グチャッてしたりギューッてしたり
「すまない、遅くなった」
謝罪を口にするアスターに大丈夫だよと返し、ルナリアは剣を持って駆け寄る。
「はい、これ」
「——これが……」
受け取った聖剣を色々な角度から眺めるアスター。しばらくして観察が終わると、おもむろに柄に手をかけた。
柄はいとも容易くするりと鞘から離れ、鋭い刃を露わにさせる。
その様子を目の当たりにしたシラーはおお、と感嘆の声を上げ小さく拍手をした。
「ちゃんと出来てるかどうか確認したいんだ。だから——」
一旦言葉を区切りルナリアは二人から距離を取ると、魔法であるものを出現させた。
「試しにこれ、斬ってみて」
「これを……?」
本気かと言いたげな声を出して、アスターは現れたものとルナリアを交互に見つめる。
ルナリアが出したものは彼女の背丈程の高さのある丸い大岩だった。通常ならばこんな物を斬ろうとすればすぐに刃が駄目になるだろう。
それを分かっているからこそアスターは抵抗を覚えたのだろうが、最終的にはこちらの言う事を聞き入れてくれた。
剣を構え、呼吸を整える彼。
一秒ほどの沈黙の後、聖剣は勢いよく振り下ろされた。
大岩は接近してきた刃を拒むことなく受け入れ、その身を真っ二つに。
あまりにも簡単に出来てしまった大岩の両断に驚いたのか、斬った本人は数歩後ろに下がる。
見学していたシラーも目を丸くして言葉を失っていた。
「うんっ、大丈夫そうだね」
近付いて剣を確認したところ、刃こぼれもしていない。
きちんと規格通りの武器を作ることが出来てルナリアは一安心。
「——ああ、これなら何が相手でも太刀打ち出来る。ありがとうルナリア」
我に返ったアスターに礼を言われた嬉しさから、羽を小さく振るわせる。
「こころなしかこれを持っていると気分も上がってくる」
「うん?」
しかし続けざまに発せられた言葉に首を傾げた。
聖剣にそんな効果はないはずだ。考えられるとすれば——。
「それはアスター自身が起こした変化かな。強い武器を手に入れた喜びがそうさせるのかも」
「む、そうか……。それだとなんだか新しいおもちゃを貰った子供みたいで気恥ずかしさが……」
剣を鞘に納めながらぼそりと零す彼の耳が赤くなっていることに気付き、思わず可愛いなという感想を抱いてしまう。
「まあまあ兄上そう恥ずかしがらずとも。気のせいだろうと士気が上がるのなら良いことではありませんか」
シラーのフォローにそれもそうだなと返すと、アスターは話題を切り替えた。
「そういえば先程開かれた会議の内容を共有しなければな。……といっても、これといって目新しい情報はないんだが」
少し申し訳なさそうに前置きをして、座って話そうとマフィンの置かれたテーブルへの移動を促す。
そうして全員が着席すると、いよいよ本題へと入った。
「現状妖精の森以外に目立った被害はなく、また元凶らしき生物の目撃情報もゼロだ。周辺国にも連絡をとったが、特に異変はなしとのこと」
「そっか……」
進展がないことに落胆するが、前向きな見方をすれば被害が拡大していないのは喜ばしいことである。
「このまま何事もなければそれに越したことはないんだけど……」
「そうですねぇ、私もそう思います。……お二人には傷付いてほしくありませんし」
こちらに賛同する形で自身の意見を述べるシラー。憂いを帯びた表情は全体を見れば自分達を本気で心配しているのだと受け取れる。
だがそこに付随する青い瞳、アスターを見つめる双眸が妙にドロリとしたものだったので、ルナリアは少し不安な気持ちになった。
しかし瞬き一つ挟んだ後にはいつもの人当たりの良い顔に戻っていたから、きっと気のせいだろうと自分に言い聞かせる。
アスターも気付いていないのか、特に気にする様子もなく話を続けた。
「現状だとまだ平和が確立されたと断定出来ない。なのでルナリア、予定通り俺に身体強化を施してほしい」
「分かった。今マリーさんに道具を準備してもらってるから——」
言い終わる前に「ルナリア様ー!」と彼女の声がしたのでそちらを向く。やってきたマリーの手には籠が。
「頼まれた物持ってきましたー!」
丁度良いタイミングで戻ってきてくれた。
「ありがとうございます、お疲れ様です」
地面に置かれた籠の中身をしゃがんで確認する。
「これだけあれば問題ないね」
呟くルナリアの後ろから、王子達も中を覗き込む。
「縄と布……?」
「どう使うんだ?」
籠に入っているそれらを怪訝な顔で見つめるシラーと、用途を尋ねるアスター。
「縛るの」
「何を?」
「アスターを」
「俺を⁉︎」
ひどく驚くアスターの反応に言葉足らずだったかと説明を付け足そうとするが、その前にシラーが合点がいったとばかりに手をポンと叩いて発言した。
「以前施術には痛みが伴うとおっしゃっていましたし、暴れないよう拘束するためのものではないですか?」
「はい、その通りです」
彼の回答にマルを付けた上で、更に詳細を加える。
「施術の際にはベッドに両手両足を固定するんだ。そのための縄だよ」
「なるほど……じゃあこの布は?」
「猿轡。舌噛むと悪いからね」
ここまで話した後、アスターは僅かに顔を俯かせて顎に手をあてた。表情は見えないが、何やら考え込んでいるというのは伝わってくる。
「……すまないがもう少し具体的にどんなことをするのか教えてもらっても?」
「あっ、うん。えーっと……」
どう説明するべきか、上手く言葉がまとまらない。とここで、テーブルの上のマフィンが目に入る。マフィンを身体に見立てて話した方が言葉だけの説明より分かりやすいだろうと一つ手に取った。
「こう……身体の中に手を入れて、グチャッてしたりギューッてしたり……」
マフィンに親指を突き刺して中で蠢かす。するとほろりと崩れ、一部が地面に落ちた。
その光景を目にしたシラーの笑顔がぎこちないものになる。
マリーは顔を青くしていた。それを見て、勇者の身体強化を見学していた戦士と魔法使い、そして双子の妖精も同じような顔をしていたなと思い返す。
ルナリアもその場に居合わせていたが、大の大人が痛みに悶えて泣く様は、幼かった彼女にとってはかなり衝撃的で恐怖すら覚えた。
双子達も若干慄いていたし、戦士と魔法使いは明らかに血の気が引いていた。
「あ……どこかが損傷するわけじゃないからね」
「あ、ああ……それを聞いて安心した……」
誤解なきように補足したが、反応を返すアスターの声はとても小さかった。仮面で見えないが、きっと彼もマリーと同じ表情をしているだろう。
「それで、必要な物も揃ったからいつでも出来るけど。いつにする?」
「なら明日の午前中にでも」
「分かった、じゃあ今日のお夕飯は抜いてきてね。お腹が空っぽな状態じゃないと出来ないから」
「了解した。——ところで一つ提案なんだが……」
話が一段落ついたのでボロボロになったマフィンを頬張っていると、まだ言いたいことがあったようでアスターがおずおずと口を開く。
「弱体化の魔法を用いればわざわざ拘束する必要はないんじゃないか……? 貴女も使えるんだろう?」
一理あると一瞬考えたが、すぐさま首を横に振る。
「それだと心許ないかな、筋肉が衰えても痛みを感じればそれなりに反応するから。お互いの安全を考えるなら縛るのが一番かも」
「そうか……なら仕方ないな」
納得してくれたが見るからに落ち込んでいる。
「残念でしたね兄上、精神的な負担が減らせなくて。……一応お尋ねしますけど見学は——」
「駄目だ」
彼が弟の要望を一蹴したところで、この話は幕を閉じた。