたアニソンをBGMに、僕は短いスカートの中身が見えないよう細心の注意を払いながらソファに身を縮めている。


 なんでこうなった? 自己嫌悪に浸る時間も与えてくれないのかよ、全く。


「神坂センパ、んん、橙華センパイの、太もも、真っ白です、ね。せ、セーラー服かわいい……えへ、えへへ……」


 早速、隣りに座る美琴からの百合発言……いや、格好はこんなんでも一応中身は男だから、セクハラ? ……って、今はそんなのことよりも。


「ねぇ橙華さん、わかっていますよね? わたしと綾乃さんの邪魔はしないでください(ニコッ)」


 さらに、テーブルを挟んで座る小倉もも、ももちゃんが、さりげなくフォークの先端をこっちに向けてくる。相変わらず怖いんだけど。


 それでもって、歌い終えた東雲が乱暴にマイクを放り投げ、お構いなく僕と美琴の間に割り込んで座る。圧がヤバい。


「……東雲先輩、そこ邪魔です、けど?」

「貴方こそ邪魔よ、今すぐ消えなさい」

「綾乃さん、ももの隣、空いてますよっ!」


 と、なんだか三人で揉めだした──かと思えば、次の瞬間、皆の鋭い視線が、僕に集中した。まるで小動物に狙いを定める肉食獣みたいに。


 三者三様の重圧に耐え兼ね、ソファの背もたれに体を押し付けつつ、こういう展開って、ハーレム系勘違い主人公の末路ざまあでよくあるやつ……とはちょっと違うか。


 絵面的には、仲良し女子四人組(セーラー服姿の自分を含む) がカラオケに来ただけだし。


「あ、あの、今日はなんの集まりかな?」


 勇気を出して声を上げたタイミングで、誰かが注文した品を持って入ってきた男性店員が、気まずそうに盆を盾にコソコソと退散。僕も一緒に厨房でもどこにでも連れて行ってほしい。


「そうね、今日は収録の打ち上げ、ってところかしら」


 それで、逃さないわ、とばかりに山盛りの唐揚げにブスッと箸を突き刺す東雲。


「それと」


 嗜虐的な笑みを浮かべて。


「魔女裁判、かしら」

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