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地固まる


「……——シラー」

 身体を軽く揺すられている。

 誰なのかは声から察せられる。

 地下工房から自室に運ばれた後、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 瞼を開けると、眼前に仮面を付けた状態の兄が。


「すまない、うなされていたから」

 言いながらこちらを覗き込むような体勢を崩し、ベッドに腰を落ち着かせる。

「いえ、こちらこそすみません。いつの間にか眠っていたようで——」


 起きようとするも身体が鉛のように動かない。どうやらルナリアから受けた弱体化の魔法がまだ解けていないらしい 。

 そのままでいいと言われたので、僅かに持ち上げていた頭を枕の上に戻した。


 外は相も変わらず雨が降っている。

「お前にいくつか聞きたいことがあるんだが、いいだろうか?」

「はい。……ですがその前に少しお願いが」

 今更しらを切るつもりはない。ただどうしてもこれだけは頼みたいことがあった。


「なんだ?」

「……仮面を外していただけませんか」

「…………」

 兄は顔を俯かせて拒否を示す。

「お顔が見えないのは怖いです」

 分かっている、現状向こうがこちらと顔を合わせづらいと思っていることも、自分がこんなことを言える立場にないことも。

 けれどどうしてもこのざわざわとした感情を払拭させたい。

 このままでは不安で押し潰されてしまいそうだ。


 しばらくの沈黙の後、パチンと留め具を外して兄は応えてくれた。

 露わになった顔。

 悲哀に染まった表情。

 母が自分を叱るときの顔に似ていて、少しいたたまれなくなった。


「言いたくないことに関しては無理に答えなくていい。——それじゃあまず一つ、どうやってシベリカ公が王妃殿下に毒殺を強要したと知ったんだ?」

「だいぶ前にあの人の家に行った際に、酒で酔わせて吐かせました」

「いつ頃の話だ?」

「たしか……十二歳のときだったかと」

「そんな前から……」

 兄は思い詰めた顔をする。


 ——ああ、これだからこの人に知られたくなかったんだ。

 彼の性格上、事実を知れば責任を感じてしまうだろうと思ったから、彼の知らないところで全てを終わらせたかった。

「誰にも言わなかったのは確固たる証拠が見つからなかったからか?」

「ええ、減刑以前に信じてもらえない可能性がありましたから。咎人には相応の罰を。母を死に追いやったあの男を確実に裁きたかった」


 こちらの発言に、兄の表情が険しいものに変わる。

「王妃殿下はお前がこんなことするのは望んでないよ」

「やはり兄上もそうおっしゃるのですね」

 鬱陶しげに目を閉じた。こんな態度を取るべきではないと分かってはいるが、短時間に二度も同じことを言われるとさすがにうんざりしてしまう。


「——復讐に、故人の遺志は関係ないでしょう? 誰のためでもない、私は私のために遂行しようとしたまで。だってこのままでは、いつまで経っても(はらわた)が煮えくり返ったままですから」

 心の奥底で燃え盛る憎悪が、これ以上広がらないように。

 その元凶となるものを断ちたかっただけ。


「……そうか、そうだな。王族として節度ある行動を、と言うべきなんだろうが。たぶん、俺がお前の立場だったら同じことをしていただろう」

 感情にだけ同調を示し頷いた後、兄は再び口を開く。


「もう一つだけ聞いておこう、何故俺を眠らせたんだ? 公爵を殺めたいだけなら、その必要はなかったろうに」

「それは……」

 兄の言い分は尤もで、伯父を手に掛けるだけならここまで騒ぎを大きくする必要はなかった。

 ここにきて本心を口にすることを躊躇う。しかし誤解されると悪いから、正直に言うべきだと自分に言い聞かせた。


「——貴方を死なせたくなかった」

「……? どういう——」

「貴方を襲撃者と対峙させたくなかった」

 瞼を開くが視界がぼやけていて兄の顔がよく見えない。

 ただ息を呑む気配だけは感じ取れる。

 つう、と目から水が零れる感覚。ここでようやく自分が泣いていることに気付いた。


「分かっています、独りよがりだということも。有事の際には国のために自らの命をも賭すのが王族としての務めだということも……。それでも——それでも貴方を失うのが怖かった。貴方までいなくなってしまったら僕はもう、立ち直れない……」

 だから兄を眠らせて、自分が代わりに討伐を果たそうと考えたのだ。


 ポロポロと涙が流れ落ちていく。拭いたいのに、こんな情けない姿見せたくないのに、身体は依然として動かない。

 目を瞑ることが唯一出来る抵抗だった。


「シラー……」

 暗闇の中、温かな感触がした。

 兄の手が涙を拭き取ってくれる。

「シラー、大丈夫……大丈夫だよ。お前を置いていったりはしない。今よりも強くなって、絶対に生きて帰ってくるから」

「本当に……?」

 再び目を開けると、優しく、柔らかく微笑んでいる兄と目が合った。


「ああ、約束する」

 顔が近付いてくる。

 額と額が合わさる。

「必ずお前のところに戻ってくるから。だから、どうか、待っていて」

 言葉と、熱と、感触に、張り詰めていた精神が(ほぐ)されて。安心感からシラーはまた涙する。


 今度は幼子のように、声を上げて——。


 ◇


 ——アスター……シラー様との話し合い、上手くいってるかな……?

 どのくらいこうしていただろうか。

 人形のようにお行儀良く椅子に座っているルナリア。

 出来ることといえば、兄弟間の関係が悪い方向に進まないようにと祈ることくらい。


 そうして窓の外を眺めながらアスターの帰りを待っていると、徐々に雨足が弱まり晴れ間が見えてきた。

 薄暗かった空が明るくなっていき、温かな日が差し込む。

 これだけで少し前向きな気持ちになれる。

 あの二人ならきっと大丈夫。

 

 雨の後の地面が固くなるように。

 その絆はより確かなものに——。

 

 そんな気がした。

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