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石の迷宮

 エルダリス国の北に位置する平原には巨大な石造りの建造物がある。

 地上二階建て、地下十二階建てで構成されたそこは通称〝石の迷宮〟と呼ばれていた。

 この迷宮は元々高知能な魔物の住処だった。しかしなんらかの理由で手放したか、あるいは全滅させられたのかは定かではないが、作った本人達は数百年前から既におらず、今は多種多様な魔物が棲みついている。

 中には高度な技術で作られた道具や宝物が眠っているが、それらを手に入れるのは至難の業。

 凶悪な魔物の他に、至るところに仕掛けられた罠が侵入者の行手を阻む。

 そんな危険極まりない場所にやってくる人間は大きく分けて二通り。

 純粋に宝目当てか、あるいは強い魔物との戦闘。

 アスター・エルダリスは後者であった。




 ソレが歩くたびに床から振動が伝わってくる。

 石の迷宮地下五階。長い長い通路の先、アスター達に背を向けて全長6メートルの巨人がのそりのそりと移動していた。手には体躯に見合った大きな棍棒が握られている。

 その様子を曲がり角から覗くアスター、ルナリア セレン、そして多数の兵士と宮廷魔法師。

「あれは……サイクロプスか?」

「ですね。どうします? 挑んでみますか殿下」

 セレンに尋ねられ少しの間考え込んだ後、首を縦に振る。

「皆はここで待機していてくれ」

「承知しました」

「気をつけてねアスター」

 若干心配そうな恩人に頷き返す。仮面で見えないのは分かっているけれど、自然と安心させたい思いからか顔は微かに笑んでいた。


 一連のやりとりを終えて、巨人のもとへ近付いていく。

 佩用した聖剣を抜き、何が起きても冷静であれと自分に言い聞かせながら、毅然とした態度で歩み寄る。

『いいか、くれぐれも致命傷だけは負うなよ? この肉体が生命活動の維持出来ない状況になればお前だけでなく俺も死ぬんだからな』

 通路を半分ほど歩いたところで、痣がもう何度も過去に聞いた内容を口にした。

 距離はだいぶ離れているので、ルナリア達には聞こえていないだろう。


「ああ、分かっている」

『まったく……こんなことに付き合わされる俺の身にもなってほしいぞ』

 うんざりとした感情を言葉にした後に大きくため息をつく痣。

 気持ちは分からなくもない。誰だって自分の意思とは関係なく危険な場所になど行きたくないだろう。

 しかしながら、こちらが強くなるためだ。離れられないのなら付き合ってもらうしかない。


 サイクロプスが進行方向の突き当たり、そこを左に曲がろうとしたところで行動を起こす。

 左手を前に突き出し、恩人からの贈り物、弱体化の魔法を行使する。

 するとドシンと一際大きな地響きが起きた。

 身体の力が抜けたサイクロプスが盛大に尻餅をついたのだ。

 何が起きたのか分かっていないのだろう、サイクロプスは困惑気味にキョロキョロと辺りを見回していたが、こちらの存在に気付くと動きを止めた。

 大きな一つ目は明らかに義憤に駆られている。

 雄叫びをあげ棍棒を投げつけてきた。動作はぎこちないながらも勢いはきちんと出ている。


 ——やはりでかい相手には効きが弱いのか。

 弱体化の効力は対象の大きさによって変わると事前にルナリアから聞いていた。だから焦りはない。

 ダッと石畳を蹴り駆ける。

 目の前に迫ってくる棍棒に、先程と同様に左手を突き出せば一瞬にして朽ちてボロボロと崩れていった。

 木片を浴びながら標的へと距離を詰める。


 四つん這いに体勢を変えたサイクロプスは近付いてくるこちらを潰そうと片手を振り下ろてきた。

 これに対し自身をかこむようにドーム型の魔法障壁を展開させて攻撃を防ぐ。

 結果上手くいったものの、相手が執拗に障壁を叩いてくるのでこのままでは身動きがとれない。

 

 そこでアスターは指をパチンと鳴らし障壁の外側に沿って炎を出現させた。

 サイクロプスが熱がっている間に障壁を解除し、今度は顔面目掛けて火球を放つ。

 ドシンとまた大きな音を立てて巨人は後ろに転倒。

 この好機を逃しはしない。巨人の身体によじ登る。

 狙うは頸、そこに辿り着くと構えた聖剣を思い切り突き刺した。

 鼓膜をつんざく絶叫。その(のち)にサイクロプスは事切れ、完全に動かなくなった。


 達成感と疲労感から息を吐き、剣を鞘に納める。

 遠くの方で聞こえる幾人もの感嘆の声。

 近付いてくる複数の足音。


「お見事です」

 パチパチと手を鳴らし賛辞を口にするセレン。

 その横を通りルナリアがこちらに駆け寄ってくる。

「怪我はない?」

「ああ、大丈夫だ」

「そっか、良かった……」

 ほっと安堵する彼女の表情に胸が温かくなるのを自覚するが、それが全身に広がるよりも前に再びセレンが口を開いた。


「本日はここまでにいたしましょうか」

「——そうだな、さすがに疲れた……」

 ここに来るよりも前に何回か一人で魔物と戦ったのだ。疲れにくい身体になったとはいえ、さすがに慣れないことをすれば体力的にも精神的にも消耗は激しい。


「ではそこの角を左に。その先に転移陣があるはずです」

 転移陣とは、転移魔法が施された魔法陣のことだ。

 事前に迷宮の下見に来ていたセレンの話によると、この先にある転移陣は一階の出入り口付近と繋がっているらしい。

 階段を上る手間が省けてアスターは内心喜んでいた。

 護衛として来てもらった兵士と宮廷魔法師の間に挟まり歩を進める。

 ——あれか。

 曲がった先の行き止まりに青く光る魔本陣が一つ。


「ここにスイッチがあります。お気を付けください」

 声を上げる先頭の兵士の足元の床を見てみると、たしかに存在していた。赤く色付けられており遠くからでも視認は容易い。

「なんだあれ、罠にしては随分と目立つ……」

「ほんとだね。不思議——あっ」

 会話の途中で上を向いたルナリアが何かを発見したようだ。

 同様に上を見てみると一匹のスライムが天井を這っていた。


「珍しいですね、こんなところにスライムなんて」

「たしか通常は地上階にしか生息していないんだよな」

「ええ」

 ここに来る前に教わった情報をセレンに確認する。


 この迷宮は階層が深くなるにつれて魔物の強さが上がってくる。

 なので比較的初心者でも倒すことの出来るスライムは地上一階や二階に生息していることが多い。

 地下五階(こんなところ)で出会えたという物珍しさはあれど所詮はスライム。発見したルナリアもすぐに興味をなくし視線を上から前方へ。


 スライムは依然としてこちらと並走するように天井を這い続けている。

 こちらがちょっかいをかけなければ危害を加えてくることはない、そもそもスライム一匹に襲われたところでここにいる全員痛くも痒くもないということもあってそのまま放置していたのだが……。


 倒しておくべきだったのかもしれないと、数秒後後悔することになる。


 転移陣との距離が少し近くなったところで気が付いた。前方の天井にも何かが張り付いている。

 目を凝らして確認すると、蜘蛛型の魔物だった。


 こちらも大した脅威ではない。ただスライムにとっては厄介な相手だったのだろう、接触を避けるためか天井から剥がれポトッと落ちた。

 そのとき、ポチッと異音が。


「あ……」

 スライムが下りた場所に、偶然にも不運にも丁度例の赤いスイッチがあったのだ。

 へこんだスイッチは消滅し、代わりに眼前に眩い光が現れて思わず目を瞑る。

「なんだっ⁉︎」

「わっ⁉︎」

「殿下! ルナリア殿——!」

 セレンがこちらに呼びかけた直後——。

 周囲の人の気配が少なくなった。




「——んん……はっ⁉︎ ここは……?」

 次に目を開けたときにはルナリア以外の仲間の姿がなかった。

 それだけではない。明らかに先程までいた通路と異なる場所に移動させられている。

 元々いた通路は行き止まりだったが、今いるここは道が続いていた。


「無事かルナリア」

 困惑する脳味噌を落ち着かせて、とりあえずは彼女の安否を確認しようと声をかける。

「うん、なんとか。——私達だけどこかに飛ばされちゃったみたいだね」

 彼女もまた完全に状況を飲み込みきれていないのか、顔に不安を浮かべてキョロキョロと首を動かした。


 アスターも同様に辺りを見回すがやはり自分達以外に人らしき姿は見えない。

「まずいな、早くセレン達と合流しなければ……しかしどっちに行けば……」

 自身もルナリアも常人よりは強いとはいえ、二人だけで危険な地に留まるのは得策ではない。恩人に負担をかけないためにも、一刻も早く皆のところに戻りたいと気持ちが早る。

 しかしながら、前にも後ろにも道は続いている。一体どちらに向かえばセレン達のもとに辿り着けるのだろうか。


「アスター」

「それよりも救助が来るのを待った方がいいのか……? いやだめだあのときスイッチは消滅したはずだから向こうがここに来られる確率は低い。なら動いた方が……でももしここが深層だったら闇雲に動くのは危険——」

「アスター」


 考えがまとまらず右往左往していると、ルナリアが手を掴んできた。

「進むにしても待つにしても、とりあえず心を落ち着かせるために一旦ここで休憩しよう?」

「し、しかし魔物が……」

「幸い近くに強い魔物の気配はないよ、弱いのの気配がちょっとするくらい。だから今のうちに休も? パニックのまま動くのは良くないよ。それにアスター、何回も一人で戦ったから疲れているだろうし」

 こちらの手を優しく包み「ね?」と微笑み諭す彼女。


「——そう、だな。すまない、見苦しい姿を」

「ううん、誰だってこんな目に遭えば慌てるよ」

 促され近くの壁に隣り合って寄りかかる。魔物がいないとはいえ安全が確保されたわけではないのでさすがに座るのは遠慮した。

 彼女の言動のおかげで僅かに精神が安定し始めた。


 数分経った頃には頭もだいぶ冷えてきた。

 もう少ししたら今後どう動くべきか改めて考えよう、そんなことを思っている傍ら、余裕が生まれた脳味噌が妙な思考に走る。


 二人きりだ。

 彼女と。


 そう意識した途端、心臓の鼓動がドッドッドッと早まり、思わず胸を押さえ壁に片手をついた。

 ——ああまた胸が苦しく……なんだこの感情は……⁉︎

 なんとか堪えているが、今すぐにでもうずくまりたいほどに身体が熱い。

「アスター? どうしたの?」

 心配そうに尋ねる声は今のアスターの耳には届かず。

 少し前からずっとこうだ、彼女の存在に心がかき乱されている。


 ——今まで違う違うと自分に言い聞かせていたが、ここまできたらもう認めるしかないのか……。この体調不良は夏の暑さのせいなどではなくこれは……——。


 ようやく見て見ぬフリしていた感情に向き合おうとしたそのとき、不意に顔前の圧迫感が消えた。

 直前に聞こえたパチンと仮面の留め具が外れる音。

 ルナリアの手によって仮面が外されたのだ。

 本来ルナリアの背丈ではアスターの頭部に届くことは出来ないのだが、彼女は妖精。飛ぶことで解決している。


 薄い羽を動かし宙を浮く彼女の手が俯いていた顔を上向かせる。

 星のような銀の瞳に見据えられ、石のように硬直する身体。


「お顔、すごく熱いね。具合悪い?」

 頬に触れていた片手が額に添えられ、その上からルナリアは体温を確かめるように自身の額を重ねてきた。

 鼻同士が触れ合う距離。

 元々上がっていた体温が更に高まり、雷に撃たれたかのように全身が震え、力の抜けた脚が膝をつく。

「だ、大丈夫……?」

「ちょっと駄目かもしれない……」

「えぇっ⁉︎」


 項垂れた体勢のまま、力ない声で呟きながら。

 ——自分は彼女に惚れたのだ。

 そうはっきりと自覚したのだった。

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