祝福の詳細
庭園に向かう道中に考える。アスターと王の親子関係について。
王のしたことについては本人に話した通り咎めるつもりはない。しかし彼らの関係があまり良好ではないのは気になるところ。
王がアスターに抱いていた憎しみは本当に一時的なもので、今はそんな感情は微塵もないことはよく分かった。
だからどうにかして良い方向に持っていきたいが、それを推し進めていく前にまずはアスターが父親のことをどう思っているのかを知る必要がある。
出来れば仲良くしてほしいが、無理強いをさせるつもりはない。
庭園の近くまでやって来ると、何かの楽器の音が聴こえてきた。
よく耳を澄ませるとそれはヴァイオリン。軽快な曲を奏でている。
廊下と庭を繋ぐ出入り口から外に出ると、音はより一層鼓膜を震わせる。
奏者はシラーだった。庭に設置されたテーブルと椅子の側で、腰を下ろしているアスターに披露するように弾いている。
使用人が複数人いることも確認出来た。
不思議なことにこの軽快な曲を聴いていると、これまで蓄積された暗い感情が徐々に霧散していき前向きな気分になるのだ。
楽しげな音楽を前にすれば多少なりとも明るい気分になるのは自然の摂理ではあるが、これはそれの比ではない。
通常の音楽がもたらす力の範疇を有に超えている。洗脳や催眠といった精神攻撃と同等の力があると言っていいだろう。
「来たな」
ルナリアとマリーの接近に気付いたアスターが呟くと、シラーは演奏をやめた。
「父上とのお話は終わりましたか?」
「はい。あのシラー様、今のは?」
マリーが引いてくれた椅子に座りながら尋ねる。
「音魔法です。効果としては楽器が出す音に魔力を込めて聴いている人の精神に働きかける、といったものです。最近確立されたもので、主に医療現場で音楽療法として用いられます。興味があったのでこうして練習していたのですよ」
「それはすごいですねっ、こんな魔法を編み出せるなんて……!」
説明を受けて、音魔法の効果で高揚していた気分が更に高まる。
人間は短命だけれど——否、短命だからこそ次から次へと新たな技術を生み出していく。
これは魔法に限った話ではなく軍事や農業、その他社会構築に関わるもの全てに言えることだ。
劇的な変化を前にすると時折置いていかれた気分になるが、新しいことを覚えるのは楽しいので、人間のそういったところをルナリアは好いていた。
マリーが淹れてくれた紅茶を飲みながら、いくつか質問を投げかける。
「効果はどのくらいもつのですか?」
「個人差や環境差によりますが、大体一日くらいですね」
「何か副作用みたいなものは」
「長時間聴くのは良くないと言われています。常時聴いていないと落ち着かないという依存状態に陥るそうです。なので私も普段は一人きりになれる場所で練習しているのですよ。地下に私専用の工房があるので、そこで」
ほうと相槌を打つと、また新たな疑問が生まれる。
「これって演奏する人にも効果が及ぶんでしょうか?」
「いえ、奏者本人には効かないようになっています。そうしないと長時間練習出来ず習得に時間がかかってしまいますし、病院での施術の際に人数制限がかかってしまいますから」
こちらが懸念していたことに全て答えてくれた。
「そういえばルナリア、貴女に聞きたいことが」
一通り聞いて満足した後、頃合いを見計らうようにアスターが声をかけてくる。
「なあに?」
「貴女から授かった祝福についてだ。こちらの認識が合っているか確認しておきたい。——まず始めに、祝福の効果は物を弱体化する、で間違いないか?」
「うん、合ってるよ」
「そうか。なら次は能力の発動条件について。現在は普段オフの状態になっていて、危険を認識して初めて能力が発動するという流れなのだが、どうも赤ん坊の頃は違ったみたいでな。孤児院の職員の話によると、能力は常にオンの状態——つまり危険を危険と認識しなくとも発動する状態だったようなんだ。それが成長するにつれて変化していったみたいでな。これは想定された変化なのか? それとも——」
「大丈夫、不具合とかじゃないから安心して」
危険察知能力が育まれていない幼い内は常時発動状態になるようにしていた、と話せば彼はほっと息を吐いた。
「では最後に生き物に使用した場合について。動物、魔物、人間問わず、対象の筋肉を一時的に衰えさせる、で合っているか?」
「うん」
仮に誰かが殴りかかろうとしたとして、アスターに近付けば近付くほど腕の筋力は落ちていき、殴打予定部分に到達する頃には一切の威力もないままただそこに触れただけの状態となる。
同じく弱体化を持つルナリアにやっても同様に。
疑問を解消したアスターは最後にありがとうと言って話を締めた。
「そうだ、私からも聞きたいことがあるんだった。アスターは魔法って使える?」
「使えないな。もっと詳しく言うと、魔力はあるにはあるらしいんだが俺はそれを使うことが出来ない」
「魔力管がないんだね?」
具体的な症状を述べればそうだと返ってくる。
魔法使いの身体的特徴として、非魔法使いにはない二つの要素がある。
一つは魔力器。
そしてもう一つが魔力管。
魔力器は魔力を体内に溜めておくためのもので、魔力管は体内の魔力を魔法に変換して放出する役割を持っている。
このどちらかでも欠けていたら魔法は使えない。
アスターの言う魔力はあるが使うことが出来ないとはつまりそういうことだ。
「調べた際に魔力の量はかなりのものだと判明したんだが、使える手段がないとなれば完全に宝の持ち腐れだ。……はぁ、俺も指先一つで炎とか出せるようになりたかった」
言いながら残念そうにパチンと指を鳴らす。
「出来るよ?」
「え?」
「妖精の能力にね、祝福を与えた人間の身体を強化するっていうのがあるんだ。勇者メンバーも大妖精達にやってもらっててね。勇者も君と同じくに魔力器だけあった人なんだけど、大妖精様に身体を弄ってもらった後は魔法を使えるようになったんだ。だからアスターも同じように施術すれば魔法使えるようになると思うよ」
「本当か⁉︎ 是非ともお願いしたい!」
その話を聞いた彼は弾んだ声で申し入れた。
ルナリアとしても襲撃者との戦いに備えて少しでも死亡率を低くするために施すのは賛成だ。だがやる前に一つ重要な事を伝えなければならない。
「あのね、身体強化ってものすごく痛いらしいんだ。だからそこだけ了承してほしい」
「なるほど……、了解した。大丈夫だ、力を得られるのならどんな苦痛にも耐えてみせる」
両手をぐっと握りしめて意気込む。
王族として、力を持つ者としての責務を全うしようとする姿勢は素直に尊敬の念を抱かせる。
「お互い頑張ろうね。——……それでねアスター、もう一つお話があるんだけど」
ある程度場は温まってきた。やるなら今だろう。
ルナリアは意を決してこの庭園に来る前から気になっていた事を尋ねることにした。
「なんだ?」
「えっと……アスターは王様の事どう思っているのかなって」
一瞬の沈黙。時が止まったかのように微動だにしない彼。
あのときと一緒だ。昨夜森にいた経緯を尋ねたときと——。
「……父から何か聞いたのか」
「うん、君が生まれた直後のことを」
「そうか……。すまん少し待ってくれ」
アスターはそう口にするとマリーをはじめとした使用人達に目配せを送る。するとマリー達は一礼して庭園から出ていった。
人払いをしたかったようだ。シラーは残しているということは、彼は真実を知っているのだろう。
「それで、父上についてだったな」
「うん。——先に言っておくけどねアスター、私は王様に何かをするつもりはないよ」
「そうか……」
彼の肩が僅かに下がる。表情が見えずとも それだけで彼が安堵しているのは手に取るように分かった。
「昨夜は申し訳なかった、貴女を騙すようなことをして……。愛し子を迫害された妖精が怒って町一つ滅ぼしたという事態が大昔にあったと聞いたから、警戒してしまってな」
「た、たしかにそういう過激な人もいないことはないけど……。そのことについては別に気にしてないよ。ただね、お父様とあまり折り合いが良くないみたいだから気になって……」
「…………」
今度は長い長い静寂。アスターは顎に手を当てたままの姿勢から動かない。
自分の意思を頭の中で整理しているようだったのでルナリアは待った。
「——俺は……——」
実際は一分も経っていない。それでも長く続いたと錯覚させる静けさを打ち破り、アスターはゆっくりと自身の心情を語った。