暗雲
今回は短めです。
全ての騒動が収束し深夜——草も木も眠る午前二時。
今宵は新月、月明かりのない外は真っ暗闇。
そんな中、エルダリス城第一王子の寝室にて。
蝋燭の火がぼんやり灯る部屋で、王子の身体は活動していた。
鼻歌交じりに粘土で何かを作っている。
地下工房で置き去りになっていたのをこっそり持ってきたものだ。
部屋に他者がいないからか仮面は外している。
なので彼の容貌が露わになっている状態。
いつも通りの紫の髪。
いつも通りの人面瘡。
いつも通りの祝福の証。
そしていつもと違う、血を連想させる赤い瞳——。
「よし、こんなものか」
粘土をいじくり回すこと数分。ただの土の塊は、立派な竜の像へと姿を変えていた。
「あとは焼くだけ。工房を借りるか——……いや、こっちの方が早いな」
像を浮かせ、バルコニーまで移動し、パチンと指を鳴らす。
すると——。
ゴォッと突然何もないところから炎が現れ、像を熱し始めた。
「……〝魔力はあるが使うことが出来ない〟とお前は言っていたけどな」
燃え盛る像を横に移動させ、バルコニーの壁に肘を置く。
「当たり前だろ、これは俺の魔力なんだから」
と、本来の身体の持ち主である彼に向けて言葉をかける。
届いていないと分かった上で。
彼が眠っている間しか、この赤目は身体を操ることが出来ない。
「それにしても、今回はちと派手に動き過ぎたか。しばらくは大人しくしておいた方がよさそうだな」
誰に聞かせるでもない独り言が続く。
「だいいちあの第二王子が余計なことをしなければ……っ。——でもまあ、大目に見てやるさ今回は。面白いものも見れたしな」
そうして一人でブツブツと喋っていると、バルコニーの壁に何かが留まった。
燃える像を光源にして確認してみる。
一羽のミミズクだ。炎の灯りに引き寄せられたのだろう。興味深そうにこちらを見つめている。
「なんだ、見せ物じゃないぞ。ほらしっしっ」
手を払うが飛び去る気配はない。
「こんの——っ。……いや、待てよ」
焼き殺そうと片手に炎を纏わせるが、何かを閃いて動きを止める。
「せっかくだ、つい最近覚えた曲を聴かせてやろう」
にやりと邪悪な笑みを浮かべ、ん、んと咳払い。
優美で冷淡な歌声を魔力とともに夜空へ放つ。
ラララ……と奏でる旋律は第二王子が生み出した呪いの歌。
眠りへと誘う昏睡曲。
それを至近距離で聴かされたミミズクの瞼は段々と重くなっていき——。
そして遂にはぐらりと身体を後ろに倒し、真っ逆さまに落ちていった。
「やはり声でも作用するのか」
満足のいく結果が得られてほくそ笑む赤目。
そろりと下を覗き込む。
ここからではよく見えないが、この高さからの落下だ。きっと今頃肉塊と化しているだろう。
「近いうちにあの妖精を始末しようと思っていたが……気が変わった。これがあればその必要もない」
気分はまるで新しいおもちゃを手に入れた子供のよう。
右目の下、祝福の印をするりと撫でる。
「手放さずに済みそうで良かったよ」
ククク、と悪どい笑い声はやがてまた呪いの歌へ。
今度は魔力を込めることなく、ただ純粋に、人々を惹きつける美声を響かせている。
——今度こそ全てを終わらせてやる。
炎に包まれた竜の像の間から眼下の街並みを覗く。
土人形によって家々が焼き尽くされているように見えるその光景は、さながら120年前の邪竜による厄災を彷彿とさせた。